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悪役令嬢、慌てる

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「華っ」

 アキラくんが私を抱きしめるように支えてくれている。

「大丈夫や、もうおらへんし、すぐ捕まるでそんなヤツ」
「万が一次見かけたらボコボコにして突き出すから心配すんな」

 黒田くんも、強い目で私を見ながらそう言う。

「あ、ありがと」

 なんとか態勢を立て直す。

(落ち着こう、落ち着いて話すんだ)

 パニックになるのは、辛くて泣くのは、怖くて泣くのは、後ででもできる。

(今すべきは、これからどうするか考えること)

「それで……私、松影ルナをどうにかしたい、と思ってる」
「せやな」
「俺たちもだ」

 黒田くんは手を組み直し「どうしたもんか」と眉をひそめた。

「今回のことで、逮捕は無理なんだな?」
「そもそも小学生だし、せいぜい補導、かな? というか、話聞かれて終わりだと思う」
「なんでや」
「さっきの話に戻るんだけどね、警察からしたら"あの子はあなたの前世の好きな人ですよ"っていう、夢見がちな小学生の言葉、本気にして誘拐しちゃう大人が悪い、ってなると思うの」

 実際、他にもそのオガワさんみたいに前世どうのこうの言う子もいるでしょ、と言い添える。

「変な話、これくらいの年齢の女の子が前世どうのこうのいうのって、そこまで珍しい話でもないんだよ」

 スピリチュアルなのが好きな年ごろだし。

「だから、……だから私、あの子が確実に"何かしてる"っていうのを、証明したい」
「……、証拠残すんを待つってことか?」

 アキラくんは賛成しかねる、という顔をした。

「それでまた何かあったら、どないするんや」
「それでも、……久保が野放しの今なら、私は松影ルナと久保にさえ注意を払えばいい。けど、久保だけが逮捕されたら私は……次に誰が来るのか、いつも疑わなきゃいけなくなる」
「危険だ」

 黒田くんは、ぴしゃりと言った。

「いくらあの女でも、そうそう何人も久保みたいに操れる訳がねぇ」
「忘れた? 黒田くん」

 私は弱々しく笑った。

「あの子は、ひとクラス分の男子十数人を、たった1ヶ月で自分の僕にしたんだよ」
「……」

 黒田くんは少し押し黙った。

「……でも」

 私は小さく、続ける。

「2人の言いたいことも、わかる。1日だけ、考えさせて」
「……、わかった」
「ええの?」

 アキラくんは不満そうだが、黒田くんは渋い顔で頷いてくれた。

「その代わり、当面登下校は俺とひよりで迎えに行く」
「え、悪いし」
「悪いしじゃねえよ」

 低い、ぴしゃりとした声だった。

「久保が今回で逮捕されようがされまいが、あの女がお前を狙ってるなら同じことだ」

 それから、ふと表情を緩めた。

「頼れって、いつも言ってんだろ。守らせろよ」
「黒田くん」
「えー、げほん、なんで俺は神戸人なんやっ」

 アキラくんは悔しそうに言う。

「今すぐ転校したろかな」
「だから、ダメだって……あ」

 さぁっ、と血の気が引く。

「い、今何時!? 敦子さ……おばあちゃん、心配してるかもっ」
「今? 七時半くらいか?」
「せやな」

 頷きあう2人。アキラくんがスマホをだして「7時28分やな、夜の」と付け加えた。

「え、あ、そんなもの? なんか、すごい深夜のテンションだった」

 いや、小学生にしたらお家に帰ってなきゃな時間なんだけど。
 ローテーブルに無造作に投げ置かれていた、私のポシェットからお子様ケータイを取り出す。着信は無し。

(このところ、敦子さん忙しいからな)

 八重子さんも今日はお休みだったし、これに関しては不幸中の幸いと言ってもいいだろう。

(あまり、心配はかけたくないし)

 ふう、と息を吐く。

「とりあえず街まで戻るか」

 黒田くんが気を取り直したように言う。

「うん、……う」

 私は固まる。

「どないしたん? 華」
「何か思いだしたのか?」

 不思議そうな二人。

「あ、あのね、私……夜道がダメなの」
「ん? 怖いいうこと?」
「怖いっていうか……ダメなの」

 真っ青なわたしの顔をみて、2人は顔を見合わせた。

「クルマ呼ぶか? いつも迎えに来てくれてるオッサンいるだろ……って、大人にバレると後々めんどくせえか」
「ほんなら目ぇ瞑っとき! 俺がチャリまで連れてったるわ。目ぇ瞑ったまま後ろに乗り!」

 ソファに座り込んでいた私を、アキラくんは持ち上げてくれた。

(お姫様抱っこ!)

 びっくりして目を見開く。しかし。

(あ、アキラくん明らかにぷるぷるしてるっ)

「いいよいいよっ、自転車まで歩くっ」
「なんのこれしきっ」

 そんな私たちをみて、黒田くんはひとつ呆れたようにため息をついた。

「すっこんでろ小5」
「あ!? なんや一個しかちゃうやんけ、っと」

 丁寧な仕草で、黒田くんは軽々と私をアキラくんから受け取った。

「だいたいお前の秋月から借りたロード、荷台ないじゃねぇか。どうやって設楽乗せんだよ」
「む、健クンのチャリ俺が乗ればええやんか」
「あのチャリ乗りにくいんだよ」

 黒田くんはさっさと歩き出す。

「目ぇ瞑っとけ」
「え、で、でも」
「いいから今は言う通りにしとけ」
「は、はい」

 妙な迫力に押されて、言う通りに目を閉じる。
 ガチャリと音がして、外の空気を感じた。

(あ、目瞑ってたら大丈夫、かも)

 黒田くんに抱きかかえられて、体温を感じているのも大きいかも、だけど。

「ちぇー、俺だって将来的には華の1人や2人、軽々とやな」
「なんで設楽増えてるんだよ」

 なんだか悔しそうなアキラくんと、呆れたような黒田くんの声。

 もたれかかっている黒田くんの身体から、びっくりするくらい大きな心音が聞こえてきている。

(……お、重いよね)

 多少身体が大きくても、小学生だ。かなりの負荷ではないだろうか……。

「ごめんね、重くない?」
「重ェな」

 即答される。

(だよねっ!)

「ごっごめん」
「いや、俺の力が弱いだけだ」

 淡々と、黒田くんはそう言った。

「そう?」

 首をかしげた。
 ジャリジャリ、という地面を歩く音。春の夜風が、髪をふわりと通り抜けていく。

「ま、そのうちな」
「ふふ、黒田くんてそのうち多いよね、なんか」
「だな」

 少しの、間があってそれからポツリと黒田くんは呟いた。

「……自分に自信がねぇからだろうな」
「えっ!?」

 私は驚いて目を開けそうになった。危ない危ない。

「黒田くんて、いつも余裕があって」
「ねぇよ。虚勢張ってるだけだ」
「そうなの?」
「おう、……好きな女の前で、弱ぇとこ見せたくねぇだけ」
「えっ」

 好きな人!
 私は目を瞑ったまま、黒田くんを見上げる。

「やっぱり、ひよりちゃんが好きなの!?」
「なんでそうなるんだよ! 違ぇよ」

 大声で否定された。

(違うのかぁ。良かった)

 秋月くんと三角関係になっちゃうもんね。

「じゃあ誰?」
「……そのうちな」

 はぁ、という呆れたようなため息とともに、そう言われた。

「またそのうち!」
「なにイチャついてくれとんねん人前でっほんま腹立つ!」

 アキラくんの声とともに、私はそっと自転車の荷台らしきことろに降ろされる。

「おい小5、コイツ支えとけ」
「言われんでもやるわ」

 アキラくんに身体を支えられて、おそらく自転車止めが外されて、黒田くんが自転車にまたがった。

「捕まっとけ」

 その言葉に、私は黒田くんの背中にぎゅうと抱きついて、アキラくんが「チャリ代われや」となぜか叫んだ。
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