上 下
55 / 702
4

悪役令嬢、目を覚ます

しおりを挟む
 ぱちり。
 深い、気持ち悪い眠りから覚めると、そこは知らない、暗い部屋だった。電気もついていない。

(え、どこ)

 薄ぼんやりとしか見えない、辺りを見回す。
 どこかの……、ロッジのように感じた。木造の建物で、木目がむき出しになっている。テレビがあって、ソファがあって、ローテーブルがある。簡易的なキッチンも備えられていた。
 私は窓際に置かれた、簡素なパイプベッドに寝かされていた。
 窓には分厚いカーテンが閉められていて、外の様子は分からない。
 吹き抜けの二階部分、カーテンが閉められた窓の上とキッチンの上に大きな採光窓がある。その、キッチンの上の採光窓、そこから月が見えた。
 大きな、満月。
 その月光で、なんとか周りが見えるくらいの光量が確保されていた。

(私……? えっと。久保に)

 状況を把握するにつれ、だんだんと冷静になっていく。

(久保に誘拐されちゃったの!?)

 身体を起こそうとして、自分の手が後ろ手で縛られているのに気がついた。足も、だ。

(え。ウソでしょ)

 足元を確認する。どうやら結束バンドのようだった。手もおそらく同じだろう。

(マジなの?)

 流石に体も起こせない。
 呆然としていると、ガチャリ、とドアが開いて、誰か入ってきた。
 びくり、と反射的に震えてしまう。

「ああ、怯えないで……大丈夫」

 久保の声だ。

「なにが大丈夫なんですかっ、とりあえずこれ、外してくださいっ」
「ダメ」

 近づいてくると、なんとか表情が見える。
 久保は、うっすらと笑っていた。

「そうだ、君に謝らなきゃいけないことがあって」

 ぽん、と手を叩く。

「そうでしょうね、さぁこれ外して!」

 私は久保を睨みつけて言った。

「ちがうよ、そうじゃなくて……君のお守り、君を車に乗せるときに外れちゃったんだ。拾ったつもりだったんだけど、なくて。怒るかい? 探してこようか?」

 眉根を寄せ、いかにも困った、心配している、という顔。

「自分で探しますから結構! 私を家に帰して!」
「ああ、その気の強い話し方」

 久保は、うっとりと続けた。

「やはり君はルナ様の言う通り"彼女"なのかもなぁ」
「…….ルナ様?」

 松影ルナ!

(あの子が絡んでいるの!?)

「ま、松影ルナに言われたの? 私を誘拐するように、って」

 その言葉に、久保は心底不思議そうに首を傾げた。

「そんなことは言われない。僕は自発的に、君をここに連れてきたんだ」
「え、な、なんで」
「僕はね」

 私の動揺などどうでも良さそうに、久保は一方的に話しだした。

「塾講師をしていたけど、…….専門は国語でね。特に古典が好きで、なかでも源氏物語はとりわけイイと思ってて」

 平家物語も好きなんだけど、と言いながらソファに座り込む。ソファはギシリと音を立てた。

「女の子を、小さい頃から自分好みに育て上げて、そして妻とするーー男の夢、じゃないかい?」

 久保は胡乱な瞳で笑った。
 理性のない、どろりとした目。

「……そ、そんなの、千年前の、しかも物語じゃない、本気にするなんて」

 何とか言い返したが、嫌な予感がビンビンする。

(自分好みに育てる、ですって?)

「ふふ、すぐ言い返してくるところなんか"彼女"そのものだ」

 久保はどろりと笑った。

「"彼女"の魂を持つ君を、僕好みの女性に育て上げてあげる」
「は!? さっきから本当に、なにを言っているの」
「"彼女"のことは本当に愛していたけれど、反抗的なところが、ちょっとね。だから、殺してしまったんだ」
「ころ、して……?」

 ぞくり、と背中に悪寒が走って、私は少しでも久保から距離を取ろうとする。
 しかし、ほとんど身体は動かない。

「殺しちゃったんだ……あ、でも、僕自身ではないよ」

 久保は立ち上がり、ゆっくりこちらへと歩いてくる。

「前世の僕だ。前世の僕は"彼女"を殺してしまった、"彼女"の本当の気持ちに気づきもせず……ごめんね?」

 久保は、私の髪にそっと触れた。

(ヤダヤダヤダヤダ!!)

 私は涙目になって、その手から逃れようとする。

「ほら、また逃げようとする」

 久保は困ったように笑った。
 そして、その名前を呼んだのだ。
 かつて、前世で、私が呼ばれていた、その名前を。

「……え?」

 呆然と久保を見上げる私を見て、久保の顔面が歓喜にゆがんだ。

「あ、あ、あ、やっぱり、やっぱり君なんだ、君だったんだ。ルナ様の言う通りだ」

 叫ぼうとした。
 しかし、私の喉は、ヒューヒューと音を立てるばかりで。

(やだ)

 私の頬を、涙がぽろり、と伝うのが分かった。

(やだ、やだ、やだ)

 久保は愉悦でグシャグシャになった顔を近づけてくる。

「ああ、君だ、やっと会えた、やっと会えた」

 そう言いながら、久保がベッドへ登ってきた。ぎしり、と安物のパイプベッドは軋む。
 私は必死で首を振る。こないで、と叫びたいのに声が出ない。歯の根が、噛み合わない。

「まだ青柳」

 久保は目を三日月のようにして笑う。

「すぐに咲かせてあげる、乱れ咲く樺桜にしてあげる」

 久保の手が、私の頬に触れなんとした時ーーガシャン、とガラスが割れる音がした。
 キラキラと、ガラスの破片が月光を反射する。

「よう、元気そうだなクソ野郎。桜がどうのと、花見の計画か?」

 採光窓が割れたのだ。
 そこには、ひとつの人影。
 月を背にしているので、顔は見えない。バットを肩にかけるように持っていた。
 しかし、その片頬が軽く上がったのがなんとなく分かる。

(ブチ切れると笑うタイプなんだ……)

 ぼけっ、とそんなことを考えてしまう。朦朧とした頭でも、はっきりと分かる怒気。

「オイコラ、楽しそうじゃねえか、俺も混ぜてくれよ」

 黒田くんが、月を背負って笑っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました

toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。 一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。 主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。 完結済。ハッピーエンドです。 8/2からは閑話を書けたときに追加します。 ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ 応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。 12/9の9時の投稿で一応完結と致します。 更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。 ありがとうございました!

その悪役令嬢、復讐を愛す~悪魔を愛する少女は不幸と言う名の幸福に溺れる~

のがみさんちのはろさん
恋愛
 ディゼルが死の間際に思い出したのは前世の記憶。  異世界で普通の少女として生きていた彼女の記憶の中に自分とよく似た少女が登場する物語が存在した。  その物語でのディゼルは悪魔に体を乗っ取られ、悪役令嬢としてヒロインである妹、トワを困らせるキャラクターだった。  その記憶を思い出したディゼルは悪魔と共にトワを苦しめるため、悪魔の願いのために世界を不幸にするための旅に出る。  これは悪魔を愛した少女が、不幸と復讐のために生きる物語である。 ※カクヨム・小説家になろう・エブリスタ・pixiv・ノベルアップでも連載してます。 ※ノベルピアで最終回まで先行公開しています。※ https://novelpia.jp/novel/693

処理中です...