上 下
60 / 702
4

(自称)ヒロインは、月を見上げる(sideルナ)

しおりを挟む
(ほんっと、チョロいわよね)

 あたしは、自室から月を見上げながら片頬を上げた。それから時計をチラリと見遣る。午後八時過ぎ。

(今頃あの女、どっかに監禁でもされてんのかしら)

 あの男……、久保という男は、本当に御しやすかった。
 ちょっと煽ってやれば、実に簡単に、思う通りに動いてくれた。

(あたしは単に"前世の記憶があるがいる"と告げただけ)

 何の法にも、抵触していない。

(思春期の、幼い女の子が前世やなんかに憧れを感じるのは、世間的にままあること)

 事が露見して、久保があたしのことを警察に話そうとも。

(夢見がちな女の子が、ぽろりと口にした世迷言を、本気にした大人が悪い。世間はそう判断するでしょう)

 しばらくは、また親の監視がきつくなるかも、だけど。

(去年の実験の後は、少々きつかったわね)

 思春期入りたてで少し情緒不安定なだけ、な娘を演じていたらじきに監視もゆるんできた。
 しかしそもそもあれも、全て計算してやったことだった。

(あのときあたしは、まだ10歳だった)

 だから、あんな雑な実験もできたのだ。
 なぜなら、10歳の子供を重い罪に問うことはできないから。少なくとも、この国においては。

(ヒトを殺そうとも、大人ならば死刑になるようなことをしようとも)

 10歳の子供は、少年院にすら入らないで済む。しかし、11歳からは、ほんの少し、の可能性がでてくる。

(だから、あの実験は10歳までに済ませておく必要があった)

 もちろん、少年院どころか自立支援施設にだって入れられるような、法に酷く触れるようなことはするつもりはなかった。
 しかし、万が一、ということもある。

(何かの弾みに、だれか死んじゃうかもだし?)

 そのための、10歳のうちの実験だった。

(それに、メインターゲットに鍋島千晶を選んだのにも、大きな理由がある)

 ちょうど、あの時は国政選挙の直前。

(孫娘の醜聞を消すための、内々の動きはあれど、表には出さない可能性は高かった)

 実際、内々に診断書を(あれは予想していなかった、迂闊だった)出してはきたけれど、裁判にしてまで、ということはなかった。

(例え被害者であったとしても、身内が係争中っていうのは、選挙にとってマイナスでしかない)

 鍋島千晶の祖父は、与党の重鎮だ。「何か」あっては困る。全ては内々に済ます、しか無かったのだ。
 いくら鹿王院といえども、あまり大きく騒ぎ立てはできなかっただろう。しかも、大して大きな事業でもない。鹿王院グループといっても、あそこは枝葉ですらない、のだ。そんなもののためにリスクを背負う必要はない。

(下手に動いて大ごとになっちゃったら、ね。ヒトの口に戸は立てられないし)

 ほかの辞めていった女の子たちの親たちにしても、あくまで"我が子に起きた話ひとつだけ"に絞れば「まぁこれくらいの子供には起こり得る」トラブルなのだ。まとめると、あたしという存在が浮き出てしまうけれど。

(いじめただの、いじめてない、だの)

 くだらない、とあたしはちょっと笑ってしまう。
 あたしが10歳であるというタイミング、国政選挙前というタイミング、実験にはあのタイミングしかなかったのだ。

(ギリギリで決めたから、少々杜撰にはなったけれど、まぁ及第点でしょう)

 合格点だったからこそ、あたしはすぐに罪を認めた。あそこで粘るメリットはなかったから。

(でも、設楽華)

 あの女は本当に計算外だ。何かが、イラつく。イラついて、自分でも行動が制御できない。

(前世の記憶があるせいか、行動が読めない)

 なぜ大友ひよりと友だちなんかになっているのか。

(あそこからメンタル崩されたわね)

 イライラして、余計なことを口走ってしまった。

(まぁ、大して問題ではない、か。本当のことだもの)

 あたしには、かつて貫き通せなかった"正義"があった。
 いま、松影ルナに転生して、やっと気付いたのだ。
 前世のあたしが正義を貫き通せなかったのは、前世のあたしは、主人公じゃなかったからだ、って。

(ならばーー主人公である、ヒロインである、今ならば)

 できるはずなのだ。
 なぜならあたしは、ヒロインだから。あたしが唯一正しい、そんな世界に生まれ変わったのだから。

(だから、逆ハーレムをつくる)

 "ブルームーン"の攻略対象たちは、政財界の大物の子息が揃っている。顔も好みだし、いうことはない。

(一般人枠の秋月くんのお父様でさえ、地検のエース。いずれは政界に出るかもしれない。コマにしておいて悪いことはない)

 あたしは、ほくそ笑む。

(前世で成し得なかった正義を、今度こそ)

 あたしは正しい。
 あたしが正義だ。
 あたしが、全てなのだ。この世界では。

 そう思い、再び月に目をやった瞬間だった。スマートフォンが震えた。

(この番号は、久保)

 あたしは舌打ちを我慢する。

(通信履歴は残したくないのに)

 例え罪に問われなくとも、できるだけ面倒ごとは避けたい。
 しかし、かかってきたものは仕方ない、とスマートフォンを手に取る。こちらで履歴を消そうと、どうせ、通信会社に照会されたらすぐ分かるのだ。無駄なあがきはすまい。

「……、もしもし?」
『ああ、ルナ様、ルナ様』
「なんですか、騒々しい」
『け、警察に、捕まるかもしれません』
「……で? あたしに、どうしろと?」
『た、助けてください、お知恵を』
「そんなの無理よ。1人でどうにかしてください」
『む、無理です。今からお迎えに、上がりますから』

 あたしは舌打ちを必死で我慢した。

(家に来られるのは困るわ)

「……どこへ行けばいい?」
『あの、あ、では、お近くの公園で』

 久保は、うちから五分ほどの距離にある公園を指定した。
 イラつきをおさえながら、了承の返事をして通話を切る。

(あのバカ、本当に役に立たない)

 人選を間違えたかしら、そう思いながらあたしはこっそりと家を出た。

 公園の前には、久保の車が止まっていた。なぜか窓ガラスが数カ所、ない。

「久保先生?」

 あたしは公園を見回す。しかし、どこにもその姿はなかった。

(チッ、一体どこへいって)

 あたしの思考はそこで止まった。
 首筋に、強い衝撃が走ったから。

(……え?)

 薄れゆく意識の中で、あたしは視界の隅に、三日月のような目で笑う久保を見た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

処理中です...