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悪役令嬢はおまじないをする
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(そ、そうだよ、弟的存在、いたよ!)
しまった、すっかり忘れていた。
義理というか、確か遠縁の子を敦子さんが引き取ってくるんだっけか……?
ゲームでは、華に疎まれて、邪険にされて、散々な扱いを受けていたような。
(え、いつウチに来るんだっけ? 千晶ちゃんなら分かるかな?)
「……設楽?」
黒田くんの声で現実に戻る。
「あ、ごめん考え事」
「大丈夫か?」
心配げに覗き込まれる。
「うん、元気元気」
ガッツポーズを作って言うと、「無理はすんなよ」とわしゃわしゃと頭をかき回された。
「あ、ありがとう」
気がつくと教室には2人きりになっていた。
(あれ、なんか緊張しちゃう)
私が勝手にどきまぎしていると、黒田くんはノートを広げ、淡々と説明しだす。
(どっちが大人だか分かんないな、これ)
苦笑しながらその説明を聞いた。
「とりあえず、だいたいのまとめと下書きはできてるから。清書だけ頼むわ」
「了解……、てかこんなに任せちゃってごめんね。大変だったんじゃない?」
「だから謝ることじゃねぇって」
にやりと笑って言う黒田くん。
(オトコマエだなあ……)
半ば感心しつつ、作業を始める。
レイアウトなどの相談をしつつ、もう一息で作業終了というところだった。
「ところで、な……」
「ん?」
珍しく何かいいよどむ黒田くんを、私は首を傾げ見つめた。
「あー」
髪の毛をガシガシとかき回した後、「よし!」という謎の気合を入れて黒田くんは口を開いた。
「昨日の、許婚うんぬんってやつ、アレはお前の希望でそうなったのか?」
「……希望?」
首をかしげる。
「だからつまり、……設楽があいつのことを好きで許婚になったのかってこと」
「あー、そういうわけではないよ」
私はゆるゆると首を振った。どう説明したものか。
もちろん、好きは好きだけど、親友としてというか。そもそも、中身はアラサーだし、小学生を恋愛対象に見てはない、と思う。
「なんだかよく分からないんだけど、多分、おばあちゃん同士が友達だから、かなぁ?」
(……どうなんだろ、ほかに理由はあるのかな)
"ゲーム"では、華の一目惚れで無理矢理、許婚になったはずなんだけど。
「……それだけで?」
「うん」
「嫌とか言えなかったのか?」
黒田くんの声が少し硬くなった。
(? どうしたのかな)
「最初はね、嫌って言ったけど、却下されちゃった。でもね、お互い別に好きな人が出来たら解消するって感じだから」
「……あ、そうなのか」
少し、拍子抜けしたようなトーンの黒田くん。
「うん。そんな感じ。大人がどう考えてるか知らないけど」
昨日の、意味深な敦子さんが思い浮かぶ。
「それに、樹くん、いい子だし。私がイヤって言ったら無理矢理結婚とかしないよ。てか、向こうに先に好きな人、できるかもだし」
モテそうだもんな、樹くん。
「じゃあ、設楽が仮に……例えばだな、好きな人ができて付き合う、とかになったら」
「解消するんじゃないかなぁ」
(ん? 解消だよね? 樹くんの言ってた、好きな人できたら考える、ってそういうことだよね?)
私が首をひねっていると、黒田くんはどことなくホッとした様子で「そうか」と呟いた。
「心配してくれたの?」
私が意に染まない結婚をさせられる、と思ったのだろうか。
「心配っていうか、……まぁ大体そんな感じだな」
「あは、ありがとう。私、なんかいつも心配かけてる気がする」
「俺が勝手に気にしてるだけだから、気にすんなよ」
にかっ、と笑い、そして真剣な目で続けた。
「それと、……昨日、設楽が言ってたやつ。辛い時とか悲しい時とか、そういう時はどんどん頼ってくれていい。むしろ頼ってくれた方が嬉しい」
(……! なんていい人……!)
私が目を見開いて感動していると、黒田くんは「ただ」と続けた。
「ただ?」
「うん、ただ……俺も頼みがあって」
「なに? なんでもいいよ。他ならぬ黒田くんだもん、なんでも言うこと聞くよ」
「……お前、それ俺以外に言うなよ」
「なんで?」
「なんででも。……で、頼みってのは、俺が気合入れて欲しい時とかに、抱きしめろとは言わねーから、なんかこう、気合い入れて欲しいっていうか」
急に照れたのか、歯切れが悪い。
(黒田くんが、めずらしー)
ちょっとニヤニヤしてしまう。
(空手の試合が近い、とかかな? なんで私なのかは分かんないけど……)
ひよりちゃんや秋月くんじゃダメなのかな、と考えて、あの2人じゃ身近すぎて気恥ずかしいのかな、とも思う。
(ん、きっとそうかも)
ならば、一肌、脱ぎましょう。
「いいよ」
微笑んでそう返事をして、ふと気づく。
「あ、でも私、頑張ってる人に頑張れっていうの苦手なんだよね……」
だって、黒田くん、空手すごく頑張ってるらしいし。
「オトコはな、もうこれ以上頑張れねーって時でも頑張ってって言われると、もう一踏ん張りできる生きモンなんだよ」
「えー、でもなぁ、無理して欲しくないしなぁ」
うーん、と頭をひねる。
「あ、そうだ。ならおまじないでもいい? さっきの、ひよりちゃんとの話じゃないけど」
「おまじない?」
「うん、母さんが小さい頃してくれたおまじない」
母さんとは、前世の私の母親のことだ。
ふと懐かしく思い出す。
もう会えない、愛しいひとたち。
(男運はクソ悪かったけど、他の人にはほんと恵まれたもんな)
少し切ない気持ちになりつつ、黒田くんの手を両手で握りしめる。それから、お互いのおでこをコツン、と合わせた。
「黒田くんのお願いが、ぜんぶ叶いますように。なーむー」
言い終わって、パッと手とおでこを離すと、黒田くんは真っ赤になって私を凝視していた。
(あら、やりすぎた?)
おでこコツンはやりすぎだった、かもしれない。
(でもこれがおまじないの作法だしな)
「……なーむーってなんだよ」
「やだった? 別のにする?」
「……いや、これでいい」
そう言って黒田くんはまた、ニカッと笑うのだった。
「超気合い入った。サンキューな」
しまった、すっかり忘れていた。
義理というか、確か遠縁の子を敦子さんが引き取ってくるんだっけか……?
ゲームでは、華に疎まれて、邪険にされて、散々な扱いを受けていたような。
(え、いつウチに来るんだっけ? 千晶ちゃんなら分かるかな?)
「……設楽?」
黒田くんの声で現実に戻る。
「あ、ごめん考え事」
「大丈夫か?」
心配げに覗き込まれる。
「うん、元気元気」
ガッツポーズを作って言うと、「無理はすんなよ」とわしゃわしゃと頭をかき回された。
「あ、ありがとう」
気がつくと教室には2人きりになっていた。
(あれ、なんか緊張しちゃう)
私が勝手にどきまぎしていると、黒田くんはノートを広げ、淡々と説明しだす。
(どっちが大人だか分かんないな、これ)
苦笑しながらその説明を聞いた。
「とりあえず、だいたいのまとめと下書きはできてるから。清書だけ頼むわ」
「了解……、てかこんなに任せちゃってごめんね。大変だったんじゃない?」
「だから謝ることじゃねぇって」
にやりと笑って言う黒田くん。
(オトコマエだなあ……)
半ば感心しつつ、作業を始める。
レイアウトなどの相談をしつつ、もう一息で作業終了というところだった。
「ところで、な……」
「ん?」
珍しく何かいいよどむ黒田くんを、私は首を傾げ見つめた。
「あー」
髪の毛をガシガシとかき回した後、「よし!」という謎の気合を入れて黒田くんは口を開いた。
「昨日の、許婚うんぬんってやつ、アレはお前の希望でそうなったのか?」
「……希望?」
首をかしげる。
「だからつまり、……設楽があいつのことを好きで許婚になったのかってこと」
「あー、そういうわけではないよ」
私はゆるゆると首を振った。どう説明したものか。
もちろん、好きは好きだけど、親友としてというか。そもそも、中身はアラサーだし、小学生を恋愛対象に見てはない、と思う。
「なんだかよく分からないんだけど、多分、おばあちゃん同士が友達だから、かなぁ?」
(……どうなんだろ、ほかに理由はあるのかな)
"ゲーム"では、華の一目惚れで無理矢理、許婚になったはずなんだけど。
「……それだけで?」
「うん」
「嫌とか言えなかったのか?」
黒田くんの声が少し硬くなった。
(? どうしたのかな)
「最初はね、嫌って言ったけど、却下されちゃった。でもね、お互い別に好きな人が出来たら解消するって感じだから」
「……あ、そうなのか」
少し、拍子抜けしたようなトーンの黒田くん。
「うん。そんな感じ。大人がどう考えてるか知らないけど」
昨日の、意味深な敦子さんが思い浮かぶ。
「それに、樹くん、いい子だし。私がイヤって言ったら無理矢理結婚とかしないよ。てか、向こうに先に好きな人、できるかもだし」
モテそうだもんな、樹くん。
「じゃあ、設楽が仮に……例えばだな、好きな人ができて付き合う、とかになったら」
「解消するんじゃないかなぁ」
(ん? 解消だよね? 樹くんの言ってた、好きな人できたら考える、ってそういうことだよね?)
私が首をひねっていると、黒田くんはどことなくホッとした様子で「そうか」と呟いた。
「心配してくれたの?」
私が意に染まない結婚をさせられる、と思ったのだろうか。
「心配っていうか、……まぁ大体そんな感じだな」
「あは、ありがとう。私、なんかいつも心配かけてる気がする」
「俺が勝手に気にしてるだけだから、気にすんなよ」
にかっ、と笑い、そして真剣な目で続けた。
「それと、……昨日、設楽が言ってたやつ。辛い時とか悲しい時とか、そういう時はどんどん頼ってくれていい。むしろ頼ってくれた方が嬉しい」
(……! なんていい人……!)
私が目を見開いて感動していると、黒田くんは「ただ」と続けた。
「ただ?」
「うん、ただ……俺も頼みがあって」
「なに? なんでもいいよ。他ならぬ黒田くんだもん、なんでも言うこと聞くよ」
「……お前、それ俺以外に言うなよ」
「なんで?」
「なんででも。……で、頼みってのは、俺が気合入れて欲しい時とかに、抱きしめろとは言わねーから、なんかこう、気合い入れて欲しいっていうか」
急に照れたのか、歯切れが悪い。
(黒田くんが、めずらしー)
ちょっとニヤニヤしてしまう。
(空手の試合が近い、とかかな? なんで私なのかは分かんないけど……)
ひよりちゃんや秋月くんじゃダメなのかな、と考えて、あの2人じゃ身近すぎて気恥ずかしいのかな、とも思う。
(ん、きっとそうかも)
ならば、一肌、脱ぎましょう。
「いいよ」
微笑んでそう返事をして、ふと気づく。
「あ、でも私、頑張ってる人に頑張れっていうの苦手なんだよね……」
だって、黒田くん、空手すごく頑張ってるらしいし。
「オトコはな、もうこれ以上頑張れねーって時でも頑張ってって言われると、もう一踏ん張りできる生きモンなんだよ」
「えー、でもなぁ、無理して欲しくないしなぁ」
うーん、と頭をひねる。
「あ、そうだ。ならおまじないでもいい? さっきの、ひよりちゃんとの話じゃないけど」
「おまじない?」
「うん、母さんが小さい頃してくれたおまじない」
母さんとは、前世の私の母親のことだ。
ふと懐かしく思い出す。
もう会えない、愛しいひとたち。
(男運はクソ悪かったけど、他の人にはほんと恵まれたもんな)
少し切ない気持ちになりつつ、黒田くんの手を両手で握りしめる。それから、お互いのおでこをコツン、と合わせた。
「黒田くんのお願いが、ぜんぶ叶いますように。なーむー」
言い終わって、パッと手とおでこを離すと、黒田くんは真っ赤になって私を凝視していた。
(あら、やりすぎた?)
おでこコツンはやりすぎだった、かもしれない。
(でもこれがおまじないの作法だしな)
「……なーむーってなんだよ」
「やだった? 別のにする?」
「……いや、これでいい」
そう言って黒田くんはまた、ニカッと笑うのだった。
「超気合い入った。サンキューな」
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