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悪役令嬢と昔話

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「むかし、この江ノ島の対岸の村に、龍が出たんだって」

 生しらす丼か、釜茹でしらす丼で散々迷って、ハーフハーフにした私である。
 アキラくんは、やはり海鮮丼にしていた。まぁ、マグロの魅力の前にはね、仕方ない。
 2人で遅めの昼食をかきこみつつ、千晶ちゃんに昨日聞いた、この島の昔話を話すことにしたのだ。諸説アリ、らしいんだけど。

「龍?」
「うん。で、その龍は、村の子どもたちを次々に食べちゃったの」
「そらあかんな」

 本当にあった出来事のように、相づちをうってくれるアキラくん。

「ちょうどその頃、この島に天女様がやって来たんだって」
「ほーん?」
「で、龍を説得して、そういうの止めさせたんだって」
「おお、さすが神さまやな」
「でね、まだ続きがあって」
「うん」
「龍は、天女様に恋をしちゃったの」
「ああ、まぁようある話かもしれんな」
「でね、龍と天女様は結婚したんだけど」
「なんでやねん」

 出た、本場のなんでやねん出た。

「龍は分かるわ。なんか一目惚れしてもうたんか、やりたい放題しよった自分諌めてくれたんに感謝したんが恋愛感情になったんか、そら知らんで。でもあると思うわ。なんで神様までやねん、なんで子どもさらってやりたい放題しよった龍に惚れんねん」
「ほっとけなかったんじゃない?」
「せやろか。よほど男前やったんやろか」
「さぁねぇ」

 龍の男前の基準ってなんだろ。

「でね、結局龍は海挟んで、この対岸に祀られてて。60年にいちど、御神体を運んで天女様と逢うことができるんだって」
「60年!」

 アキラくんは目をむいた。

「全然会われへんやん」
「まぁでも、神さまだから」
「いやいや、でも寂しいやん」

 アキラくんは、口を尖らせて、机に肘をついて、少し上目遣いに私を見た。

「なぁ、もし華が天女さまやって、俺が龍やったらな、60年にいちどは寂しいと思わへん?」
「うん?」
「俺、1年でもしんどかったわ。華に会えへんの」
「けっこう長いよね、1年って」

 アラサー的感覚だと、すぐなんだけど。

(小学生の頃は、長かったなぁ)

「もう俺、こっちに越してこようかな」
「え、どうやって」
「んー、中学、どうせどっかでスポーツ推薦もらう予定なんや。それやったらもう中学からこっち来とこうかな」
「え、こら、アキラくん」

 私は少し、居住まいを正した。

「私と近い、とか会える、とか、そんな理由で進路選んじゃダメだよ」
「んー。せやけど」
「ダメ」
「せやけど、寂しいもん」

 口を尖らせ、テーブルにもたれ掛かるような姿勢で、すこし上目遣いにわたしを見るアキラくん。

(上目遣いはズルい、うう)

 出会った時から、この子のこういう顔には弱い気がしてる……。

「あかん?」
「ダメ、……でも、じゃあ、私も、会いに行くから」
「え」
「神戸でも、京都でも」
「ほんまに? 毎週?」
「毎週は無理だけど」

 私は、うーん、と首を傾げた。
 実のところ、敦子さんからいただくお小遣いはかなり高額で(こんなにいらない、と言ったが「あって悪いものじゃないでしょ」と断られた)結構な額、貯まってるんだよなぁ。

「3ヶ月に1度くらい、なら」
「ほんまにっ!?」

 がばり、と起き上がるアキラくん。

「ほんまのほんまに!?」
「うん、約束する」
「よっしゃあ」

 がたり、と椅子から立ち上がるアキラくんに、お店の注目が集まる。

「ちょ、ちょ、座って、アキラくん」
「すまんすまん、ちょーー嬉しかってん、俺」

 アキラくんは、満面の笑みでこちらを見ている周りのお客さんに手を振った。
 お客さんも、何か分からないままに手を振り返したりなどしてくれている。

(ノリがいい、というかなんというか)

 私は困ったような、嬉しいような、面白いような気持ちで、それを眺めていた。
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