上 下
41 / 702
4

悪役令嬢は知ってしまう

しおりを挟む
 その日はいわゆる「調べ学習」というものの日らしかった。

(とはいえ、タブレット……デジタルなのね! 時代って感じ……)

 私が小学生の頃は、新聞やら辞書やら使ってたけどなぁ、などとこっそりひとりごちつつ、2人にひとつ配布されたタブレットを黒田くんと(席が隣同士で一つのタブレットだった)覗き込む。

 何度かあった席替えで、席が離れたりまた近くになったりしたけれど、六年生最初の席替え(クジだった)でまた横並びになったのだ。
 ちなみにひよりちゃんと秋月くんも横並び。(クジ引いた時、秋月くんは露骨に喜んでた)私たちの席とは少し離れているけど。

「何について調べる?」
「何がいいだろうな」

 黒田くんは腕を組んで考えつつ、黒板に書かれた「この街の歴史について」というお題を眺めた。

「いちおう有名な武将はいるけど……皆それだろうしな。並んだら面白くねぇな」

 めんどくさそうな顔をしつつ、真剣に考える黒田くん。

(おお、テキトーにやっちゃう派ではないんだな。えらいえらい)

 心の中で褒めつつ、「だねぇ」と返事をする。
 ちらりと後ろの方の席に目をやると、「もう源頼朝でよくない?」「いいかなぁ」という秋月くんとひよりちゃんが見えた。

(2人は要領いい派よね)

 性格が出るなぁ、とちょっとクスリとする。
 その時、ふと数日前の授業を思い出した。

「あ、黒田くん。何日か前の社会の時間に、先生がこのあたりでも木簡が出土してますって言ってなかった?」
「あー、あったな。それにするか」
「そうしよう」

 タブレットで、地名と木簡で合わせて検索すると、すぐヒットした。
 地元新聞のサイトにも上がっているが、大手新聞のサイトにも載っている。
 結構大きなニュースだったみたいだ。

(日付は……去年の3月か)

 とりあえず大手新聞のサイトを開く。
 黒田くんはノートを開きながら言った。

「俺がメモして軽くまとめるから、設楽が提出用の紙に書いてくれるか?  俺、あまり字が上手くないから」
「分かった」

 黒田くんがノートにメモしているのを横目に見つつ、なんとなく記事を読む。

(てか、調べるのはデジタルなのに出力はアナログなのね……)

 学校教育の変なところ、というか。うーん。
 黒田くんはメモを取りつつ、記事を下にスクロールしていく。
 記事の1番下までたどり着くと、すぐ下に「関連」の項目があった。他の記事へのリンクだった。

「他にも記事あるかな?」

 同じ木簡に関する記事、別のところから出土した木簡の記事、それから同日に起きた事件の記事。
 スクロールしようとして、謝ってリンクをタップしてしまう。

「あ、ごめんすぐ、もど、……」

 言いかけて止めたのは、そのリンク先の記事に見慣れた漢字が並んでいたからだ。

 「設楽」の文字。
 思わず記事を見つめた。

 "神戸ストーカー殺人犯人逮捕"
 "4日に殺害された設楽  笑(えみ)さん"
 "逮捕されたのは同僚の男(45)"
 "今日中に送検される見通しで"
 "設楽さんの長女(10)は軽傷"

 指先が冷たくなるのを感じた。
 これは。
 この記事は。

『え?  ここ?  神戸の市民病院やで』

 脳内に突然、アキラくんの声が蘇った。
 そう、私は、華は、神戸にいたのだ。

 なぜ敦子さんたちが華の過去について口を閉ざすのか。
 華は。私は。

『はな、にげなさい』

 唐突に浮かんできた"その人"はそう言った。

(これ、は、華の記憶?)

『はやく、にげなさい』

 血まみれで、そう叫ぶ、女の人。

(『おかあさん』)

「設楽」

 思考が飛んでいたのを戻したのは、タブレットの画面を切った、黒田くんの声だった。
 呆然と黒田くんを見つめる。
 怖い顔をしていた。

(あ、見られた)

 それ以上のことは何も考えられなかった。
 身体が震えているのが分かった。

 黒田くんは少し眉根を寄せて、それからスッと手を挙げた。

「先生、設楽さん体調悪そうなんで保健室連れて行きます」
「え?  あら、ほんと!  顔色真っ青よ設楽さん。大丈夫?」

 クラスの注目が集まった。

「華ちゃん大丈夫?」

 ひよりちゃんが席を立ち、側まで来てくれた。

「……大丈夫」
「嘘でしょ、ちょっと真っ青だよ!」

 秋月くんも驚いたように言った。

(そんなに、ひどい顔を、しているだろうか)

 しているのかもしれない。

「行くぞ、設楽」

 黒田くんに支えられるように教室を出る。
 どこをどう通ったものか、気がつけば保健室にいた。
 保健室のソファに沈むように座る。

「先生いまいねぇな。職員室かもしんねぇ。見てくる」

 離れようとする黒田くんの腕を、とっさに握った。

「……設楽?」
「ごめん、行かないで。1人にしないで」

(情けない、中身は大人なのに)

 酷く混乱していた。

(とにかく落ち着かなくては)

 深呼吸をする。何度も。酸素が足りない気がして、涙が溢れてきた。

(だから。だから、華の脳は、華の記憶を消したんだ)

 華の精神が、耐えられそうになかったから。
 そして、おそらくはその代替として「前世の記憶」を引っ張り上げてきた。

(どうしよう、でも、大人でも無理だよ……よりによって、ストーカー、だなんて)

 前世の記憶とごっちゃになり、何が何だかわからなくなってきた。

(あの、夜道で、私は)

 あのおとこに。

(もう私に関わらないでと、何度も言ったのに……言ったから?)

 しゃくりあげて泣き声が漏れてしまう。

(情けない、大人なのに)

「1人じゃねぇぞ」

 声を殺して泣いていると、唐突に黒田くんがそう告げた。
 ぎゅっ、と抱きしめられる。

(あったかい)

「頼れって言っただろうが」

 黒田くんのにおいがする。たぶん、おうちの洗剤とかの匂い。
 ひどく安らぐ気がして、そのまだ薄い胸板に顔をこすりつけた。甘えるように。
 黒田くんは私を抱きしめたまま、不器用な手つきで、頭を撫でてくれた。

(安心する……)

 なぜかは分からない。もしかしたら、その、良くある洗剤やお家の匂いが、前世の私の実家の匂いに、どこか似ているのかもしれなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なので舞台である学園に行きません!

神々廻
恋愛
ある日、前世でプレイしていた乙女ゲーに転生した事に気付いたアリサ・モニーク。この乙女ゲーは悪役令嬢にハッピーエンドはない。そして、ことあるイベント事に死んでしまう....... だが、ここは乙女ゲーの世界だが自由に動ける!よし、学園に行かなければ婚約破棄はされても死にはしないのでは!? 全8話完結 完結保証!!

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

ヒロインを虐めなくても死亡エンドしかない悪役令嬢に転生してしまった!

青星 みづ
恋愛
【第Ⅰ章完結】『イケメン達と乙女ゲームの様な甘くてせつない恋模様を描く。少しシリアスな悪役令嬢の物語』 なんで今、前世を思い出したかな?!ルクレツィアは顔を真っ青に染めた。目の前には前世の押しである超絶イケメンのクレイが憎悪の表情でこちらを睨んでいた。 それもそのはず、ルクレツィアは固い扇子を振りかざして目の前のクレイの頬を引っぱたこうとしていたのだから。でもそれはクレイの手によって阻まれていた。 そしてその瞬間に前世を思い出した。 この世界は前世で遊んでいた乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢だという事を。 や、やばい……。 何故なら既にゲームは開始されている。 そのゲームでは悪役令嬢である私はどのルートでも必ず死を迎えてしまう末路だった! しかもそれはヒロインを虐めても虐めなくても全く関係ない死に方だし! どうしよう、どうしよう……。 どうやったら生き延びる事ができる?! 何とか生き延びる為に頑張ります!

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

完 あの、なんのことでしょうか。

水鳥楓椛
恋愛
 私、シェリル・ラ・マルゴットはとっても胃が弱わく、前世共々ストレスに対する耐性が壊滅的。  よって、三大公爵家唯一の息女でありながら、王太子の婚約者から外されていた。  それなのに………、 「シェリル・ラ・マルゴット!卑しく僕に噛み付く悪女め!!今この瞬間を以て、貴様との婚約を破棄しゅるっ!!」  王立学園の卒業パーティー、赤の他人、否、仕えるべき未来の主君、王太子アルゴノート・フォン・メッテルリヒは壁際で従者と共にお花になっていた私を舞台の中央に無理矢理連れてた挙句、誤り満載の言葉遣いかつ最後の最後で舌を噛むというなんとも残念な婚約破棄を叩きつけてきた。 「あの………、なんのことでしょうか?」  あまりにも素っ頓狂なことを叫ぶ幼馴染に素直にびっくりしながら、私は斜め後ろに控える従者に声をかける。 「私、彼と婚約していたの?」  私の疑問に、従者は首を横に振った。 (うぅー、胃がいたい)  前世から胃が弱い私は、精神年齢3歳の幼馴染を必死に諭す。 (だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)

処理中です...