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とある男の独白

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 その日、俺はかなり酔っていた。

 桜の季節だ。
 酩酊しているのは俺だけではなくて、月を隠した曇り空の下、街灯でぼんやり白く光るような桜の下を、皆顔を赤くして歩いていく。
 上機嫌だ。
 そんな中、俺はきっとたった1人、不機嫌だった。
 不機嫌に酔っていた。今日だけの話ではない。昨日も、一昨日も、その前も……。

(全部、あの日からだ)

 あの、悪魔のような少女が、現れてから。
 気がつけば勤務先はほとんどクビのような形で追われ、どこで話が回っているのか、再就職もままならない。

(このまま、死ぬのか)

 貯金を食いつぶして、ボロ雑巾のようになって、のたれ死ぬのか。

 アルコールですっかり回らなくなった頭に"彼女"の顔が浮かぶ。
 "彼女"は、俺が前世で愛した女性だ。

 こんな風に酔って歩き回るようになって、徐々に俺は"前世"を思い出すようになった。

(俺もヤキが回ったか)

 ついにアルコールで脳がイカレた、そう思ったのだ。
 しかし、思い出すにつれて、それは「確かにあったこと」だと確信してきたのだ。

(ああ、彼女に、会いたい)

 彼女は、優しく、笑顔が素敵で、そしてひどく、照れ屋さんだった。

(だから、俺は、彼女を)

 受け入れてくれない、彼女に、ついカッとしてーー。

(でも、今なら分かる。あれは、彼女が俺に課した試練だったのに)

 警察へ通報したのも、俺に黙って引っ越ししたのも、ひどい言葉を浴びせたのも、全部、全部。

(なのに、俺はーー)

 もし、もう一度会えるなら、今度こそ大事にする。
 閉じ込めて、誰にも見せないで、ふたりだけで。そうすれば、そうすれば、そうすれば。

 その時、甘い声がした。

「久保先生、こんばんは」

 胡乱な目で、振り返る。
 桜の下に立っているのは、ひとりの可憐な少女。

「……ああ、こんばんは」

 俺は振り返りながら、言った。

「お元気そうで何より、だ。松影ルナ」
「おかげさまで、元気にやっておりますわ、先生」

 その微笑みには、何ら陰りはなく。

「お前のせいで、メチャクチャだよ」
「あら、大人なのに、子供のせいにして」

 ころころと、少女は笑った。
 楽しくて仕方ない、という様子で。

「……嗤いにでも来たのか、バカな大人の成れの果てを」
「いいえ、いいえ先生。あたしは朗報をお持ちしたんです」
「朗報だ?」
「先生のSNSを拝見したんです」
「……そうか」
「前世で、愛されていたという女性のこと、書かれていましたね」
「やっぱり馬鹿にしにきたんだろう」
「いいえ、違います」

 少女は微笑んだ。

「あたし、知ってるんです。前世の記憶がある、ってを」
「……は?」

 俺は、しばらく呆然と少女を見つめた。

(今、なんと言った?)

「ふふ、先生、そのが確実にに先生の前世での想い人、だとは言えません、でも」

 少女の顔が妖しく歪んだ。
 それは、笑みのようでもあり、憎しみの表情のようでもあった。

「このタイミングで、先生が"彼女"を探しているこのタイミングで、同じく前世の記憶があるが見つかるなんて」

 雲間から、月光が射す。
 桜の花びらが舞う。

「まるで"運命"ではありませんか」

 俺は、目を瞠って、少女を見つめた。

「運命」

 俺は、呆けたように、その言葉を繰り返した。
 それはひどく、甘美な響きだった。
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