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悪役令嬢、変装する

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 学校から帰宅すると、八重子さんはカップケーキを焼いて待っていてくれた。

(あ、これ美味しいやつ~! クルミ入りの)

 私はついにやけてしまう、にやけてしまうが、今日はこれから大事なミッションがあるのだ。

「八重子さん、私今から塾の見学に行ってくる」
「え? 塾? 敦子知ってるの?」
「ううん、今日決まったから。あと、ハイヤー使っていいですか?」

 夕方以降、私は夜道が歩けないのだ。車なら比較的、平気。

(病院の先生も甘えていいと言っていたし)

 というわけで、敦子さんがいない時の夕方以降のお出かけには、ハイヤーを使うことになったのだ。まぁ滅多にないんだけど。

 ちなみに敦子さんには「運転手雇う?」と聞かれたけど、それは遠慮した。人件費と、車の維持費だけでいくらかかるか……。

「ハイヤーはいいと思うけど、塾のことは敦子に電話しなきゃ」
「お願いします。あと、伊達メガネとマスク、ない?」
「伊達メガネとマスク? なんに使うの」
「変装」

(できれば、ルナに私が"あの"設楽華だとは気付かせたくない)

 特徴的なお姫様カットは切ってしまったので、大丈夫として。

(変装といえば、メガネにマスク!)

 ……とは、安易だろうか?

「……ほんとに塾?」
「ほんとに塾」

 八重子さんは「マスクはあるけど」と口を尖らせた。

「伊達メガネ、ねぇ」
「ないならいいの」
「あ」

 八重子さんはふと思いついたように言った。

「ある?」
「敦子の部屋に、ブルーライトカットするだけの、度が入っていないメガネがあるはずよ。塾の話も合わせて聞いてみたら」

 そうします、と頷いて、私はお子様ケータイから敦子さんに電話をかけた。
 忙しいかしら、とも思ったが、幸い3コール目ででてくれた。
 挨拶もそこそこに、本題を切り出す。

『塾の見学?』
「うん、それでハイヤー使いたい」
『それは構わないわよ、じゃああたしから手配しておくわ』
「ありがとう! あっあと、敦子さんブルーライトカットのメガネ持ってるでしょ。借りていいですか?」
『いいけど。あなたには大きくない? というか何でメガネがいるの』
「変装です」
『ほんとに塾?』
「ほんとに塾」

 電話を切って、敦子さんの部屋へ向かう。

(あんま入ったことないんだよねー)

 なぜか緊張してしまう。
 部屋はいつも片付いていて、シンプルだ。パソコンの横には、私の振袖の写真(例のお茶会の時のものだ)が飾ってあって、ちょっと嬉しい。

 机の三番目の引き出し、とのことだったのでガラリと開く。

「あ、あったあった」

 メガネケースに収まったそれを、ケースごとお借りする。
 部屋を出ようとして、ふと本棚に画集を見つけた。
 ルノワール。

(あ。これこないだ樹くんがナンチャラ嬢がどうのこうのって言ってた画家じゃないかな)

 何気なく手に取り、開こうとして、ヒラリと何かが落ちた。
 それは、挟まっていたのだろうハガキだった。

「あ、やば」

 すぐに戻そうとして手に取って、私は固まってしまった。

「これ、……華のお母さんとお父さん? ……と、赤ちゃんの華?」

 年賀状だった。
 表書きはもちろん敦子さん宛て、差出人は「設楽笑」とあった。

(ショウ? エミ? ……たぶん、エミかな)

 少し変わった名前かもしれない。

 裏には写真が印刷してあった。
 幸せそうな男女と、女性に抱っこされた赤ちゃん。
 その側に、手書きでひとこと。"いつか華に会ってもらいたいです"

(あ、やっぱこれ華、なんだ……てか、お父さんそっくりなのね、華って)

 もしかしたら、華のお父さんはハーフ……では無さそうだけど、クォーターとか、かもしれない。華はそうでもないけど、華のお父さんはかなり彫りが深い。印刷が荒いからハッキリは言えないけど、肌もずいぶん白いのではないかと思う。

(華の、この妙に色白なお肌は、そういうことだったのねぇ)

 ハガキをしげしげと眺めて、ふと気づいた。

(……お母さん、敦子さんにそっくりじゃない?)

 敦子さんは、私のおばあちゃんの従姉妹、のはずだ。ということは、華のお母さんからすれば"母親の従姉妹"のはずで……

(そんなに似るものかしら?)

 首をひねる。
 その時、八重子さんが呼ぶ声がした。

「ハイヤー来たわよー?」
「あっ、はぁい!」

 私はハガキを画集にはさんで、本棚に戻した。

(いけないいけない、今から重要なミッションがあるんだった!)
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