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悪役令嬢、転入する

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 リノリウムの床を上靴で歩く。
 きゅ、きゅと懐かしい音が響いた。

(小学校の床って感じ~、懐かしっ)

 私は思わずにんまりしてしまう。

 小学校五年生の夏休み明け、登校初日だ。
 さすがにちょっとどきどきしてしまう。

(アラサーにもなって、とは思うけど)

「設楽さん、ここが教室ね。3組」

 優しそうな女性の先生がカラリと横に戸を開ける。
 教室に入ると、ザワザワしていた生徒たちがピタリと話をやめてこちらに注目しているのが分かる。

(うう、緊張)

 先生が黒板にカツカツとチョークで私のーー華の名前を書いた。

「設楽華さんです。設楽さん、ひとことお願いね」
「えっと、設楽華です。兵庫から来ました。よろしくおねがいします」

 ぱちぱち、と拍手が起きて私はぺこりと頭を下げた。

「じゃあ設楽さん、あの席ーー真ん中あたりの空いている席に座ってね」
「はい」

 指定された席に座ると、横に座っていた元気そうな男の子が「設楽、よろしくな」と笑ってくれた。見た目なんとなくガキ大将タイプだけど、面倒見が良い子なのかも。

「よろしくね」
「おう。あ、俺黒田。黒い田んぼに、健康の健でタケル」
「タケちゃんばっかずるいよ~」

 その時、私の斜め前、黒田くん前の席の男子がくるりと振り返って口を尖らせた。

「俺、秋月翔。しょーちゃんでいいからね」

 にっこり、というか、ふにゃりとした満面の笑みを浮かべて自己紹介をしてくれた。

(うっわ、イケメン)

 思わずそう思ってしまう。

(でもなんとなく、その、隠しきれない残念イケメン感がある……)

 なんでだろう。なんとなく締まらない笑顔のせいかな?
 とりあえず「よろしくね」と微笑んで返す。

「じゃあついでにわたしも~」

 私の前の席、秋月くんの横の席の女の子も振り向いて話しかけてくれた。
 ショートカットに、くるくる動く、黒目がちの猫のような目。

(可愛い~。アメリカンショートヘアーの仔猫みたい)

 私はそんな感想をいだく。

「わたし、大友ひより。よろしくね」

 女の子が話しかけてくれたことに、なんとなくほっとする。

「うん、よろしくね」

 にっこりと笑ったところで、先生が「はいはいお話はあと!  まず夏休みの宿題提出でーす」と声をかけてきた。
皆はランドセルから「夏休みの友」を取り出す。
 真新しいままな感じの子、すっかり手垢の付いている子、さまざまだ。

(皆、勉強とかどうなんだろ。さすがに五年生にはついていけるだろうけど……え、ついていけるよね?)

 ふう、と息をついた。

(勉強は、頑張っていこうと思ってるのよね~、ゲームの華はとってもおバカちゃんだったから)

 少しでも「ゲームと違う華」になっておくことが、破滅エンドへの回避方法ではないかと思っているのだ。

(それに、成績良ければ最悪、破滅エンド……、つまり退学の上に勘当されても、高卒認定取ってどっかの大学で奨学金もらえるだろうし)

 1人でも生きていく力をつける。なんの才能もないだろう私にある、そのたった一つの方法が勉強だった。

(頭の中身は誰にも奪われないーーってけだし名言よね。まぁ、華自身の記憶は消えちゃってる訳だけど)

 そこまで考えたところで、ふと気付いた。

(華はどんな事故にあったんだろう)

 お医者さんも敦子さんも「事故」というだけでハッキリしたことは言わなかったし、未だに教えてもらえていない。

(でも、その事故で華は母親をうしなった訳よね?  その規模の事故にしては、私はケガひとつなかった)

 眉根を寄せて考えていると「設楽は出さなくていいだろ」と隣から黒田君がこっそり声をかけてくれた。

「それとも前の学校の宿題、持ってきてるか?  先生に聞いてやろうか」

 考え込む私を見て、宿題を出していいのか分からなくて困っているのか、と心配してくれたのだろう。

「ううん、ありがとう。大丈夫」
「おう」

 にかっ、と笑って黒田君は夏休みの友に戻った。
 ふーむ、やっぱり面倒見良いタイプなんだろうな。

 始業式がある体育館へ向かうため、移動になると、一気に人に囲まれた。

「設楽さん前の学校クラブ何してた?」
「関西弁喋れる?」
「いまどの辺に住んでるの?」

 口々に質問を受ける。

(うーん、何せ華の記憶ないから、なんとも言えないな)

 首を傾げつつ、適当に返していく。

「クラブは入ってなかったよ、関西弁は喋れない。ごめんね。今は駅の近く」
「あっ、じゃあウチ近い!  いっしょに帰ろう」

 そう言ってくれたのは、ひよりちゃん。

(おお、いい子だっ)

 嬉しくなって「うん!」と元気に答えてしまった。なんてこった、ほんとに小学生になった気分……。

「転校は親の仕事?」

(あっ困る質問来ちゃったな)

 どうしよう、と考え込む。

(いないんだー、とか言うと気を遣わせるかな?)

 しかし嘘を言うのも気がひけるし……と考えていると「おうお前らあんま質問責めにするなよ、設楽困ってんじゃねーか」という黒田くんの声がした。

「そうそう、それに体育館入り口混むし。もう行こうよ」

 秋月くんがにこっ、と笑うと、私を囲んでいた女子たちも「はぁい」「そうしよっか」「混むとやだよね」と移動し始めた。

「体育館、まだ分かんねぇだろ。一緒に行くか?」

 黒田くんが言った。

「あ、うん、お願いします……てか、さっき、ありがと」
「ん?  何がだ?  ……オイ秋月、なんだその顔」
「んー?  いやほんとタケちゃんって男前だよね」
「何の話だ」
「いや、なぁんでも?」 

 と嘯く秋月くんにも、慌ててお礼を言う。

「あ。てか秋月くんも、ありがと」
「ふっふっふー。だからショーちゃんでいいって」 

 秋月くんはダブルピースをして、にこにこと笑った。
 3人連れ立って、体育館へ向かう。
 その道中も、2人は軽口を叩きあっていて、本当に仲がいいんだなぁとちょっと羨ましく思った。
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