二つの世界の冒険譚

アラビアータ

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第二章

第十八話

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 朝から大雨が降っている。車軸を流すばかりの雨に、道はぬかるみ、白雨が幕のようになって、人影のみが蠢いている。慌ただしく下働きする者達の影は動き、今朝の処刑を準備している。
 無論、その朝に獄門に梟けられるのはランレイとセルジュなのだが、それを阻止するべく眼を光らせる四人と、便乗して虎視眈々と狙っている勢力がいる。そうとは知らず、叛逆者を犬のように斬るのが日常である監獄の役人共は、常のように獄門台を立てて、首斬り役人は刀身改めなどをしている。
 殺威棒を持ち、膝立ちになっている下級獄吏、傘を持って死刑囚二人を待つ上級獄吏など威風堂々としている。首切り台には簡素な幔幕の屋根を巡らし、床几を置いて一人の検視官が傲然と構えている。全員、激しい雨の轟音と湿気に鬱屈とした顔で気怠そうである。

 しばらく後、大雨の霧の中から三十人くらいの軍団に前後左右を押し包まれ、荒縄で鞠のように縛られたセルジュとランレイが引かれてきた。二人とも昨日の拷問の瘡が残り、抵抗が出来ず、如何にも神妙そうに、いと静かである。
 地獄の牛頭馬頭に縄尻を取られ、数多の兵の警戒の下、雨にぬかるむ泥道を一歩、一歩と死の刑場に引かれていく。刑場は中央の首斬り台を囲んだ広い竹矢来である。ただ二カ所、矢来の口を切って、出入口と不浄口に分けられている。
 引かれてきた二人は、直ちに死の筵へ引き据えられたが、出入口の方で何か声がする。

「おい、お前達っ。入ってはならん、入ってはっ」
「俺じゃねえよ。後ろが押すんだよ」

 と、セイランが先頭切って刑場に入ろうとしている。セイランは笑って、見物くらい良いだろ、と囃し立てる。するとまた、今度は不浄口の方から雑多な一団が騒いでいる。遮二無二、矢来の口から刑場に入ろうとするので、収集がつかない。
 警護の兵達は、二つの入り口を塞ごうと総立ちになって人渦の中に入っていった。何しろ、大変な喧噪であり、かつ大雨である。声が掻き消されたり、雨の中から人間が出て来たりして容易に手が付けられない。
 その間に、下人共はランレイとセルジュを押さえつけて顔に白絹を巻き付けた。側にいる首斬り役人が、柳葉刀に水を掛けて、二人の顔の前に翳し、

「観念! 」

 と言った時、刑場の柵が蹴破られ、二つの影が躍り込んで来た。一つの影は首斬り台に駆け登り、一同があっと言う間も無く、飛鳥の如く検視官に躍り掛かって、後ろ手に拘束し、腰の長剣を抜いてその首に擬した。

「武器を捨てろっ。良いか、一歩でも動くと、この男の命は無いっ。捨てろっ」
「き、貴様。何者だっ。そんな事が出来ると思っているのかっ」
「黙れ。ランレイを殺そうとするのは俺が許さないぞっ。何をしてるんだ、武器を捨てろっ」

 途端、獄卒共はそれぞれの武器を捨てた。そこへ、もう一つの影が柳葉刀を拾い、周りの人間共を斬りまくり、役人共は恐れを為して次々に首斬り台から落ちていく。それを見るや否、セイランは目の前の役人を殴り飛ばし、忽ち囚人達は、柳葉刀、殺威棒、槍、あらゆる得物の下に刑吏獄卒を血祭りとして荒れ廻った。
 真っ先に刑場に雪崩れ込んだ一人は、もう一人に、

「早くランレイの縄を切るんだっ。セルジュ君のもっ」
「解ったっ。今助けにいくっ」

 ランレイとセルジュは身体を縛める縄を切られ、顔の布を取られ、自分達を助けてくれた二人を見た。

「あ、ソフィア。来てくれたか。おい、あいつは誰だっ」
「あれはフェイロンだよ。とってもやさしーよ」
「良いから、二人とも行くよっ」

 フェイロンは押さえつけている役人に、剣を突きつけたまま、何か囁いたかと思うと、その身体を突き放すや否、横斬りに叩き斬った。
 喊声驚声怒声は天に谺し地を揺るがす。相打つ叫喚雨の血戦、入り乱れ入り乱れ、修羅の戦場が現出している。大雨も相まって、思わぬ怒濤に押され、獄卒共は次々に斃れていく。戦場の凄風、地を打つ雨音交わる剣槍、混乱のるつぼの最中、二つの鉞を振るい、戦場の一角を蹴散らしつつ乱入してくる男が一人いる。

「おのれ貴様らっ。全員この場で斬り殺してやるっ」

 黒い颶風のように縦横無尽、反乱の囚人達を吹き飛ばしていくのはホーシェンである。フェイロンはそれを見て、僅かに表情を変えた。誰も気が付いていないが、僅かに怒りを含んだ表情である。
 彼は、セルジュに背中を向けたまま

「セルジュ君、ランレイを守ってやってくれ。俺があいつを片付ける」
「フェイロンさん、あたしも行きます」
「フェイロン、ランレイも」
「動くなっ。セルジュ君と一緒にいるんだっ。ソフィアさんはクラウス君を助けに行くんだっ」

 と、叱りつけるや否、フェイロンはと首斬り台から飛び降り、横合いからホーシェンに斬り掛かった。
 戛然、刃と刃が火華を散らす。また新たな愚か者が来たな、と顔見たホーシェン、びっくり仰天、目を見開いて、

「ややっ。お、お前はっ」
「ほら、ぼんやりするな」

 フェイロンは応変自在、長剣構えて雨の中、八幡微塵と斬り込んだ。発止と斧と剣とが交われば、殺気を動かす二つの影。
 不意にその時、彼方の霧が、みるみる内に晴れていき、中央の高楼が姿を見せる。

「ソフィアさん、クラウス君を助けに行くんだっ」
「解りましたっ」

 と、ソフィアは修羅の戦場、一騎討ちには眼もくれず、バシャバシャと泥を蹴って一心不乱に走って行く。セルジュは寄ってくる連中を片手の剣で薙いでは防ぎ、手負いのランレイを片手で守っているのであった。

 ――クラウスはランレイ達を助けるのとは別に、闇の結界を払うべく、中央部に忍び込んでいた。監視の網目を掻い潜り、フェイロンに教えて貰っていた、結界の発生源である闇の晶石を探していた。
 中央部は高楼の他、獄卒共の宿舎、食糧庫まであるので、フェイロンに教えられた闇の晶石まで至るのは困難である。クラウスは雨の中、鼠のように影から影へ、雨か汗か解らぬ水に濡れつつ、必死で歩哨共をやり過ごしていた。
 (くそ、早くしないとあいつらが…)と彼は、焦るばかりである。以前の彼ならば、特に何も感じず、自分には関わりの無い事だ、と言って見過ごしていたであろう。変われば変わるものである。今、自分でも気が付いていないが、彼は自分から率先して仲間を助けるべく、危険な行動をしているのである。

 ふと、にわかに獄卒共が騒ぎ始めた。聞いていると下の方で囚人達が騒ぎを起こしたらしい。計画通り、ソフィアやセイランが反乱を起こしたとみえる。大半の者達は反乱鎮圧に向かい、忽ち辺りは啾々とした物悲しげな風景となった。
 雨は止まない。下の方では喊声が賑やかに此処まで聞こえるが、周囲はいと静かである。クラウスは鬼哭啾々とした雨音を聞いて、ひどく悲しくなった。自分でも何故かは解らぬが、こういった天候や人気の無い様子を見ると、泣きたくなるのだ。
 しかし今は天を恨み、自分の境遇に嘆いている状況では無い。フェイロンからは、中央の高楼、雑多なものが収納されている地下にある、と言われているので、クラウスは雨に濡れながら歩を進めた。折から降っていた雨は、益々強くなっている。時しも初秋であるので、寒さはクラウスの身を刺す。

 (あの時もこんなだったな…)と彼は無意識にそう思っていたが、深く考える前に高楼の廟門に辿り着いた。鉄門の横、勝手口から中に入ると、人気の無い伽藍のような大廻廊が広がっていた。
 流石に中には見張りがいるのだが、大半は囚人達の鎮圧に行っている様子、クラウスは難なく廻廊を柱から柱へ、敵の目を誤魔化しつつ地下への階段を探した。
 地下に下りたクラウスは、思わず鼻を覆って嘔吐いた。古くさい地下牢は、血の跡や壊れた拷問具、何年も前であろうに籠もった怨恨、阿鼻地獄の形跡が所々に転がっている。今からでも悶える声や耳を打つ悲痛な叫びが聞こえてきそうな様子に、クラウスは思わず面を蒼白にしたが、何とか眼を凝らして進んだ。

 破れた鉄格子や崩れた石壁、自分の息遣い意外は何も聞こえない、鼠や蝙蝠の鳴き声すら聞こえない。やがて、修羅の廻廊の最奥に辿り着いたクラウスは、巨大な深紫の宝石が台座に浮いているのを見つけた。傍らには没収されていた剣もある。
 彼が宝石に触れようと手を伸ばすと、自分と共鳴するかの如くそれは震えだし、触れた瞬間、凄まじい閃光を四方八面に放ち、クラウスが眼を閉じるのとほぼ同時に、発止と砕け散った。
 瞬間、中央部の闇が晴れ、結界は払われた。クラウスは

「良し、後はあいつらを助けに」

 と、地下から這い出すように駆け出し、一階の大広間に出た。入り口に向かおうとする彼は、凄まじい殺気を感じ、身を脇に跳ばした。ぶうん、と鉄球が身をかすめ、壁に当たった。

「おのれ貴様っ。余計な事をよくもしてくれたな、やはりあの方が言っていた、異世界からやって来た曲者どもかっ」
「俺はただ仲間を助けたいだけだっ。お前達が何を思っているのか知らないけど、俺はお前らを止めるっ」

 クラウスは剣を片手構え、とフドウを睨み付けた。壁掛け松明は燃え、両者の気が迸る。長い鎖の両端に付いた鉄球は鈍い火光を反射し、クラウスの刃は閃々と輝く。
 クラウスは双眸に気炎を漲らせて平青眼、フドウの方は早くも、一端の鉄球を頭上で振り回し、こんな若造など、と侮り顔、ニタリと薄ら笑みを浮かべている。

 ぶうん、と鉄球が唸りを上げてクラウスに飛ぶ。既に心得ていたクラウスは、爪先を踏み割るが早いか、身を窄めて斬り掛かる。戛然、鎖と刃は火華を噴く。
 剣を外すが早いか、クラウスが放つ二の払い! 太刀風鋭く斬り返し、息もつかせず斬りまくる。しかし相手は老練ロン・フドウ。二つの鉄球を意のまま為すまま動くまま、りゅうりゅうと蛇を操るように、否、龍使いが如き妙技を見せる。
 (この小癪な青二才、どう潰してくれようか)と彼は慌てず騒がず、虚実鮮やか至極、相手の疲れを待つらしい、老獪場慣れの戦闘術。

 死ねいっ、振るわれた鉄球はクラウスに飛び付いて、発止と剣を吹き飛ばす。それを見るが早いか、阿修羅の怪勇見せつけて、もう一端の鉄球がクラウスに飛んでいく。
 避けんと退いては跳び退しりぞき、乱離と飛ぶは二鉄球、周りの獄吏は弾け飛ぶ。武器を失いクラウスは、四方八方に逃げ回り、敵の隙を窺うが、相手は元より鉄球の達人、不覚のあるべき筈は無い。
 しかしその時その刹那、クラウスッ、という呼び声に、はっと二人が振り向けば、ブーンと飛んで来る殺威棒。フドウの面にぶち当たり、思わず彼は後退り。

「今だっ」

 敵の手元に躍り込み、落ちたる剣を掴むや否、流星一閃! フドウは脆くも血煙を上げて倒れた。クラウスは猶予も許さず跳び掛かり、ぐさっと喉を突き刺した。
 クラウスは肩で息をしていたが、彼を助けたソフィアが近くに来て、

「クラウス、大丈夫? 怪我は無い? 」
「ああ、有難うなソフィア。お前の方は大丈夫か? あいつらは? 」
「フェイロンさんがクラウスを助けに行けって。それに早く女神を解放しないと」

 クラウス達は高楼の最上階にいる女神の封印を解くべく駆け出して行った。

 ――ほぼ同じ頃、外では豪雨の下、ホーシェンとフェイロンが斬り合っていた。否、斬り合いというよりは、一羽の岩燕が苦も無く小魚をあしらっているという方が正しいであろう。
 力任せに振るわれる斧をさっと躱し、身体は浮舟、飛電の刃、伸びきった敵の斧を斬りつける。戛然一合、鉄の柄が火を噴いて、ばらっと指が宙を舞う。見る間に返す斬り上げ一閃、ホーシェンの腕は根元から落とされる。
 あっと身を捻じ躱そうとしたその刹那、血飛沫上げて倒れるホーシェン。息もつかせぬ剣が煌めいて、もう片腕も吹っ飛んだ。ホーシェンは、迫り寄ってくる影に向かって震え声で、

「ひい…ひい…。フェイロン殿、許されよ、許されよ…」
「…君は彼女に同じような台詞を言わせたよね。覚えていないと思うけど…。それに、ランレイまで酷い目に遭わせ、俺達を滅茶苦茶にして、俺が許すとでも思っているのかい? 」

 その時、雷光が閃めき、逆光に照らされたフェイロンは、怒れる魔魅か鬼子母神よりも恐ろしく、氷のような表情ではあるが、囂々と燃える赫怒を全身から放っていた。それを見て、ホーシェンは逃げだそうとしたが、フェイロンは彼に跳び掛かって、肩口から真っ二つに斬り斃した。
 断末の血煙が濛として立ち、血生臭い霧が漂い、返り血を浴びたフェイロンは赤夜叉のようになって、死骸を見て何か呟いている。周りでは既に獄卒共の大半が囚人達に追い散らされている。反乱は最早成功したと言って良い。
 フェイロンは剣を納め、ランレイに向かって、常と変わらぬ優しい微笑みで近付いた。彼女はセルジュの背中に守られ、さしたる怪我もない様子、フェイロンの姿を見て破顔し、

「フェイロン、強い強いね。ランレイ守ってくれてありがとな」
「ふふふ。俺は君の事を愛しているから当然だ。でも、君を守れるのはセルジュ君達だ…悲しいけどね。二人とも、またね」
「おい、あんた」

 セルジュが何か言い掛けたが、フェイロンは首斬り台から飛び降り、 二人が見た時には霧のように消え失せていた。いつの間にか雨は止み、晴れ間こそ見えないが、大地は僅かばかり明るくなっていた。

 ――その時丁度、クラウスとソフィアは高楼の最上階の手前二、三階にいた。そこは座敷牢のようで、薄暗い。乏しい蝋燭の灯りが揺れ、脱ぎ捨てられた衣服や破れた布片が散らばっている。桃色の屏風や蒲団があり、牢屋一つ一つの壁には春画が描かれている。牢屋の隅には、女柄の着物がしどけなく脱ぎ捨ててある。むっと据えた臭いが鼻を刺す。
 クラウスとソフィアも無智な童子では無い。この廻廊で何が行われていたのかは何となく察しているので、何も言わず、脇目も振らずに進んでいた。ふと、クラウスが何かを見つけた。
 拾い上げてみると日記である。随分と古いのか、表紙や中の半紙は途切れ途切れである。記述は以下である。

 ー今日も皆は男の相手をしている。あたしは今日で二十歳、初めて男の相手をさせられてから五年か…何だか最近何とも思わなくなってきたな。お母さんは何処かに行っちゃったし。

 今日、新しいお客さんが来た。あたしを見つけて呼びつけておいて何もしなかったな。それに秘密でお金までくれたし、優しい人だったな。見つからないように隠しておかないと。

 今日もあの人が来てくれた。あの人がいる時だけは、仕事をしなくて良いからまた来てくれないかな。何だか一緒にいると楽しいし嬉しい。

 もうあの人と会ってから一ヶ月か…。今日、一緒に逃げようって言ってくれた。思わず答えられなかったけど、あの人と一緒にいると、胸が苦しくて苦しくて…でも嬉しいずっと一緒にいたい。あの人の側にいたい。明日、一緒にこんな所逃げだそう。

 だまされただまされただまされた。なんで四人もいたの。どうして四人であたしにあんな事をしたの。信じていたのに。なぐられた所が痛い、触られた所が気持ち悪い、よごされたよごされた。なにもかんがえたくない。もう生きていたくない。ー

 日記はここで途切れており、背表紙には「シューフェイ」と書かれていた。恐らく自害したであろう憐れな遊女の日記を閉じ、クラウス達は最上階に辿り着いた。
 そこには霊峰へ続く大石橋があり、その先にある古びた神廟と木門には赤い大鵬が描かれていた。神廟の上には「鳳凰之殿」と書かれてある。木門には物々しい鉄鎖と錠前が為されており、頗る厳重な構えである。
 クラウスが近付くと、木門から光が漏れ出し、彼が手を触れた瞬間、鉄鎖が弾け、火華が散り異様な響きが谺した。
 太陽のような、否、それよりも明るい閃光が廟の中から迸り、クラウス達は安らかな声だけを聞いていた。

「神子よ…神子よ。よく来てくれましたね。私は十年以上待っておりましたよ。私はホウオウと申します。このヴァークリヒラントを守る三神の一体です。貴方はシュピーゲルラントから来たのでしょう? 預言の通り、貴方が二つの世界を繋ぐのです。その為には残り二体の神を解放するのです」
「解ってます。でも、後二体の神は海の向こうとかにいて、船も無いからどうすれば」
「ご心配なさらず。私も微力ながらお手伝い致します。大空を飛び、貴方達を助ける翼となります」

 すると、光が集約して光玉となった。それはクラウス達を包み込み、光る大鵬となって麓に飛び立った。
 
 霊峰の麓ではすっかり雨が上がり、戦場の後始末が進んでいた。魔力で動かされていた敵は蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ奔り、囚人達の勝ち鬨が天を覆わんばかりである。
 セイランはクラウス達が下りてきたのを見て、瞠目し、

「お前らホウオウ様に乗って来たのか。やっぱりお前は本当に預言にあった神子だったんだな。ところで、フェイロン様を見なかったか? 突然消えられてしまってな」
「いや見てないですよ、そう言えば俺からも。シューフェイって人知ってますか? 」
「そうか見てないのか。十年振りくらいだったのに…いや、こっちの話だな。シューフェイ、シューフェイ…ああ、確か百数十年前、此処が歓楽街だった頃、惚れた男に騙されて集団で玩弄された上、自殺した遊女がいたって聞いた事があるぞ。確かそいつの名前が同じシューフェイだったんだ。でも、そいつの死体が実は見つかっていないって噂だ。それがどうかしたか? 」
「いや、別に何も…それよりあいつら二人は? 」

 セイランが指差した方向には、ランレイと彼女に手を引かれてくるセルジュがいた。ランレイはひどく残念そうに、フェイロンまたいなくなった、と愚痴を述べるがセルジュは何か思いかねている。
 クラウスがニヤリと揶揄うように、

「何だセルジュ、ちょっと見ない内に悩み事でも出来たのか。ランレイは可愛いもんな」
「違う莫迦。俺はあの男、フェイロンが少し気掛かりなだけだ。いきなり現れて俺達を助けたかと思えば、いきなり消え失せて、セイランとも知り合いだという。怪しいとは思わないのか」
「そうか? あんなに穏やかで優しい顔の人がか? 」
「ふん。人は見た目に寄らないからな。外面は虫も殺さない顔で中身は鬼ということもある」

 クラウスは、セルジュの懸念を笑って聞き流したが、ソフィアが、彼の言葉を聞いて、悄然と項垂れたのに気が付かなかった。どうして彼女が不意に悲しげな表情を浮かべたのかはまだ誰にも解らないが、とにかく第一の神の解放は成った。
 クラウス達はセイラン達の礼を受け、ホウオウの光に包まれて次の目的地に発って行った。

 同じ頃、クラウス達にセイランの救出を依頼した人肉茶店の主ズーハンは、監獄都市の開放がされたのを遠くから見守っていたが、クラウス達を乗せたホウオウが飛び去っていくのを見送ると、頓首再拝して感謝の言葉を述べた後、庭先にある木に首を吊って縊死してしまった。
 彼の足元には、セイランにこれまでの罪を詫び、クラウス達に感謝と義兄の今後の息災を祈る手紙が置かれていた。

 秋風は蕭々と吹き、山の木々は紅葉し始めている。冬に向かう空の中、クラウス達を乗せた光は一筋の希望のように分厚い雲海を泳いでいくのであった
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