二つの世界の冒険譚

アラビアータ

文字の大きさ
上 下
14 / 27
第一章

第十四話

しおりを挟む
 ――ソフィア達は黄昏時、紫雲の間から茜色の斜陽が差し込む時分、もう山の東側は真っ黒に伸びる影を落としている。山肌は濃い紺色をしっくりさせて、いつか夕雲はと山を覆い、霊峰はまた違った顔を見せながら、夜の準備を整え始めている。
 先に来ていたクラウスの傍らに、これまた意外な人物がいる。落ち着いた雰囲気を持った男は、ソフィア達を見て礼をした。
 
「あ、タリエさん。どうして此処に」
「いえいえ。此処には珍しい遺跡があるので、私も付いて来てしまいました。そう言えば、クラウス君が誰かを捜していましたよ。急に消えてしまったそうで」
「ソフィア、フェイロンさんを知らないか…ってお前はっ」

 クラウスはセルジュを見て、跳び上がらんばかりに驚いた。セルジュは、憮然とした面持ちで彼を見据え、何をするのか見届けてやる、と言った。
 セルジュは、ふとタリエを一目見て、何処かで見たか、と何か思い出しかねているような顔をした。タリエの方は悠然と彼を見ている。
 
「おい、お前ら何でこいつが一緒なんだよ。こいつは俺達を殺そうとしてるんだぞ。邪魔されたらどうするんだよ」
「だいじょぶだよ。セルジュ、良い人。ランレイと仲良し。ランレイ達のこと、助けてくれたよ」
「ふん。見ていられないからだ。俺も目の前で人が死ぬのを見たいわけではない」
「クラウス、あたし達が世界に災いを齎そうとしているわけじゃない、って証明しすれば、きっと解って貰えるよ、ね」

 解ったよ、とクラウスは先頭に立って祠の前に立った。岩の広場と古びた祠。その間に小高い台座があり、ヤタノ鏡を差し込む窪みがある。
 クラウス達は台座に向かって岩の広場を歩いていく。斜陽が差し込む広場は晦明がはっきりし始め、太陽を背に、クラウス達は長い影を伸ばしている。
 ランレイがヤタノ鏡を取り出して窪みに嵌めた――その時、

「待て」

 クラウス達の背中から不意に声が聞こえた。
 振り向いた彼らは斜陽を背中に受けるタリエを見た。逆光の所為もあって、彼の姿は真っ黒な悪鬼のようである。
 タリエは人が変わったような、いや本性だといえる鋭い瞳を炯々と彼らに向け、ズイと大股に一歩近付いた。クラウスは訝しんで、身構えながら、何ですか、と強気に言った。

「今のお前達の会話でよく解った。ヤタノ鏡を渡せ。それがあれば、私の目的は達成出来る」
「な、どういうことですかっ。いきなり何ですか、タリエさん」
「私はタリエなどではない。それに学者というのも大嘘だ。我が名はアンセル・アスターフェイ。クラウス、お前とは以前会っているであろう」

 クラウス達の背中から不意に声が聞こえた。
 振り向いた彼らは斜陽を背中に受けるタリエを見た。逆光の所為もあって、彼の姿は真っ黒な悪鬼のようである。
 タリエは人が変わったような、いや本性だといえる鋭い瞳を炯々と彼らに向け、ズイと大股に一歩近付いた。クラウスは訝しんで、身構えながら、何ですか、と強気に言った。

「今のお前達の会話でよく解った。ヤタノ鏡を渡せ。それがあれば、私の目的は達成出来る」
「な、どういうことですかっ。いきなり何ですか、タリエさん」
「私はタリエなどではない。それに学者というのも大嘘だ。我が名はアンセル・アスターフェイ。クラウス、お前とは以前会っているであろう。それに、行く先々で四星がいたのも、私の差金だ。それに、お前達を岩で押し潰そうとしたのもな。気が付かないとは随分と間抜けな連中だな」

 クラウスは、冷然と言い放つ彼の顔をと見て、あっと声を上げた。何ぞ測らん、王都から逃げ出した時に彼らに立ち塞がった騎士団長アンセルが、今またこうして彼らの前にいるのだ。
 アンセルは、セルジュの方にも向き直り、

「セルジュ様。何処に行っていたのかと思えば、こんな所にいたのですか。よもや剣術を教えた私を忘れたわけではありますまい」
「道理で似ていると思っていたが、本当にお前だったとはなっ。何が目的だっ」
「ど、どういうことか? セルジュと、知り合いか? 」
「その御方は我が王国の王太子であるセルジュ様だ。どういうわけか存じないが、二年前から急に旅に出られたのだ。全く若者というのは、揃いも揃って奔放が過ぎますな」

 ソフィアは、一体何が目的なの、ともう八角棒を構えて言う。アンセルは少し瞑目した後、ゆっくりと力強く、双眸にはっきりとした意志を宿しながら、

「…私はこの世界に失望していた。生まれた時から付き合う友人も管理され、惚れた女、平民身分の彼女は身分知らずとして処刑された。…だが、あのタイクーロンさえあれば歪んだ王国を吹き飛ばして、本当に皆が自由に暮らせる世界を作れるのだ。生憎、私は動力核が眠る神殿には入れなかった。しかし、ヤタノ鏡があれば、タイクーロンが動くかもしれないのだっ。それを渡せっ」

 一見狂気にも見える瞳を炯々とさせ、面をぐっと漲らせて怒鳴る。
 ランレイは一言、やだ、と言い、ソフィアも、そんなことには使わせない、とアンセルを睨み付ける。クラウスは、

「俺達は二つの世界を救おうとしているんだ。これは多分タイクーロンには使えない、信じてくれっ」

 アンセルは、残念だ、と冷ややかに言ってと長剣を抜いた。そこへセルジュが割って入る。
 アンセルは、何をするのかと訝しげな顔を浮かべたが、セルジュは、

「悪いが、お前の気狂い計画に手を貸すことは出来ない。話を聞く限り、こいつらの方がまだ信用できる。それに、王国を滅ぼそうとする逆臣は見過ごせない」
「残念ですなセルジュ様。貴方と剣を交える事になるとは」

 と、アンセルは真一文字、セルジュ目掛けて斬り込んだ。戛とセルジュも居合抜き、クラウス達も得物を取る。
 アンセルの剣は、彼の一念が乗り移ったかのように閃々と輝き、斜陽がそれを血のようにする。縦横無尽と斬り込んで、息つく暇も与えない。セルジュもまた名剣士、颯然剣を横払い、風切る刃に散る火華。
 ソフィアは横合いから八角棒を唸らせて、頭を目掛けて打ち込んだ。きらりと一閃、アンセルが振るう二の剣! 彼の二刀流は銀蛇の光を描いて、乱撃二本を掻い潜る。

 見る間にソフィアは斬りつけられ、さっと躱せば敵も跳ぶ。追い縋るセルジュとクラウスは、二方から相手を斬りまくる。鏘々戛々、刃金の音は冴え渡り、夜の闇は手を伸ばす。
 ランレイは、死角に回って駆け寄って、アンセルの脾腹目掛けて拳を伸ばす。しかし脇目にそれを見て、アンセルは疾風を纏って身体を廻し、独楽のような閃光が描かれる。
 戛然、二人は剣を弾かれ後退り、ランレイはと手を引くが、拳をかすめる敵の剣、血飛沫上がれば顔歪む。右手めてを押さえたランレイに、アンセルは上段から一閃、発止と彼女は手甲で防ぎ、空いた左手ゆんでを食い込ませる。

 うぬっ、とアンセルは声を上げ、思わずタタタと後退り、すかさずソフィアが打ち掛かる。ぶん、と上から振るわれる八角棒、アンセルは左手ゆんでの剣で防いだが、殆ど同時にもう一端、唸りを上げて顎を打つ。
 アンセルは二歩三歩、血反吐を吐いて後退り、そこへ迫るセルジュの剣、右に左に刃が光る。おのれっ、とアンセルが気当の一撃! セルジュの剣と敵の剣、ガッキと十字に組み合って、セルジュの方が片膝立ち。
 そこへ飛び込んだクラウスは、二人の間に割りいって、戛と斬り上げ瞬時の斬り下げ! 流星の尾を引く一閃は、後に血煙立たせれば、アンセルの左腕が遅れて落ちてきた。
 左腕を肘から斬り落とされたアンセルは、ぐわっ、と怯んだ所を躍り込んで来たセルジュにズーンと袈裟斬りにされて倒れた。
 
「ふん、生きていたか。クラウス…だったか、思ったよりやるな」
「そいつはどうも。ってかよく協力してくれたな、有難う」
「な、何を言うっ。俺はお前らを監視したいから、手伝っただけだっ」
「へいへい」

 クラウスは剣を納めて、残る二人に駆け寄った。ランレイは右手めてから血を流しているが、大きな怪我も無い様子。ソフィアは仲間だと思っていた男が裏切った衝撃か、それとも別の理由からか、浮かない顔で悄然と影を伸ばしている。
 そんな調子なので、セルジュがランレイの手当てをし、クラウス達は改めて台座に立った。ランレイがヤタノ鏡を窪みに嵌めるが、何も起こらない。
 どうしたんだ、とセルジュが前に出るが、狭い台座に四人いるので、軽く揉み合うような形になる。不意にクラウスの手がヤタノ鏡に触れると、それは急に光り出し、太陽もかくやと思われる程に眩い白光が走り、台座の目の前に、真っ白な月の如き光円が現れた。

「さあお前達、これに飛び込むのだ。これに入ればシュピーゲルラントに行ける。二つの世界を救うのだ」

 と、聞いた事の無い声が響いてきた。クラウスは、行くのか、と一応二人を見た。当然二人は頷いたが、

「俺も行くぞ。お前達の言う異世界とやらが、本当にこの世界へ災いを齎さないか見に行ってやる、本当だったら俺も手伝ってやる」
「何だかよく解らないのが増えたな…」
「セルジュ、助かる。ありがとな」

 そうしてクラウス達は、意を決して光円の中に飛び込んだ。ヤタノ鏡は須臾にして光を失い、辺りは真っ黒な寂寞に包まれた。

 ――タイざんの周辺はすっかり夜の晦冥に包まれた。月光が仄かに雲間を割って入り、微かに点々と地上が照らされる。鈍い地面に小さな宝石を散りばめたような夜である。
 クラウス達が去ってから、どのくらい経ったのであろうか。霊峰の山頂も真っ直ぐな細光にチラチラと照らされ、神秘性を増している。静寂そのものの岩の広場に横たわるアンセルに鳥が二、三羽、羽根休めに止まっている。時折舞い落ちる木々の葉も、月光に映えたり消えたりしている。
 
 しかし、どういう一念か、とアンセルは眼を見開いた。その勢いを感じた鳥たちは狼狽した様子で慌てて飛び去った。
 彼は右手めての剣を杖代わりにし、蹌踉と立ち上がった。流れる血潮には眼もくれず、

「私は諦めぬぞ…。ヤタノ鏡が駄目でも、きっとタイクーロンは動かしてみせる…。そしてこの世界を作り変えるのだ…」

 よろりよろりと、今にも倒れ込みそうな足取りでアンセルは、何処かへと向かって行く。修羅のようなその姿を見れば、どんな魔魅でも震え上がるであろう。鉄の如き一念を持った彼の前に、一つの影が降りて来た。
 影の主を見て、アンセルは瞠目した。

「お、お前は…」
「ふふふ。やあアンセル、大丈夫…では無さそうだね。おいで、君を待っている人がいるんだ」

 そう言って影の主は白い手を彼に伸ばした。その姿は月の化身の如く美しく輝いていた。
  ――その時、ウンデルベルクでは一騒動起こっていた。「王の四星」が全員煙のように掻き消え、誰一人として残っていないばかりか、騎士団長であるアンセルもここ数ヶ月帰還していないので、軍中の不安は一入では無い。
 昼間は確かにいた筈の四星までいないので、国王は方々に人を手配させ、行く手を探らせたが何の功も成さないのであった。
 国王は、

「一体何処に行ったのか、手掛かりさえも掴めないのか。アンセルも一体何処へ消えたのだ…」

 と、苛立つ指で卓を叩いて止まない。先に、モニカの奪還に失敗したばかりか、帰りたくないと直々に彼女からの書簡まで寄越されたので、それも相まって、国王の心は鼎の如く囂々と沸き立っている。
 数年前に息子と娘に逃げられ、今また軍の首脳に逃げられた彼は、半ば人間不信になりつつある。幼い頃から苦悩無く育った国王は、こうして立て続けに苦悩に直面すると、些細な事にも赫怒するらしい。召使いが彼に紅茶を出すと、その者はすぐに斬り殺された。
 苛立つ国王は、癇癪を起こして周りの家具を破壊し始めた。廷臣や召使い達は咎めを恐れて、ただ神官バラモン階級の者が来るのを待つのみであった。

 血に嘯く王宮とは正反対に静寂な森の中、人目を忍ぶ三人の男女が粗末な小屋の中に集まっていた。王都から逐電した四星の三人である。
 一番歳下の少年は、椅子に片脚を上げて座り、まだかな、と古代語でぼやいている。女が、これも古代語で答えて曰く、

「シャオユウ、煩いよ。もう少し待ってな」
「そうは言ってもね、僕は待ちくたびれてるんだよシューフェイ。ねぇそうだろ、ワオロン」
「お前はずっと変わらないな。少しは待っていろ」

 あーあっ、とシャオユウと呼ばれた少年は屋根を仰いだ。
 「王の四星」は全員が偽名を名乗っていたのだ。加えて、彼らが使っているのは古代語である。シュピーゲルラントから来たのであろうが、何が目的でヴァークリヒラントの王国に潜り込んでいたのであろうか。
 そこへ小屋の戸が開いた。入って来た男は、遅いよ、と言うシャオユウに、ごめんね、と軽く謝りながら入って来た。四人は少し会話した後、小屋を後にした。後に残るのは、嵐の前のように寂寥とした闇のみであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

防御に全振りの異世界ゲーム

arice
ファンタジー
突如として降り注いだ隕石により、主人公、涼宮 凛の日常は非日常へと変わった。 妹・沙羅と逃げようとするが頭上から隕石が降り注ぐ、死を覚悟した凛だったが衝撃が襲って来ないことに疑問を感じ周りを見渡すと時間が止まっていた。 不思議そうにしている凛の前に天使・サリエルが舞い降り凛に異世界ゲームに参加しないかと言う提案をする。 凛は、妹を救う為この命がけのゲーム異世界ゲームに参戦する事を決意するのだった。 *なんか寂しいので表紙付けときます

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...