二つの世界の冒険譚

アラビアータ

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第一章

第十話

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 トレントはと地面を蹴ってランレイ目掛けて躍り掛かった、発止とランレイの手甲と拳鍔とが交わり、火華が立った。ランレイは素早い薙ぎ蹴りを見舞うが、トレントは面を退いて、一寸にも満たない間合いで躱し、左手で第二撃を振るう。
 ランレイも然る者、相手の腕を取り投げ飛ばすが、トレントは空中で回転し見事に着地した。そこへすかさずクラウスの一閃、トレントは身を窄めて躱し、左脚を軸に素早い回し蹴りで彼を吹っ飛ばす。夜更の静寂を破って、戦いのどよめきが起こる。
 ソフィアが振るう八角棒、月光に煌めきとトレント目掛けて打ち掛かる。トレントは一撃、二撃、三撃と拳鍔で彼女の攻撃を防ぎ、戛々と金属音が立ち、火華は夜闇を照らし鮮やかな彼岸花のようである。

 喰らえ、とトレントの拳鍔はソフィアの脾腹目掛けて吸い寄せられていく。拳鍔には鋭い月牙がついているのだ、致命傷は免れない。ソフィアは身をよじって皮を裂かれながらも彼の攻撃を躱し、後頭部目掛けて八角棒の一撃! 発止と頭蓋が音を立てるが、トレントは前転で受け身を取る。
 彼は、口元から流れる血を拭いながら、なおも不敵な笑みを崩さず、

「思ったより大した事無いな。ワン・ランレイも結構弱いし。ははは、期待して損したよ」

 トレントは、何事も無かったように再びソフィアに躍り掛かっていく。閃々戛々、煌めく得物に金属音、今度はソフィアが防戦者。ランレイもそれを見て勃然と、トレントの目掛けて貫手を見舞う。
 しかし油断が無いのはトレントである。殺気を感じて後方へ宙返り、標的を失ったソフィアは前のめり、その上にランレイが覆い被さる。トレントが二人の狂態を笑っていると、不意に影が後ろから跳び掛かるが早いか、いきなり虚空を斬る白刃が振るわれた。
 何っ、とばかりに身を躱したトレントは、目の前にさっと落ちた白刃を見送るや否、その顔を見て驚いた。彼に取っては深窓の佳人に過ぎないモニカが、剣を持って震えながら立っている。

 トレントは、剣の柄をガタガタと響かせる彼女を見て、その身の程知らずを腹の底から嘲笑した。適当に彼女の攻撃を受け払いながら、相手の利手をねじり取って、膝で腹を蹴り、彼女の首元に拳鍔の月牙を擬した。
 トレントは恐怖に怯えるモニカの瞳を見て、非常な愉悦を覚えた。圧倒的な力で弱者を殺すのが彼にとっての最大の楽しみなのである。反対にモニカは、戦慄すら覚えていた。弱者虐待を楽しんでいるようなトレントの瞳を見て、心の底から慄然としていた。
 
「ははは。弱いくせに手を出すなよ、君は。連れ戻せって言われてるけど、そうやって弱い奴が出張ってると苛々するんだよ。腕一本くらい良いよね? どうせ弱いことには変わらないし」
「ト、トレント…離してよっ」

 しかしトレントは、モニカを投げ倒し右手めてを踏みつけ、そのまま砕こうとした。するとそこへ、体当たりをしてきた者がいる。
 ぱっと側転で受け身を取ったトレントは、自分を突き飛ばした者を見た。そこには如何にも弱そうな少年、マルセルがいた。雑魚が一人増えたな、と呆笑し、二人まとめて殺そうと躍り掛かる――が、そこへクラウスが、トレント目掛けて踏み込みざまに電光一閃! 肩先を斬られた彼は思わず怯み、虚空が血で彩られる。
 ソフィアが振るう八角棒、隙を逃さぬ唸りを上げて、トレントの鳩尾をドンと突いた。ぐわっ、と彼は呻いて三米3mも吹っ飛ばされる。ランレイは、疾風の如く仰向けになったトレントに止めを刺そうと跳び掛かったが、彼は倒立してそれを躱し、そのままましらの如く密林の中へ消えていった。

「モニカ、大丈夫かっ? 怪我は無いか」
「…え? あ、うん。あ、ありがとう」

 
 モニカは慌てて常の調子に戻ってマルセルに助け起こされたが、月光に照らされる彼の横顔を恍惚と見て、今まで生きてきて抱いたことの無い感情が心に起こったが、すぐにクラウス達に駆け寄り、またしても礼を述べた。
 そこへタリエが、急ぎ急ぎ駆け付けてきた。肩で息をする彼に、クラウスは、

「何処に行ってたんですか。こっちは王の四星がいて大変だったんですよ」
「いや申し訳ない。木の精霊がいる洞を調べていましたら遅くなってしまって。まさかトレントが来たとは知りませんでしたよ。しかし、皆さんよくトレントを撃退できましたね」
「良いじゃないクラウス、取り敢えず勝てたんだから。モニカ姫、案内してくれますか? 」

 モニカは、マルセルに手当てされ、右手に包帯を巻いた姿で一行を洞まで案内した。
 巨木の根は飛龍のようにうねり、鬱蒼とした暗闇の中へ続いて行く。その中心、巨木の真下はぽっかりと口を開ける龍のようである。
 モニカはクラウス達を見送ると、マルセルに支えられるようにして一旦集落に戻っていった。木の洞の奥に階段があり、タリエは、興味深そうにあちこちに松明を翳している。

 階段を下りたクラウス達は、地下に広がる空間に瞠目した。長期間手入れされていないのだが、整然とした石畳の空間が無限に広がり、今にも動き出しそうな石像が其処彼処に転がっているのだ。タリエは、驚いて袋に入っている本を取り出して、石碑や石像を一々調べている。
 水滴が石を穿つ音が聞こえる。静寂な空間は空気すら澄み渡っているようにも感じられる。一定の間隔で開けられている小部屋を見てランレイは、

「タリエ、ここ、龍がいるよ。これ何か? 」
「ふむ…恐らくは数千年前に造られた神の兵器かもしれません。確かここに…ああ、ありました。浮遊要塞タイクーロンだそうです。数千年前の戦争で使われたらしいですが、まあ、もう動かないですよ」
「浮遊要塞…こんなものが飛ぶのかよ、おっそろしいや」

 等とクラウス達は話しながら歩いていたが、タリエは眼の色を変えて砲門や設備を見て回っている。その姿は狂気に近く、クラウスは言いようも無い恐怖を覚えていた。
 小一時間ほど歩いた一行は、要塞の最奥、木の精霊クオマが祀られている祠に辿り着いた。すると祠からクオマが話しかけてきた。
 クオマは若い女に近い、妖艶な声で曰く、

「何だい、お前達は。人間に会うのは久し振りだが、もうこの要塞は動かないし、動かすつもりもないよ。折角だけど、帰った帰った」
「な、何だこいつっ。話も聞かずに」

 クラウスは唐突に拒絶され、怒りというよりは仰天して言った。ランレイは、ぎこちなく頭を下げ、力貸して欲しいよ、と頼んだ。ソフィアも頭を下げ、お願いします、と言った。
 クオマはつむじを曲げたように、不機嫌な声で、

「でもね、ただ力を貸すというのも面白くない。ここは一つ、お前達の力を試させて貰おう。否も応も無い、いくよっ」

 そう言い終わるや否、地軸を揺るがす音がし、クラウス達の後ろに小山のような影が立った。彼らが振り返ると、そこには四つ脚に双角を戴く、石造りの大きな狛犬が立っていた。
 狛犬は爛々と瞳を光らせ、じりじりと一行に迫り寄る。クラウス達も各々身構え、まずランレイが躍り掛かっていく。発止と片角を折るが、ぶうん、と狛犬の頭が振られ、彼女は弾き飛ばされた。
 そこへすかさずタリエの剣、横合いから虚空に一閃、戛と火華を散らして刃を当てる。その咄嗟にクラウスも、真正面から奮迅の刃を振るう。銀の光は閃々と、二つの尾を引き一撃二撃、狛犬はその猛撃をあしらっては退き、退いてはあしらう。
 
 ソフィアは、ランレイを助け起こして、八角棒も折れよばかりにと落雷のような一撃を狛犬に見舞った。渾力のこもった一撃を受け、思わず怯んだ狛犬は、おのれ、とばかりに身体を一気に廻らした。
 蝟集していた三人は、刹那の間髪、発止と得物で防いだが、勢いそのまま弾き飛ぶ。隙を逃さぬ狛犬、クラウス目掛けて地を蹴って、そのまま彼の肋でも折る心持ち、ズンと彼の胸板に脚を落とした。
 もがくクラウスに落ちる脚、徐々に徐々に、彼は息も吐けなくなってゆく。しかしそこへ、タリエが跳び掛かって雷霆の一剣あやまたず、狛犬の脚目掛けて閃光を一筋描き、散り蛍のような火華と共にそれを斬り飛ばした。
 
 ソフィアは隙の出来た狛犬の面に、ぶうん、と八角棒を振るい、闇の中に鈍い光が煌めき面が半分砕ける、そのまま棒の下を返し、敵の顎を砕く。
 流石の狛犬も浮き腰となって後退り、そこへランレイが横腹目掛けて気当の一撃! 発止と耳を打つ大音が響き、狛犬は木っ端微塵に吹っ飛んだ。
 ソフィアは慌てて、仰向けに倒れるクラウスを助け起こし、

「クラウス、大丈夫っ? しっかりして、ねえ」
「お、お、おい。ゆ、揺さぶるなっ。息が苦しいっ」

 クラウスは咳き込みながらも起き上がり、荒い息に肩を上下させながら、タリエに礼を言った。ランレイは、勝利に喜びながら祠に走っていった。
 クオマは何も言わず、寂寞がしばらく続いた。すると、ヤタノ鏡の一片からホウトゥーが、

「クオマ、貴方負けたんだよ。そんな臍を曲げずに力を貸してあげなさい。全く久し振りに会ったけど全然変わらないんだから。あの時だって…」
「ちょ、ちょっと辞めてよっ。わ、解ったよ、ヤタノ鏡の欠片持って行って良いよ。だからお願い、どの話かは解らないけど、辞めてっ」
「素直でよろしい。貴方のあの時の献身ったら凄かったなぁ」
「だ、だから辞めてよ、今開けるから、ねっ」

 大慌てで声の主は祠の岩蓋を開き、ヤタノ鏡の欠片が顔を出した。ランレイはそれを取って懐にしまい、ありがとな、と頭を下げた。
 ヤタノ鏡の欠片があった場所には、両手持ちの芭蕉扇があった。最後の精霊は火山に住んでいるから、これを使いな、とクオマはヤタノ鏡の欠片の中から言った。
 タリエは、物凄い眼光に眼を瞠りながら、

「クオマ様、この要塞は動かないのですか? この要塞の力さえあれば、世界はもっと平和になります」
「うん? 悪いけど、さっきも言った通り動かないよ。だってこれを動かす力は随分前に放棄されたからね。あの戦争の時に…いや、何でも無い」
「タリエさん、どうしたんですか。此処に来てからおかしいですよ」

 タリエはひどく落ち込んだ様子で、肩を落とし、ソフィアを無視して歩いていった。彼の尋常では無い様子は一体どういった理由からなのであろうか、その悄然とした背中を見て、クラウス達は彼の本心を測りかねているのであった。
 
 クラウス達が巨木の洞から出ると、豁然、天空から虹のような光が差し込んだ。暁光が彼らを照らし、薄紫色の雲が空に漂っている。新たな一日の始まりである。
 ランレイが大欠伸をして、眼を擦りながら歩いているので、仕方無いな、とクラウスが彼女を背負い、彼女はクラウスの背で寝息を立て始めた。
 集落に戻ると、マルセルが彼らを出迎えた。マルセルはモニカを救ってくれた彼らに礼を言い、疲れているだろうと一行を家に招き、宿を供した。モニカは粗末な牀の上で眠っていた。その顔は先に見た険しい顔が嘘のような柔らかな表情、彼女の優しい心を映しているかのようであった。

 部屋に入って、クラウスはランレイを下ろした後、地図を広げてタリエに次の精霊が住まう祠は何処か尋ねた。
 タリエは本と地図を交互に見て、ガイアール大陸の南方にある大陸を指して、

「このヴォルカ大陸にある、火山にいるらしいですね。ですが、此処は鉱山都市以外に街の無い、いわば岩だらけ大陸です。本当に行くのですか? 」
「勿論っ。此処まで来て行きません、なんて言いませんよっ。ね、クラウス」
「もうこうなったら早いところ終わらせて、何処かでのんびりしたいからな。明日出発しよう」
「解りました。港はガイアール大陸に着いた時と同じ港ですから、まずはそこまで戻りましょう」

 翌日、クラウス達はモニカや集落の者達に礼を言って次の目的地、最後の精霊が住まう火山に向かって歩き出していった。初夏の太陽を受ける草原は、若葉の絨毯となり、青空も相まって、一つの絵画のようになっている。
 クラウスは歩きながら、タリエの方に眼を向けた。タリエは常と同じように落ち着き払って歩いているが、昨日の豹変振りが、どうしてもクラウスの頭を逡巡している。
 加えて彼は、どうしてトレントとの戦いに参加していないタリエが、トレントがいると知っていたのかと今になって思ったが、考えている内に遅れていたらしく、自分を呼ぶソフィアの声に、考えるのを辞めて駆け出していった。

 ーートレントは痛む鳩尾と血の流れる肩を押さえながら飛鳥の如く木から木へ跳んだ。意外にも強かったクラウス達に、油断していた彼は思わぬ不覚、歯噛みをしながら痛み分け。走り走りていつしか夜明け前の、薄暗い草原に立つ。
 不意に彼の目の前に、人影が立った。その紅髪の剣士と彼とは知り合いであるようで、トレントは、

「何だ君か。あいつらを監視しているようだけど、どつしてだい? 君は妹を捜している筈だろ? 」
「ふん。そのついでだ。あいつらが怪しい動き、即ち世界に災いを齎すつもりならばすぐに斬る」
「怖いなぁ。まさか君がそこまで落ちるなんてね」
「・・・俺は正直言ってお前らも疑問に思っている。いきなり現れて素性も知れないばかりか、怪しい動き、独断で何かをしている。お前らは何者だ? 」

 トレントは剣士の言葉を軽く受け流し、ははは、と軽妙に笑った。少年らしい童顔ではあるが、その双眸からは氷のような冷たさが感じられる。
 トレントは不敵な笑みを崩さず、呆れたように、

「やだな。僕達にやましい事は無いよ。だからこうして、王国の為に働いているんだろ? 君の方こそ大丈夫かい? 早くしないとクラウス達が行っちゃうよ? 」
「ふん。邪魔したな」

 そう言って剣士は払暁の草原を歩いていく。まだ晦明のはっきりしない時分、トレントの姿は闇に殆ど隠れて不可思議な雰囲気、不気味な笑みを浮かべていた。
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