8 / 34
第八話
しおりを挟む
「おいっ。まだ見えないのかっ」
と、毛皮の服を着込み粗剣を佩いた、二十人ばかりの無頼漢が菩提樹を取り巻いて怒鳴っている。
まだ影も見えません、と十五米ほど上の枝から返事がすると、下に群がっている男の中でも、殊に背が高く銅色の身体は筋骨隆々とし、髭むじゃらの者は頭目らしく、
「やい、てめえは確かにその旅人と小僧が麓に来たのを見たのか」
「えぇ、嘘じゃありませんよ。確かにこの山の上りに差し掛かって来ましたよ」
「ふーむ。それなら、もうやって来てもおかしくない頃合いだが…」
彼が唸った瞬間、来たっ、と頭の上で声がした。にわかに引き締まった一同の上から雷獣のように樹を滑り降りて来た男が、頭目に
「お頭っ。あの二人がやって来ましたよ」
「良しっ。皆手筈通りに隠れていろ」
と、頭目は下知をした後、自身も蘆叢の中に姿を隠し、暗闇の中で戦《そよ》ぎもせずに寂としていた。
たちまち辺りは、鳥の鳴き声、草木を揺らす風以外には何も聞こえない、しんとした夜闇に閉ざされた。月も雲に隠れ、小山はすっかり晦冥に閉ざされた。
それから少し後、何やら話し合いながら通りかかって来た二人は、言うまでも無く旅装束のナタリーとルークであった。
「ほら、ルーク早くしなさいよ。陽が暮れちゃったじゃない」
「ま…待ってよ。今日は休もうよ」
「何言ってるの。せめて夜露を凌げる所くらいは探さないと。ほら、荷物持ってあげるから」
と、二人の声が間近に迫るまで、伏せに伏せていた頭目は、それっ、と躍り出して
「おい、用があるから待てっ」
立ち塞がる頭目にナタリーは、何よっ、とあべこべに怒鳴り返した。頭目始め、山賊共はその威風凜々たる姿にぎょっとしたが、相手が女だと知るや否、
「何者でも無い。俺はこの山に根城を張る山賊の頭目、リック・リヒターだ。日中は、よくも俺の部下を手に掛けてくれたな」
「ああ、白昼堂々と女の子を誘拐しようとしていた穢らわしい奴らね。斬り捨てたけど、それが何か」
と、ナタリーは、おろおろするルークを脇目に、怯む気色も無く言い返した。リックは、青筋立てて勃然赫怒、おのれっ、と長剣抜いて一喝、
「言わしておけば好き勝手な戯言を抜かす小娘っ。俺や俺の部下に指でも指したら、承知しないのが掟だ。山砦で嬲りものにした後で、小僧諸共叩き斬ってやるっ」
「黙りなさいっ。罪を裁くのは領主の務めであって、あなた達のような鼠賊が掟なんて、お笑い草も良いところ」
「此処ら一帯は俺達の領土も同然、そこに踏み込んで用無き繰り言、片腹痛い。そ掛かれっ」
と、リックが片手を上げると、闇の中に潜んでいた手下共が狼のようにばらばらと出て来て、獲物を狙って取り囲んだ。
「ルーク、行くよっ」
ナタリーは叫んで、細剣を月光に煌めかせ、疾風の如くその中に斬り込んだ。先頭の者は一瞬の間に首を落とされ、噴血は月を曇らせる。
「う、うんっ。任せておけっ」
と、ルークも佩剣を抜いて、例の如く風車のように振り回した。一人二人、技と技の争いとは違って多勢を敵に回すと、意外にもこの滅茶苦茶な剣技は功を奏した。彼は駆け寄った二、三人を迅速に斬り伏せた。
すると、蘆叢に隠れていた山賊の一人が、音も無く這い寄って、ルークの足元を掬った。あっ、と叫んで仰向けに倒れた彼を、得たりや、と山賊共は三人掛かりで、猛獣にでも向かうように彼を棒で叩きのめして気絶させてしまった。
「すわや、ルーク! 」
と、一方で縦横無尽に五人目を刺し殺したナタリーは、ルークが縛り上げられるのを見て、すぐに剣を収めて、凜々たる妙姿を月光に映えさせ、
「さ、捕まえなさい。こうなった以上、あたしも山砦に行く」
「――歩けっ匹夫共が、もっと速く歩かねえかっ」
と、縄尻を持った山賊共は、地獄で凱歌を上げる牛頭馬頭の如く、時折倒れるルークの頭を蹴ったりしながら、間道から間道を通り、やがて山砦に至った。
鬱蒼たる樹木や堅牢な岩戸に閉ざされた山砦は、小領主の屋敷とは比べ物にならぬ堅固さを見せつけている。岩壁の複雑な構造を利用し、何重にも組まれた木の砦は、見る者の眼を驚かせる。
「開けろ。例の二人を生け捕ってきたぞ」
と、リックが鉄門を叩くと、蝶番が軋む音がし、中から門は開かれた。棒を持った山賊が一々人相あらためをし、全員が入るとまた鉄門を閉じた。
「ご苦労だったな。俺はこいつらを牢屋に放り込んでおくから、お前らは休んでろ」
と、リックは多数を退け、近くにいた二人にルーク達の縄尻を持たせて、自分が先頭に立ち、奥庭まで至った。
「おや…。リック、どうしたのその人達は」
「何だ姐さんか」
声を掛けたのは、山砦暮らしに似合わず艶やかな金髪を戴き、着飾った女であった。我々の世界で言う、妲己を粋にしたような年増の妖艶女が、不思議そうに眼をみはっていた。
リックは、大手柄でも立てたような顔で鼻高々に、
「実は今日、こいつらが麓の村で俺らの仲間を手に掛けた上に、さっきも何人か殺しやがったんですよ。それで連行して来たんですよ」
「そうなの…。虫も殺さなさそうな顔した坊やに、もう一人はそのお姉さんに見えるけどね」
「こういう奴らが油断ならないんですよ。小僧は打ち首にして、岩苔の肥やしにでもしてやります。小娘の方は、慰みものにでもした後に殺します」
可哀想に、と言う女を無視し、リックは突慳貪に、歩けっ、とルークの背中を蹴って二人を引っ立てていった。
年増女は、ルークの後ろ姿をとろんとした瞳の中に恍惚と見送っていた。
「はあ…焦れったいものだね。あんなのを見ると、山の中で暮らすのが嫌になるよっ」
呟きながら、その髪を一筋撫でて、紅唇の中から小さく舌打ちを漏らした。
黒木の太柱に木材を組み合わせただけの粗末な山砦ではあるが、壁掛けの彫刻や椅子や卓、牀に至るまで、調度物には絢爛贅沢が凝らされていた。その一室に大胡坐をかいて、手酌で飲む剣士がいた。
リックは、剣士がいる部屋に入って、
「先生、こんな何も無い山砦では退屈でしょう。一つ、腕を振るってみませんか」
「どういうことですかな。誰かと勝負でもするのですか」
「今し方捕らえて来た者共は、見掛けに合わず剣を知っているようでして。一つ、先生の腕前で胴を斬るなり首を飛ばすなりして見せて下さい」
剣士は、容易い事だ、と肩を揺すって哄笑し、リックと共に庭先に出た。
庭先では、ルークとナタリーが鞠のように縛られていた。ルークの方は、生きた心地もせず青白い顔で怖気から小刻みに身体を震わせ、ナタリーは反対に、柳眉を逆立て、怒りに燃える眼でリックを睨み付けている。
座れっ、とリックが大喝するが、ナタリーは声を励まして、
「黙りなさいっ。陽の光を恐れて生きる山賊めっ。もし腕が自由になったらあなた達全員を捕まえてやるのに」
「口を慎め小娘っ。今お前は一指も動かせぬ身。俺が剣を抜き払えば、二人とも首と胴が泣き別れだぞ。引かれ者の小唄という奴だ。ははは」
リックは哄笑した後、後ろにいる剣士を見て、
「先生、あの小娘の口に刃でも突っ込んでおやりなさい」
「うむ。私も久しく剣を振るっていないからな」
と、前に出て来た剣士の顔を見て、ルークとナタリーは同時に、あっと驚いた。
「お前はハーラ・グーロじゃないかっ。どうして此処にいるんだ」
「む…お前はフロリアンの無様な死体に取り縋って泣いていた小僧っ。免官の恨み、此処で晴らすにうってつけ。それに、傍らにいるのはナタリーではないか。運命とは皮肉な物よの」
「くそっ。お前があの時、素直に負けを認めていれば」
と叫んだルークの面を、ハーラは足蹴に踏み潰して曰く、
「ははは。男のくせして婦女子のように、ただ泣き喚く、涙流しの弱虫小僧。人並みな広言片腹痛い。じたばたせずとも、このハーラ・グーロが小娘の後で、お前を主人の下へ送ってやろう。リック殿、小娘の縄を解いて下され」
ルーク達が訝しんでいると、ハーラは不敵な笑みを浮かべ、縄目の者を斬るのは刃の穢れ、とナタリーに尋常の打ち合いを挑んだ。
ルークは、それを聞くと慌てて、
「ナタリーには触らせないぞっ。僕が相手だっ」
「ほう、いずれにせよ二人とも真っ二つにしてやる。まずは小僧、お前を斬って、フロリアンへの恨みを少しでも雪いでくれるっ。小僧の縄を解けっ」
縄を解かれたルークは、覚悟の片膝で立ち上がり、くわっとハーラを睨み付けて、
「ガタガタ言ってるその口を斬り裂いてやるっ」
「ルーク…」
ナタリーは、彼の無謀を止めようとしていた。いや、平常の彼女であったら迷うこと無く止めていただろう。しかし、今夜の彼は見た事も無い鬼気迫る顔で、彼女の横で大声を放っている。
普段からルークを守っていると自負する彼女も、今宵ばかりは彼に守られているような気がした。それ故、口出しする事も出来ず、事の成り行きを見守っていた。
ルークの方は一心不乱だ。自分でも驚くほど恐れを感じない。いや、ナタリーを守るという感情が怖気を覆い隠していると言うのが正しいだろう。愛する者のため、勝算無くとも戦わねばならない、そんな男子の本懐が確かに今の彼にはあった。
手元に戻って来た佩剣の鞘を、カラリと抜き捨てて、
「勝負に言葉はいらないっ。いざっ」
「おう、小僧覚悟っ」
ルークの右手にある剣が流星の尾を引き、篝火を反射してきらりと一閃、敵の真眉間向かって斬りつけた。ハーラは長剣の抜く手も見せずに、発止と右脇へ受け払った。火華が散り、ナタリーは我を忘れて身をにじりだした。
と、毛皮の服を着込み粗剣を佩いた、二十人ばかりの無頼漢が菩提樹を取り巻いて怒鳴っている。
まだ影も見えません、と十五米ほど上の枝から返事がすると、下に群がっている男の中でも、殊に背が高く銅色の身体は筋骨隆々とし、髭むじゃらの者は頭目らしく、
「やい、てめえは確かにその旅人と小僧が麓に来たのを見たのか」
「えぇ、嘘じゃありませんよ。確かにこの山の上りに差し掛かって来ましたよ」
「ふーむ。それなら、もうやって来てもおかしくない頃合いだが…」
彼が唸った瞬間、来たっ、と頭の上で声がした。にわかに引き締まった一同の上から雷獣のように樹を滑り降りて来た男が、頭目に
「お頭っ。あの二人がやって来ましたよ」
「良しっ。皆手筈通りに隠れていろ」
と、頭目は下知をした後、自身も蘆叢の中に姿を隠し、暗闇の中で戦《そよ》ぎもせずに寂としていた。
たちまち辺りは、鳥の鳴き声、草木を揺らす風以外には何も聞こえない、しんとした夜闇に閉ざされた。月も雲に隠れ、小山はすっかり晦冥に閉ざされた。
それから少し後、何やら話し合いながら通りかかって来た二人は、言うまでも無く旅装束のナタリーとルークであった。
「ほら、ルーク早くしなさいよ。陽が暮れちゃったじゃない」
「ま…待ってよ。今日は休もうよ」
「何言ってるの。せめて夜露を凌げる所くらいは探さないと。ほら、荷物持ってあげるから」
と、二人の声が間近に迫るまで、伏せに伏せていた頭目は、それっ、と躍り出して
「おい、用があるから待てっ」
立ち塞がる頭目にナタリーは、何よっ、とあべこべに怒鳴り返した。頭目始め、山賊共はその威風凜々たる姿にぎょっとしたが、相手が女だと知るや否、
「何者でも無い。俺はこの山に根城を張る山賊の頭目、リック・リヒターだ。日中は、よくも俺の部下を手に掛けてくれたな」
「ああ、白昼堂々と女の子を誘拐しようとしていた穢らわしい奴らね。斬り捨てたけど、それが何か」
と、ナタリーは、おろおろするルークを脇目に、怯む気色も無く言い返した。リックは、青筋立てて勃然赫怒、おのれっ、と長剣抜いて一喝、
「言わしておけば好き勝手な戯言を抜かす小娘っ。俺や俺の部下に指でも指したら、承知しないのが掟だ。山砦で嬲りものにした後で、小僧諸共叩き斬ってやるっ」
「黙りなさいっ。罪を裁くのは領主の務めであって、あなた達のような鼠賊が掟なんて、お笑い草も良いところ」
「此処ら一帯は俺達の領土も同然、そこに踏み込んで用無き繰り言、片腹痛い。そ掛かれっ」
と、リックが片手を上げると、闇の中に潜んでいた手下共が狼のようにばらばらと出て来て、獲物を狙って取り囲んだ。
「ルーク、行くよっ」
ナタリーは叫んで、細剣を月光に煌めかせ、疾風の如くその中に斬り込んだ。先頭の者は一瞬の間に首を落とされ、噴血は月を曇らせる。
「う、うんっ。任せておけっ」
と、ルークも佩剣を抜いて、例の如く風車のように振り回した。一人二人、技と技の争いとは違って多勢を敵に回すと、意外にもこの滅茶苦茶な剣技は功を奏した。彼は駆け寄った二、三人を迅速に斬り伏せた。
すると、蘆叢に隠れていた山賊の一人が、音も無く這い寄って、ルークの足元を掬った。あっ、と叫んで仰向けに倒れた彼を、得たりや、と山賊共は三人掛かりで、猛獣にでも向かうように彼を棒で叩きのめして気絶させてしまった。
「すわや、ルーク! 」
と、一方で縦横無尽に五人目を刺し殺したナタリーは、ルークが縛り上げられるのを見て、すぐに剣を収めて、凜々たる妙姿を月光に映えさせ、
「さ、捕まえなさい。こうなった以上、あたしも山砦に行く」
「――歩けっ匹夫共が、もっと速く歩かねえかっ」
と、縄尻を持った山賊共は、地獄で凱歌を上げる牛頭馬頭の如く、時折倒れるルークの頭を蹴ったりしながら、間道から間道を通り、やがて山砦に至った。
鬱蒼たる樹木や堅牢な岩戸に閉ざされた山砦は、小領主の屋敷とは比べ物にならぬ堅固さを見せつけている。岩壁の複雑な構造を利用し、何重にも組まれた木の砦は、見る者の眼を驚かせる。
「開けろ。例の二人を生け捕ってきたぞ」
と、リックが鉄門を叩くと、蝶番が軋む音がし、中から門は開かれた。棒を持った山賊が一々人相あらためをし、全員が入るとまた鉄門を閉じた。
「ご苦労だったな。俺はこいつらを牢屋に放り込んでおくから、お前らは休んでろ」
と、リックは多数を退け、近くにいた二人にルーク達の縄尻を持たせて、自分が先頭に立ち、奥庭まで至った。
「おや…。リック、どうしたのその人達は」
「何だ姐さんか」
声を掛けたのは、山砦暮らしに似合わず艶やかな金髪を戴き、着飾った女であった。我々の世界で言う、妲己を粋にしたような年増の妖艶女が、不思議そうに眼をみはっていた。
リックは、大手柄でも立てたような顔で鼻高々に、
「実は今日、こいつらが麓の村で俺らの仲間を手に掛けた上に、さっきも何人か殺しやがったんですよ。それで連行して来たんですよ」
「そうなの…。虫も殺さなさそうな顔した坊やに、もう一人はそのお姉さんに見えるけどね」
「こういう奴らが油断ならないんですよ。小僧は打ち首にして、岩苔の肥やしにでもしてやります。小娘の方は、慰みものにでもした後に殺します」
可哀想に、と言う女を無視し、リックは突慳貪に、歩けっ、とルークの背中を蹴って二人を引っ立てていった。
年増女は、ルークの後ろ姿をとろんとした瞳の中に恍惚と見送っていた。
「はあ…焦れったいものだね。あんなのを見ると、山の中で暮らすのが嫌になるよっ」
呟きながら、その髪を一筋撫でて、紅唇の中から小さく舌打ちを漏らした。
黒木の太柱に木材を組み合わせただけの粗末な山砦ではあるが、壁掛けの彫刻や椅子や卓、牀に至るまで、調度物には絢爛贅沢が凝らされていた。その一室に大胡坐をかいて、手酌で飲む剣士がいた。
リックは、剣士がいる部屋に入って、
「先生、こんな何も無い山砦では退屈でしょう。一つ、腕を振るってみませんか」
「どういうことですかな。誰かと勝負でもするのですか」
「今し方捕らえて来た者共は、見掛けに合わず剣を知っているようでして。一つ、先生の腕前で胴を斬るなり首を飛ばすなりして見せて下さい」
剣士は、容易い事だ、と肩を揺すって哄笑し、リックと共に庭先に出た。
庭先では、ルークとナタリーが鞠のように縛られていた。ルークの方は、生きた心地もせず青白い顔で怖気から小刻みに身体を震わせ、ナタリーは反対に、柳眉を逆立て、怒りに燃える眼でリックを睨み付けている。
座れっ、とリックが大喝するが、ナタリーは声を励まして、
「黙りなさいっ。陽の光を恐れて生きる山賊めっ。もし腕が自由になったらあなた達全員を捕まえてやるのに」
「口を慎め小娘っ。今お前は一指も動かせぬ身。俺が剣を抜き払えば、二人とも首と胴が泣き別れだぞ。引かれ者の小唄という奴だ。ははは」
リックは哄笑した後、後ろにいる剣士を見て、
「先生、あの小娘の口に刃でも突っ込んでおやりなさい」
「うむ。私も久しく剣を振るっていないからな」
と、前に出て来た剣士の顔を見て、ルークとナタリーは同時に、あっと驚いた。
「お前はハーラ・グーロじゃないかっ。どうして此処にいるんだ」
「む…お前はフロリアンの無様な死体に取り縋って泣いていた小僧っ。免官の恨み、此処で晴らすにうってつけ。それに、傍らにいるのはナタリーではないか。運命とは皮肉な物よの」
「くそっ。お前があの時、素直に負けを認めていれば」
と叫んだルークの面を、ハーラは足蹴に踏み潰して曰く、
「ははは。男のくせして婦女子のように、ただ泣き喚く、涙流しの弱虫小僧。人並みな広言片腹痛い。じたばたせずとも、このハーラ・グーロが小娘の後で、お前を主人の下へ送ってやろう。リック殿、小娘の縄を解いて下され」
ルーク達が訝しんでいると、ハーラは不敵な笑みを浮かべ、縄目の者を斬るのは刃の穢れ、とナタリーに尋常の打ち合いを挑んだ。
ルークは、それを聞くと慌てて、
「ナタリーには触らせないぞっ。僕が相手だっ」
「ほう、いずれにせよ二人とも真っ二つにしてやる。まずは小僧、お前を斬って、フロリアンへの恨みを少しでも雪いでくれるっ。小僧の縄を解けっ」
縄を解かれたルークは、覚悟の片膝で立ち上がり、くわっとハーラを睨み付けて、
「ガタガタ言ってるその口を斬り裂いてやるっ」
「ルーク…」
ナタリーは、彼の無謀を止めようとしていた。いや、平常の彼女であったら迷うこと無く止めていただろう。しかし、今夜の彼は見た事も無い鬼気迫る顔で、彼女の横で大声を放っている。
普段からルークを守っていると自負する彼女も、今宵ばかりは彼に守られているような気がした。それ故、口出しする事も出来ず、事の成り行きを見守っていた。
ルークの方は一心不乱だ。自分でも驚くほど恐れを感じない。いや、ナタリーを守るという感情が怖気を覆い隠していると言うのが正しいだろう。愛する者のため、勝算無くとも戦わねばならない、そんな男子の本懐が確かに今の彼にはあった。
手元に戻って来た佩剣の鞘を、カラリと抜き捨てて、
「勝負に言葉はいらないっ。いざっ」
「おう、小僧覚悟っ」
ルークの右手にある剣が流星の尾を引き、篝火を反射してきらりと一閃、敵の真眉間向かって斬りつけた。ハーラは長剣の抜く手も見せずに、発止と右脇へ受け払った。火華が散り、ナタリーは我を忘れて身をにじりだした。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
トレジャーキッズ
著:剣 恵真/絵・編集:猫宮 りぃ
ファンタジー
だらだらと自堕落な生活から抜け出すきっかけをどこかで望んでいた。
ただ、それだけだったのに……
自分の存在は何のため?
何のために生きているのか?
世界はどうしてこんなにも理不尽にあふれているのか?
苦悩する子どもと親の物語です。
非日常を体験した、命のやり取りをした、乗り越える困難の中で築かれてゆくのは友情と絆。
まだ見えない『何か』が大切なものだと気づけた。
※更新は週一・日曜日公開を目標
何かございましたら、Twitterにて問い合わせください。
【1】のみ自費出版販売をしております。
追加で修正しているため、全く同じではありません。
できるだけ剣恵真さんの原文と世界観を崩さないように直しておりますが、もう少しうまいやり方があるようでしたら教えていただけるとありがたいです。(担当:猫宮りぃ)

貧弱の英雄
カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
※修正要請のコメントは対処後に削除します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる