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第15章 ケーニヒの毛生え薬
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居候のエレンとリンが寝床にしている倉庫で、その夜エレンとフラッフィは作戦を練りました。リンはケチャップ銃撲滅運動にこのところ貢献できていないので、スパイとしてナツィオン・ケチャップ社の製造ラインでアルバイトをしているのです。いまのところ成果はまったくなく、たまにあるニュースと言えば、女の子に振られたことくらいなのですが。
「洗濯物は減ってきているけれど、これは洗いきれる量なの」
「このペースならギリギリね。でも例年、この時期になるとケチャップ銃は増産するんだよ。トマト祭にやってくる観光客たちが前哨戦でケチャップ銃をどんどん使うから」
ハンガーラックに並んだ一ヶ月以上引取のない服のウインドチャイムを、フラッフィはちゃらんと指でかき鳴らしました。
「増産! そうなったらもう家で落とせるケチャップになるか、ケチャップ落とし洗剤をみんなに配るしかないよ」
もちろん洗剤は門外不出で、フラッフィにもその日の分しか渡されないので、他人に配る洗剤などありません。
「ねぇその魔法の洗剤ってどうやって作っているのかな」
「さぁ。でもケーニヒが調合していることは確かだよ。薬屋さんや化粧品会社の人が卸に来ることはないからね」
フラッフィはそれきり黙ってしまいましたが、エレンはなんとかケチャップ落とし洗剤を増産できないかと考えあぐねました。と、そこへ煙草のにおいをプンプンさせたリンが飛び込んできました。
「煙草を吸ったの! 大人になるのがこわいとかいって、そういうところばかり大人ぶるんだ」
エレンに眉をひそめられ、出来上がった洗濯物ににおいが移ることを懸念するフラッフィにも疎まれて、リンは絶望的な声を出しました。
「ひどいよ、みんな。僕がそんなことすると思っているの。僕が受動喫煙も甘んじて、とっておきの情報を仕入れてきたっていうのに」
妖精のお酒は飲んでいたじゃないとエレンが指摘すると、リンはあからさまに嫌な顔をしました。そして妖精のお酒に入っているのはアルコールではなく、妖精の騎士であるリンを酔わせることはできるが、普通の人間が飲んだら香水としか思わないような代物だと捲し立てました。
「あぁもう。こんな話はどうでもいいんだ。それより僕がこんなに煙草くさくなったのはパブに行っていたせいだ」
「パブ?」
エレンとフラッフィは顔を見合わせました。
リンはその日、同僚の誘いでナツィオン・ケチャップ社所有の会員制パブに行くことになりました。会社所有だけあって、店内にいるのはほとんど工場で見たことのある面々です。しかしリンが入店してまもなく、明らかに社員でない人物がやってきました。それはなんとナツィオン・ケチャップの宿敵、ケーニヒでした。リンはちょっと気になっていた女の子もそっちのけで、ケーニヒの跡をつけました。
ケーニヒは店の一番奥の、他から隔絶されたVIP席に迷うことなくすすむと、羽振りのよさそうな男と親しげに挨拶を交わして、席につきました。
「その羽振りのいい男はさも面白そうに、こう言ったんだ。クリーニング屋のまじないで落ちなくしたケチャップを、その張本人の店で落としているなんて誰が思うだろう。まったくうまくやっているな、ケーニヒってね」
「なんだって!」
フラッフィは思わず身を乗り出しました。
「しかもその男は、何を隠そう、ナツィオン・ケチャップ社の社長だ。あいつら、表では宿敵ぶっているけれど、裏ではがっちり手を組んでいるのさ。さらに驚くことに、この計画には広告代理店やおもちゃ会社、それに町おこしを画策する町長までもが組しているんだ。ケチャップ銃が売れるほど儲かる連中さ」
「町の人たちを食い物にするなんて許せない!」
エレンがめずらしく机をばーんと叩いたので、リンは少し驚いたようでした。
「だからこの黒幕一味をぎゃふんと言わせる作戦を立てないといけない。しかしまずは相手のしっぽを掴まないと。つまりケチャップを落ちなくさせるケーニヒのまじないを突き止めないといけないんだ」
「でもどうやってまじないをかけるんだろう。さっきフラッフィとも話したんだけど、この店に出入るしている業者はいないから、特別な薬があるわけじゃないんだと思う」
「ということは手近にあるものでまじない薬を作っているか、そもそもまじない薬がないか、だ。ことばや念だけのまじないもあるからね。フラッフィ、何か心あたりはあるかい?」
リンが尋ねると、フラッフィはさっぱり、と首を横に振りました。
その日以来、エレンたちはケーニヒの部屋に忍び込んでは手がかりを探しました。しかしケーニヒの部屋には、鍵のかかった金庫も、どこかの鍵も、はたまた絶対にケーニヒが作っているはずのケチャップ落とし剤すらありません。あまりにもぼろが出ないので、一度などヒートアップしたエレンが逃げ遅れて、戻ってきたケーニヒとあやうく鉢合わせそうになり、フラッフィとクレーム客に扮したリンがケーニヒを引き止めることになりました。しかしそれほどじっくり探しているのに、証拠はいっこうに見つかりませんでした。
「これだけ探してないとなると、ケーニヒがいつも身につけているか、黒魔術でもやっているかのどちらかだね」
フラッフィがこう言うと、リンも頷きました。
「僕は過去にそういうことがあったもんで、クレーム客に扮してケーニヒを足止めしたとき、身につけているものがないかよーく観察したんだ。でも目に見えるものはなかったし、胸ぐらをつかんだけど、服の下に隠しているものもなかった。逆にケーニヒが唯一身につけているものといったら」
「あのほくろ毛! 一日に何十回も鏡を覗き込んで抜けてないか確認するの、知っている!?」
エレンとリンはその後しばらくケーニヒのほくろ毛を揶揄して楽しみました。他は全部抜けてしまったのに、唯一残ったから毛生え薬まで塗って大切にしているんだとか、いやいや潔くすべて抜いた方がかっこいいとか。しかしずっと沈黙を守っていたフラッフィが口を開いた瞬間、二人はことばを失いました。
「あれはわざわざああしているんだよ」
フラッフィの話はこうでした。去年のトマト祭が近づいていたある日。フラッフィは最近関係のよくないケーニヒと仲直りしようと、移動遊園地に誘いました。遊園地の中には、嘘だか本当だか、大魔法使いマーリンの弟子という男のやっている占い小屋があり、フラッフィは胡散臭いのでやめようと言いましたが、お店の経営に悩んでいたケーニヒはどうしても占ってもらうと言い張りました。
中に入ってすぐ、占い小屋の老人は当時まだふさふさだったケーニヒの髪と、まだひ弱でケーニヒに見つかっては抜かれていたほくろ毛を見て、なんともったいないと言いました。彼によると、そのほくろ毛は不思議な力を秘めていて、その毛を育てるためなら頭の毛を剃った方がいいくらいだというのです。ケーニヒは笑いましたが、老人はいたって真顔で、だまされたと思ってやってごらんなさい、そうすれば悩みは解決するからと、緑の小瓶を差し出しました。ケーニヒはその薬を買うお金がないと断りましたが、老人は一本目は無料だ、効果があったら二本目から買ってくれればいいと、その瓶を半ば強引にケーニヒに渡しました。
「それじゃ、あの毛生え薬は魔法の薬ってこと?」
リンは信じられないという風にぺろっと舌を出しました。
「それは分からないけど、少なくともあれは一本目ではないよ。あの瓶の大きさでは三ヶ月がいいところだからね」
「ということは、ケーニヒはお金を出して次の瓶を買ったんだ。一本目に効果があったから。でもどんな効果があったんだろう」
エレンがこう言うと、リンも推理を働かせます。
「ケーニヒにとっていいことだったんだろうね。だから継続しているんだろうし。ねえフラッフィ、その薬をつけるようになってからケーニヒにいいことってあった? 宝くじにあたったとか。女の子にモテモテとか」
「女の子にモテる? それは絶対にないけど、お店がぐんと忙しくなったのはたしかあのあとだ。テレビで紹介されたのをきっかけに、ケチャップピストルが爆発的にヒットして、洗い物の注文が殺到したというわけさ」
エレンの頭の中でルービックキューブの面が揃ったみたいに、すべてのピースがカチリと音を立ててあるべきところに収まりました。
「それだよ! ケーニヒが魔法の毛生え薬でほくろ毛に願かけをして、普通の洗剤では落ちないケチャップ銃を流行させたんだ。注文が増えれば、トマト祭までに洗濯物を洗いきることを条件に契約したフラッフィを手放さないで済むもの。これで決まりじゃないか!」
「仮にそうだとして、ケーニヒがそのことをわざわざナツィオン・ケチャップや町長にばらす必要があるかな。秘密を知る人は少ない方がいいんじゃない」
フラッフィがこう言うと、リンがそれに対する自分の解釈を話しました。
「たしかに秘密を知るものは少ないに越したことはない。でもブームというのは移り気なものさ。一時的に熱狂させても飽きられてしまったらそれで終わり。ケーニヒはこのムーブメントを一過性のものではなく、町の新しいカルチャーにしたかったんだ。だからこそ多少のリスクを犯しても、資本力のあるナツィオン・ケチャップにうまい儲け話があると引き入れたり、このところ盛り上がりに欠けるトマト祭の起爆剤としてケチャップ銃を地域のウリにしてはどうかと町長に持ちかけたりしたんだ。実際ケーニヒの読みは当たっていて、いまではこの町は年に一度しかないトマト祭よりケチャップ銃の町として知られている」
リンの話には小難しいことばがちりばめられていたので、フラッフィもエレンもすべてを理解することはできませんでしたが、フラッフィはとても興奮して、早くみんなに知らせたがりました。しかしリンがまだ時期ではない、ケチャップとほくろ毛の関係性が分からないままケーニヒが逮捕されたらケチャップが二度と落ちなくなる可能性もあるし、町長やナツィオン・ケチャップ社の社長がケーニヒ一人に罪を被せて素知らぬ振りをするだろうと言ったので、エレンとフラッフィのそれまでの勢いは、口を閉じなかった風船のようにブーブー音をさせながら萎んでいきました。
「とにかく秘密がほくろ毛であることが分かった以上、ケーニヒをよく見張ろう。僕たちはまだケチャップ落とし剤の製法を知らないからね。フラッフィ、そんなに落ち込まないで。すべてが明らかになれば店を辞めるのなんてすぐなんだから」
「でも僕は一日だって早くあのCMから解放されたいんだ」
CMで拡散している純白のイメージがいかに実際と違っているか、本当は真逆ですらあるとフラッフィは主張しました。たしかにあのCMのフラッフィはぶりっこで、優等生独特の嘘くさい感じすらあります。しかし真逆とまでは言い過ぎです。エレンがそう言うと、フラッフィは自身の夢について熱く語りました。
「僕はギャップのある存在になりたいんだ。こんな見た目なのに、クールでミステリアスなんだって思われたい。こういう見た目だと大抵可愛いけど頭はよくないと思われているからね」
そこでリンは、この世紀の詐欺事件を世に知らしめるときがきたら、イメージを百八十度変えるような演出をきっと施すから、とフラッフィに約束しました。
「洗濯物は減ってきているけれど、これは洗いきれる量なの」
「このペースならギリギリね。でも例年、この時期になるとケチャップ銃は増産するんだよ。トマト祭にやってくる観光客たちが前哨戦でケチャップ銃をどんどん使うから」
ハンガーラックに並んだ一ヶ月以上引取のない服のウインドチャイムを、フラッフィはちゃらんと指でかき鳴らしました。
「増産! そうなったらもう家で落とせるケチャップになるか、ケチャップ落とし洗剤をみんなに配るしかないよ」
もちろん洗剤は門外不出で、フラッフィにもその日の分しか渡されないので、他人に配る洗剤などありません。
「ねぇその魔法の洗剤ってどうやって作っているのかな」
「さぁ。でもケーニヒが調合していることは確かだよ。薬屋さんや化粧品会社の人が卸に来ることはないからね」
フラッフィはそれきり黙ってしまいましたが、エレンはなんとかケチャップ落とし洗剤を増産できないかと考えあぐねました。と、そこへ煙草のにおいをプンプンさせたリンが飛び込んできました。
「煙草を吸ったの! 大人になるのがこわいとかいって、そういうところばかり大人ぶるんだ」
エレンに眉をひそめられ、出来上がった洗濯物ににおいが移ることを懸念するフラッフィにも疎まれて、リンは絶望的な声を出しました。
「ひどいよ、みんな。僕がそんなことすると思っているの。僕が受動喫煙も甘んじて、とっておきの情報を仕入れてきたっていうのに」
妖精のお酒は飲んでいたじゃないとエレンが指摘すると、リンはあからさまに嫌な顔をしました。そして妖精のお酒に入っているのはアルコールではなく、妖精の騎士であるリンを酔わせることはできるが、普通の人間が飲んだら香水としか思わないような代物だと捲し立てました。
「あぁもう。こんな話はどうでもいいんだ。それより僕がこんなに煙草くさくなったのはパブに行っていたせいだ」
「パブ?」
エレンとフラッフィは顔を見合わせました。
リンはその日、同僚の誘いでナツィオン・ケチャップ社所有の会員制パブに行くことになりました。会社所有だけあって、店内にいるのはほとんど工場で見たことのある面々です。しかしリンが入店してまもなく、明らかに社員でない人物がやってきました。それはなんとナツィオン・ケチャップの宿敵、ケーニヒでした。リンはちょっと気になっていた女の子もそっちのけで、ケーニヒの跡をつけました。
ケーニヒは店の一番奥の、他から隔絶されたVIP席に迷うことなくすすむと、羽振りのよさそうな男と親しげに挨拶を交わして、席につきました。
「その羽振りのいい男はさも面白そうに、こう言ったんだ。クリーニング屋のまじないで落ちなくしたケチャップを、その張本人の店で落としているなんて誰が思うだろう。まったくうまくやっているな、ケーニヒってね」
「なんだって!」
フラッフィは思わず身を乗り出しました。
「しかもその男は、何を隠そう、ナツィオン・ケチャップ社の社長だ。あいつら、表では宿敵ぶっているけれど、裏ではがっちり手を組んでいるのさ。さらに驚くことに、この計画には広告代理店やおもちゃ会社、それに町おこしを画策する町長までもが組しているんだ。ケチャップ銃が売れるほど儲かる連中さ」
「町の人たちを食い物にするなんて許せない!」
エレンがめずらしく机をばーんと叩いたので、リンは少し驚いたようでした。
「だからこの黒幕一味をぎゃふんと言わせる作戦を立てないといけない。しかしまずは相手のしっぽを掴まないと。つまりケチャップを落ちなくさせるケーニヒのまじないを突き止めないといけないんだ」
「でもどうやってまじないをかけるんだろう。さっきフラッフィとも話したんだけど、この店に出入るしている業者はいないから、特別な薬があるわけじゃないんだと思う」
「ということは手近にあるものでまじない薬を作っているか、そもそもまじない薬がないか、だ。ことばや念だけのまじないもあるからね。フラッフィ、何か心あたりはあるかい?」
リンが尋ねると、フラッフィはさっぱり、と首を横に振りました。
その日以来、エレンたちはケーニヒの部屋に忍び込んでは手がかりを探しました。しかしケーニヒの部屋には、鍵のかかった金庫も、どこかの鍵も、はたまた絶対にケーニヒが作っているはずのケチャップ落とし剤すらありません。あまりにもぼろが出ないので、一度などヒートアップしたエレンが逃げ遅れて、戻ってきたケーニヒとあやうく鉢合わせそうになり、フラッフィとクレーム客に扮したリンがケーニヒを引き止めることになりました。しかしそれほどじっくり探しているのに、証拠はいっこうに見つかりませんでした。
「これだけ探してないとなると、ケーニヒがいつも身につけているか、黒魔術でもやっているかのどちらかだね」
フラッフィがこう言うと、リンも頷きました。
「僕は過去にそういうことがあったもんで、クレーム客に扮してケーニヒを足止めしたとき、身につけているものがないかよーく観察したんだ。でも目に見えるものはなかったし、胸ぐらをつかんだけど、服の下に隠しているものもなかった。逆にケーニヒが唯一身につけているものといったら」
「あのほくろ毛! 一日に何十回も鏡を覗き込んで抜けてないか確認するの、知っている!?」
エレンとリンはその後しばらくケーニヒのほくろ毛を揶揄して楽しみました。他は全部抜けてしまったのに、唯一残ったから毛生え薬まで塗って大切にしているんだとか、いやいや潔くすべて抜いた方がかっこいいとか。しかしずっと沈黙を守っていたフラッフィが口を開いた瞬間、二人はことばを失いました。
「あれはわざわざああしているんだよ」
フラッフィの話はこうでした。去年のトマト祭が近づいていたある日。フラッフィは最近関係のよくないケーニヒと仲直りしようと、移動遊園地に誘いました。遊園地の中には、嘘だか本当だか、大魔法使いマーリンの弟子という男のやっている占い小屋があり、フラッフィは胡散臭いのでやめようと言いましたが、お店の経営に悩んでいたケーニヒはどうしても占ってもらうと言い張りました。
中に入ってすぐ、占い小屋の老人は当時まだふさふさだったケーニヒの髪と、まだひ弱でケーニヒに見つかっては抜かれていたほくろ毛を見て、なんともったいないと言いました。彼によると、そのほくろ毛は不思議な力を秘めていて、その毛を育てるためなら頭の毛を剃った方がいいくらいだというのです。ケーニヒは笑いましたが、老人はいたって真顔で、だまされたと思ってやってごらんなさい、そうすれば悩みは解決するからと、緑の小瓶を差し出しました。ケーニヒはその薬を買うお金がないと断りましたが、老人は一本目は無料だ、効果があったら二本目から買ってくれればいいと、その瓶を半ば強引にケーニヒに渡しました。
「それじゃ、あの毛生え薬は魔法の薬ってこと?」
リンは信じられないという風にぺろっと舌を出しました。
「それは分からないけど、少なくともあれは一本目ではないよ。あの瓶の大きさでは三ヶ月がいいところだからね」
「ということは、ケーニヒはお金を出して次の瓶を買ったんだ。一本目に効果があったから。でもどんな効果があったんだろう」
エレンがこう言うと、リンも推理を働かせます。
「ケーニヒにとっていいことだったんだろうね。だから継続しているんだろうし。ねえフラッフィ、その薬をつけるようになってからケーニヒにいいことってあった? 宝くじにあたったとか。女の子にモテモテとか」
「女の子にモテる? それは絶対にないけど、お店がぐんと忙しくなったのはたしかあのあとだ。テレビで紹介されたのをきっかけに、ケチャップピストルが爆発的にヒットして、洗い物の注文が殺到したというわけさ」
エレンの頭の中でルービックキューブの面が揃ったみたいに、すべてのピースがカチリと音を立ててあるべきところに収まりました。
「それだよ! ケーニヒが魔法の毛生え薬でほくろ毛に願かけをして、普通の洗剤では落ちないケチャップ銃を流行させたんだ。注文が増えれば、トマト祭までに洗濯物を洗いきることを条件に契約したフラッフィを手放さないで済むもの。これで決まりじゃないか!」
「仮にそうだとして、ケーニヒがそのことをわざわざナツィオン・ケチャップや町長にばらす必要があるかな。秘密を知る人は少ない方がいいんじゃない」
フラッフィがこう言うと、リンがそれに対する自分の解釈を話しました。
「たしかに秘密を知るものは少ないに越したことはない。でもブームというのは移り気なものさ。一時的に熱狂させても飽きられてしまったらそれで終わり。ケーニヒはこのムーブメントを一過性のものではなく、町の新しいカルチャーにしたかったんだ。だからこそ多少のリスクを犯しても、資本力のあるナツィオン・ケチャップにうまい儲け話があると引き入れたり、このところ盛り上がりに欠けるトマト祭の起爆剤としてケチャップ銃を地域のウリにしてはどうかと町長に持ちかけたりしたんだ。実際ケーニヒの読みは当たっていて、いまではこの町は年に一度しかないトマト祭よりケチャップ銃の町として知られている」
リンの話には小難しいことばがちりばめられていたので、フラッフィもエレンもすべてを理解することはできませんでしたが、フラッフィはとても興奮して、早くみんなに知らせたがりました。しかしリンがまだ時期ではない、ケチャップとほくろ毛の関係性が分からないままケーニヒが逮捕されたらケチャップが二度と落ちなくなる可能性もあるし、町長やナツィオン・ケチャップ社の社長がケーニヒ一人に罪を被せて素知らぬ振りをするだろうと言ったので、エレンとフラッフィのそれまでの勢いは、口を閉じなかった風船のようにブーブー音をさせながら萎んでいきました。
「とにかく秘密がほくろ毛であることが分かった以上、ケーニヒをよく見張ろう。僕たちはまだケチャップ落とし剤の製法を知らないからね。フラッフィ、そんなに落ち込まないで。すべてが明らかになれば店を辞めるのなんてすぐなんだから」
「でも僕は一日だって早くあのCMから解放されたいんだ」
CMで拡散している純白のイメージがいかに実際と違っているか、本当は真逆ですらあるとフラッフィは主張しました。たしかにあのCMのフラッフィはぶりっこで、優等生独特の嘘くさい感じすらあります。しかし真逆とまでは言い過ぎです。エレンがそう言うと、フラッフィは自身の夢について熱く語りました。
「僕はギャップのある存在になりたいんだ。こんな見た目なのに、クールでミステリアスなんだって思われたい。こういう見た目だと大抵可愛いけど頭はよくないと思われているからね」
そこでリンは、この世紀の詐欺事件を世に知らしめるときがきたら、イメージを百八十度変えるような演出をきっと施すから、とフラッフィに約束しました。
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