スコウキャッタ・ターミナル

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第9章 薔薇の種を探せ

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 この場所についてまわる様々な噂を知ってしまう前であれば、片方の森というのはなんて気持ちのいい場所だったでしょう。自然豊かな森を散策しながら、図鑑でしか見たことのない動物たちをすぐ近くで見られたらいいのにとエレンは思いました。オレグとロロも考えることはさほど変わらないようで、奇抜なキノコやちょっとした動物の巣穴なんかを見つけては、そちらに気を取られています。他方、この件についての当人であるリン王子はといえば、あまり動き回らず、薔薇の種について何かヒントがあったのではないか、と自分の記憶を呼び覚ますことに集中していました。

「ねぇリンさん。何か思い出した?」
ロロを肩車するために屈んだオレグが言いました。弟に鳥の巣の中を見せようというのです。
「いや、何も。そもそも僕はあまり女王のことを知らないのかもしれない」
「女王はどんな人なの」
エレンがこう尋ねたとき、ドレスのびりっと裂ける音がしました。弟を肩車したオレグがふらついて、裾を茨に引っ掛かけたのです。
「さっきも話したように、美しいけど冷たい人さ。でもどこか惹かれるものがある」
「そういう人は大切なものをどこに隠すんだろう。宝石箱? 洞窟? それとも・・・」
エレンが隠し場所を挙げていたそのとき、小さな勇者は悲鳴を上げました。
 見れば、立派な大鷹がロロを嘴でつついたり、獰猛な爪で引っ掻いたりしています。ロロは必死に身を守っていますが、激しく抵抗すればするほど、彼を支えるオレグへの負担は増すばかり。もともと不安定だった肩車はまもなく派手に崩れることになりました。さいわい地面には柔らかい落ち葉が敷き詰められていましたが、上空の敵は一向に手を抜きません。無防備なヴァイキングの子たちはうずくまるのが精一杯でした。 

 ピリピリピリピリー! 
エレンは咄嗟にホームで拾った銀の笛を吹きました。すると大鷹はオレグたちから離れ、巣のある枝にひらりと停まりました。
「鷹さん、あなたの雛を襲うつもりはありません。どうぞ攻撃はしないでください」
エレンはなるべく丁寧に、敬意を込めて言いました。
「本当だよ! 可愛い雛をちょっと見たかっただけなんだ」
オレグもロロも必死に謝りました。すると鷹は目を白黒させてこう言いました。
「私はこの森で最もよく響く、力強い声をしている。だが、お前はそれよりいい声を持っている」
大鷹が鋭い目で銀の笛を見つめるので、リンは慌てて説明しました。
「これはこの子の声ではありません。この子は道具を使ってずるをしたんです。でもあなたが嫌ならば、これは捨てましょう。なんなら他の人が使わないようにあなたにお譲りします」

リンが目配せをしたので、エレンは急いで鷹の留まっている木の根元に笛を置きました。するとまもなく大鷹が滑空して、地面にぶつかる直前に一度だけ羽ばたきました。けれども次の瞬間には、大鷹はするどく曲がった爪に笛を引っ掛けて巣へ下り立つところでした。

 銀の笛が巣の中で転がると、コロンコロンと中の珠が鳴って、雛たちは一斉に巣の端まで散りました。しかし大鷹がしばらく笛をいじっていると、最初は遠巻きに見ていた雛たちは、新入りに興味が出てきたのか、よちよちと笛に近づいてきました。
「これはもう先ほどの声を出さないのか」
大鷹がこう聞いてきたので、その笛はもう二度とあの声は出さないとエレンは伝えました。実際は笛の音が出なくなったわけではもちろんありません。しかし大鷹が嘴にくわえたところで、唇がないので、空気が漏れてあの澄んだ音は出ません。擦れた震え声くらいなら出るかもしれませんが。
 
大鷹は満足そうに、冬の朝風みたいによく通る長い一声を発して、翼をばさばささせました。
「これはもういい声は出ないが、よく見れば綺麗だし、子どもたちのきょうだいにしてもいい。こんないいものをくれたお礼になにかしたいが、望みはあるか」
そこでエレンたちは、妖精の女王が宝物を隠す場所を知らないか尋ねました。しかし残念ながら大鷹は知りませんでした。
「この森の空のことならなんでも知っている私が知らないのだから、私の目の行き届かない地面の下に違いない。モグラさんに聞いてごらんなさい」


 そこでエレンたちは大鷹に別れを告げて、モグラに会いに行きました。モグラが一番よく使うモグラ穴の場所をリンが知っていたのです。なぜって、妖精の女王は醜いモグラが嫌いでそちらの方へ行かないよう、リンに忠告していたのです。モグラの方も女王に嫌われていることを知っていたので、やたらめったら新しいトンネルの出口を作ることはなかったので、お互いが鉢合せるということはありませんでしたが。

 さてそのモグラ穴は森の奥の沼地にありました。太陽の光を苦手とするモグラらしく、あたりはひんやりとして、昼間だというのに日もあまり差し込みません。しかしエレンの予想通りだった沼地の環境とは対照的に、モグラ穴というのは想像をはるかに上回る大きさでした。リンは無理でも、エレンやオレグなら軽々通れそうなモグラ穴は、樹齢何百年という大木のうねった根の下に入り口があって、そこから地下に向かって伸びるスロープの先は何も見えないくらい真っ暗です。
「こんにちはー!」
トンネルに向かってエレンが呼びかけると、その声は複雑に反響して気味の悪い動物のうなり声のように響きました。しかしそれ以外は何も反応がありません。モグラはこの穴から遠く離れた地下にいるのでしょうか。だとしたらモグラを探しに、この漆黒の迷路に入らなければいけません。

 エレンが次の策をみんなと相談しなければいけないかしらと思っていると、モグラ穴を覗き込んでいたやんちゃ坊主のロロがバランスを崩して、すってんころりんと転がりはじめました。リンは咄嗟に手を伸ばしましたが、一歩遅く、ロロは暗い地下道へ飲み込まれてしまいました。
「あのばか! どうしていつも問題を起こすんだ!」
お目付役のオレグは苦々しく、しかし心配そうに言いました。他方ロロをとめようとしたリンは、トンネルを覆っている大木の根を掴んでいましたが、坂の勾配は予想以上で、踏ん張るリンの足下を土がぽろぽろ落ちていきます。
「このままだと僕も落ちてしまう。どちらかロープは持ってないのか」
リンの要求はもっともでしたが、二人はロープを持っていませんでした。エレンは馬を沼地の手前に置いてきたことを後悔しました。馬には手綱がついていたのです。しかしエレンがないもののことを悔やんでいる間に、オレグはドレスのリボンをほどきはじめました。
「お前もリボンをとるんだ。何本か結べば結構な長さになる」
オレグはなんて機転を利くんでしょう! さすが海の冒険をくぐり抜けているだけあります。エレンは急いで自分のドレスのリボンをほどきにかかりました。

 軽やかで綺麗な色の有り合わせロープを使って、リンを救出したのはそれからまもなくのことでした。しかしリンの顔にはめずらしく疲労の色が浮かんでいます。
「このトンネルは本当にやっかいだぞ。入るのは簡単でも出るのはほとんど不可能だ。二人とも僕がどれだけ大変だったか見ただろう」
「でもロロを放ってはおけないよ。あいつ、暗いところが苦手なんだ。早く長くて丈夫なロープを用意しないと」
「明かりも必要だ。道はきっといくつにも枝分かれしているはずだもの」

エレンたちがロロ救出作戦を考えていると、急にオレグの足元の土が盛り上がって、灰色のモグラがひょっこり顔を出しました。
「こいつをあっしのトンネルに落っことしたのは誰だい」
モグラはそう言って、土の中からなにやら大きな物体を引っ張り出しました。それは泥こそついていましたが、真っ赤な髪のロロでした。
「ロロ!」
オレグは弟を固く抱きしめました。しかししばらく息を止めていたロロの方は、息をするのに夢中で、オレグがどれだけ心配していたかなど、気にも留めていません。
「ちょっと待って。とにかく土を払わせてよ。あ、土を食べちゃった」
ロロが本当に嫌な顔をしたので一同は笑いました。しかしその楽しい雰囲気はモグラの一言で一気に壊されました。

「それで。この事故の弁償は誰がしてくれるんだね。お前さんかい」
「事故だって?」
オレグがびっくりして聞くと、モグラは憤慨しました。
「とぼけるんじゃないよ。お前さんがこの悪ガキを落っことしたせいで、あっしの商売道具はめちゃめちゃだ!」
モグラは右手を突き出しました。たしかに、人差し指と中指と薬指の爪が途中でボキンと折れています。聞けば、大きな岩の前でどう掘り進めるか採寸しているところに、ロロが背後から激突してきて、モグラ自慢の爪が折れてしまったのでした。
「これじゃ左ばかり掘れてしまってみんなの笑い者さ。今だって本当はあのモグラ穴に出るつもりだったのに、こうして三メートルはずれている」
モグラがほとんど盲いた目から涙を流したので、オレグとロロはしゅんとなってしまいました。
「モグラさん、本当に申し訳ないことをしました。でもそんなに悲しまないで。まだ希望はあります」
エレンがこう言うと、モグラは後ろ足で小さな土の噴火を起こしました。
「希望があるだって? この爪は何年もかけて、やっと長さも切れ味もここまでになったんだ。元通りになるにはずっと待たなきゃならん」
「でも折れてしまった爪は持っているんでしょう」
「捨てるわけないだろう。ずっとあっしの右手として働いてくれたんだ」
そう言ってモグラは折れた三本の爪を見せてくれました。分厚くてちょっとカーブのついた、よく掘れそうな鋭い爪です。

 エレンはモグラの右手と折れた爪の切り口をしばらく見比べていましたが、やがて一言よしと言うと、ポケットから瞬間接着剤を取り出しました。
「なんだい、それ」
モグラもリンも、オレグもロロも不思議そうにチューブを見つめています。エレンは見てのお楽しみとだけ言うと、モグラの手の土を丁寧に落として、切り口に接着剤を塗りはじめました。

 三本目の爪の接着具合を確認すると、エレンはモグラに土を掘ってみるよう伝えました。もちろんモグラはまったく信じられないと言った様子でしたし、オレグはまさかと言いました。けれでもエレンが大丈夫だと言い続けるので、ついにモグラは右手をグーパーしてイメージトレーニングをすると、そっと土に爪を立てました。するとどうでしょう。左手と変わらぬ量の土が搔き出されて、あっという間に空気を含んだ土の山ができあがったではありませんか。モグラは嬉しさのあまり、そのまま地中に潜り込むと、ものすごいスピードでトンネルを掘りまくりました。そして新しく作ったモグラ穴から顔を出しては、すごいや、とか、見たかい、とか言うのでした。

 納得するまで掘りまくったモグラは、エレンたちのところに戻ってくると、興奮気味にこう言いました。
「いままでずっと一緒だったから分からなかったが、爪が満足にあるというのは本当に素晴らしい。こんな大切なことに気づかせてくれたお礼に何かしたいが、望みはあるかい」
そこでエレンたちは、妖精の女王が大事なものをしまっている場所を知らないか尋ねました。しかし残念ながらモグラは知りませんでした。
「この土地の地下のことならなんでも知っているあっしが知らないのだから、私の目の行き届かない地上に違いない。働き者の蜜蜂たちに聞いてごらんなさい」


 そこでエレンたちはモグラに別れを告げて、蜜蜂たちに会いに行きました。蜜蜂たちは燦々と日の注ぐ花畑にほど近い、楠の巨木に居を構えていました。その楠には蜜蜂の巣が鈴なりになっていて、半月型に垂れ下がった巣のある枝々は小さな羽が生えたよう。その羽がいつか、どっしりした根っこごと楠を飛ばしてしまうのではないかとエレンには思われました。

 これまで最年少のロロがひどい目にあってきたので、今度はこの中で一番年上のリンが見回りの働き蜂に挨拶することにしました。それは首の周りに豪勢なファーをつけた、感じのいい雌の蜜蜂でした。
「お手間をとらせてかたじけない。大変不躾なお願いですが、女王陛下にお会いしたく参りました。あなた方の麗しき陛下はいらっしゃいますか」
リンがつつがなく口上を述べたので、エレンは関心しました。さすがに王子様といった感じです。しかしリンがこんなに丁寧にお願いをしたのに、働き蜂は掌を返しました。
「厚かましい人間め。よくもそのような口が利けたものだ。そんなことが二度と言えぬようにしてくれる!」
働き蜂が毒針を向けて突進してきたので、リンは寸でのところでかわすと抗議しました。
「どうしてこんなことをするのです。僕たちは陛下にお目通りしたいだけです。他意はありません」
しかし働き蜂はますます語気を強めて言いました。
「お目通りしたいだと! 自分たちが幽閉しておいてよくそんなことが言えるな、妖精の女王の犬め」
「女王蜂を幽閉? なんのことを言っているんですか」
「白々しい! 森の騎士め、どうせお前も若さほしさに王乳を食べているのであろう。おかげでこちらは新しい女王も擁立できず、コロニーの崩壊もそう遠くないというのに! こうなれば一族もろとも滅びようとも、女王様の恨みを晴らすまで!」
働き蜂が、敵が来たぞと叫びながら巣の方に飛んでいったので、一同は慌てて退散しました。


 蜜蜂の巣から十分離れたところまで逃げてくると、一同は一斉にくずおれました。
「一体、何がどう・・・なってるんだよ!」
肩で大きく息をしていたオレグは、珠のような汗を額から流しています。
「言っとくけど、僕のせいじゃない」
いつもはさらさらなリンの髪の毛も汗でぐっしょりです。髪を撫で付けるようにかきあげると、リンは溜息をつきました。
「でもこれで分かったぞ。僕たちが次に探すのは蜜蜂の女王だ。そして女王蜂が見つかれば僕の薔薇の種は取り返したも同然だ」
「ちょ、ちょっと待って。どうしていきなりそうなるの」
エレンはリンの言っていることがまったく理解できませんでしたが、それはオレグもロロも同じでした。
「いいかい。働き蜂は妖精の女王が女王蜂を幽閉していると言った。そうだね」
リンはひとりひとりの目を見て、きちんと伝わっているか確認しながら話を進めました。
「ということは、妖精の女王は女王蜂を虜にしていると都合がいいということだ」
「おいしいオウニュウが食べられるから?」
ロロは頭をフル回転させて発言しました。
「いい線、いっている。でもそれだけじゃない。女王蜂を捕らえている間、蜜蜂たちは今日みたいに攻撃的になるだろう。それが妖精の女王の真の狙いさ」
「攻撃的だとどうしていいの。襲われるのは嫌なもんさ」
オレグはさきほどの襲撃を思い出して身震いしました。
「だけど大事なものを隠すなら、守りは堅い方がいい」
「つまり薔薇の種は蜜蜂の巣にあるんだね?」
エレンはこれまで理解できなかった個々の要素が一つにつながったので、思わず手を叩きました。

「女王蜂はなにかあって、妖精の女王につかまってしまった。そして妖精の女王は、女王蜂を人質に、僕の薔薇の種を守らせている。おまけに王乳まで搾取してね。蜜蜂たちが怒るのも無理はないよ。王乳は女王蜂を育てるための食べ物で、現女王が失われたら、生まれて三日以内の幼虫にこれを与えて新しい女王に育てるしきたりだ。女王は巣のすべての蜂の母になるために、特別に栄養をとらなければならないから。しかしその王乳まで奪われちゃ、資格のある娘を女王蜂に仕立てることもできない。蜜蜂たちにとっては死活問題だ」
リンの推理を聞いて、ロロは改めて問いました。
「蜜蜂たちのためにも女王蜂を探したいけど、一体どこを探せばいいの」
「いままでは誰に会えばいいかヒントがあったけど、妖精の女王がお望みのものはありますか、なんて言うわけないものね」

誰もが思っていたことをエレンが口にしてしまうと、その場は一気に空気が重くなり、リンが神経質そうに額を人差し指でなぞっているだけになりました。だからオレグが急に大きな声を出したとき、一同は何事かと思いました。
「あれを見てよ! リスだ!」
オレグが指差した方を見ると、たしかにリスが木の実を拾って頬袋につめているところでした。
「あぁ、本当だね」
この森に入ったばかりの頃なら、エレンも間違いなく興奮したに違いありません。しかし問題が山積しているいま、リスを見たくらいで気分を晴らすことはできません。
「みんな、ちゃんと見てよ。リスは何をしている?」
ロロは仕方なくお兄さんに付き合って、どんぐりの早食いと答えました。するとオレグはふうっと大きな溜息をつきました。
「こんなに早く食べたら、いくら大食いのリスでも窒息しちゃうだろ。でもリスはへっちゃらだ。これはな、ほっぺたに袋があって、そこに詰めているからなんだ。鞄に入れたお弁当みたいに、安全な巣穴に帰ったら取り出してゆっくり食べるんだぜ」
「へぇ。それは知らなかったなぁ」
リンは地面に腹這いになると、興味深そうにリスを見つめました。
「本当だ。実をどんどん入れていく! まったくうまくできているなぁ」
「ねえ、これを見て分からない?」
「リスが意外にがめついってことは分かったよ。まぁ大切な物を肌身離さず持ち歩くのはしっかりしているともいえるけど」
エレンがこう言うと、リンははっとして立ち上がりました。
「肌身離さず、持ち歩く・・・! あぁ僕はなんて愚かだったんだ! オレグの言う通り、妖精の女王にはいつも身につけている琥珀の指輪がある。そしてそれには何かが入っていた」
「それが女王蜂なの?」
ロロが質問すると、リンはたぶんねと頷きました。
「今夜は忙しくなるから覚悟してくれ」
「リンさんに付き合うと、命がいくつあっても足りないよ」
オレグは鼻に皺を寄せて、鳥肌のたった腕をさすりました。 
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