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時空を超えて

パラレルワールド

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「ジャン,目がハートになってるよ」

 アトラスに目が釘付けになっているジャンに耳打ちする。その横でミュウが興味深そうにその目を見ている。
 アトラスは世界を侵略しようとしている黒幕である可能性がかなり高い。恋にうつつを抜かしている場合ではないのだけど・・・・・・。それにしても,この温和で上品な雰囲気からそんな野望を感じることは到底できない。油断ならない相手だ。

「アトラス様だと!? 本物か!? あのアトラス教団のトップの・・・・・・。でも,女だぞ?」

 目を丸くして茫然としているバオウの方にアトラスは微笑みかける。

「確かに,私は女性です。ですが,女性であることとその組織のトップであることが結びつかないというのはずいぶんおかしな話であるように思います。それとも,男性には絶対的な地位が確立されていて女性はそれに付き従うものだという固定観念がおありですか? もしそうであるならば,能力のある女性のことを少しでも認めて頂ければ嬉しく存じます。・・・・・・いえ,ずいぶんと高飛車な物言いをしてしまったように思いますが,私は決して自分の能力を過大評価しているわけではありませんが,自分がしてきたことと今の立場に誇りを持っております。世の女性たちにも日が当たると良いのですが,なかなか時間がかかりそうですね」

 何も言い返せないでいるバオウの横に,ジャンが歩み出た。

「いいえ,アトラス様。この世において最も偉大なるものは,女性です。女性は世界を作り,地球を回す。いわば創造神。しかしそれは遺伝子的な問題だけではありません。女性がいるから男子諸君は頑張れる。女性は素晴らしい。その中でも頂点に君臨するアトラス様は神の中の神。いわゆるゴッドオブゴッドなのであります。生まれて来てくれてありがとう」

 一息にそう言い切ると,ひざまずいた。「おかしな人ね,でもありがとう」とアトラスはジャンに微笑みかける。確かに美しい。でも,その表情の裏に野望が秘められていると思うとゾッとする。
 相対する男はというと完全に有頂天だ。ジャン,完全に頭が言っちゃってるよ。ふと周りの様子を伺うと,バオウも侮蔑の入り交じった眼でジャンを見ている。
 アトラスの使者を見ると,身に覚えのある顔があった。まずい,身体に力が入り身構えた。相手はこちらに気付いていない。いや,気付いてないふりだろうか? いずれにせよ殺らないと。先手必勝だ。無駄な力を抜いて,一気に目的に向かって駆け出す。そして,その男に向かって剣を繰り出した。しかし,その剣はあっけなく防がれた。


「急に何だって言うのよ? 野蛮ねえ。食べちゃいたいくらい♡」

 赤髪の男は唇を舐めながら剣越しにこちらをみて笑みを浮かべている。

「チチカカ。なぜここにいる・・・・・・!」

 チチカカはこちらの剣を薙ぎ払って,そのまま自分の刀を鞘にしまった。そしてアトラスに語りかけた。

「うーん,記憶にないんだけど,どいつのことを言っちゃってんのかしら? この坊や」
「この世界のチチカカよ。あれはダメだったわね。やられちゃった。治療しようと思ったけど,手遅れだった。この程度の敵にやられるぐらいなら使い物にもならないでしょうし。手を尽くすこともしなかったわ」
「あらあら・・・・・・。もしかして,この子どもにやられたっていうの?」
「手を焼いていたのはあの銀髪の男性よ。ジャンと言ったかしら・・・・・・。彼にとどめを刺されたわ」
「あら~。いい男じゃない。それならこの世界のチチカカも本望だったんじゃない? まさかこのひ弱な子どもにやられたんじゃあねえ。あの色男もやり手のようだけど,やられるほどだったの?」
「別世界から来たあなたの足元には及ばないでしょうね」

 何を言っているんだ。頭が混乱してついていけない。バオウもイライラしているようだ。

「訳の分かんねえこと言ってねえで,何の用だか早く言え。わざわざ組織のトップが何事か言いに来たんだから要件があるんだろうがよ」

 せわしない人ね,と冷笑を浮かべてアトラスは頬に手を当てている。なんだ,この感じ。これまでとは全く雰囲気が違う。悪意に満ちたオーラが体中からあふれ出ている。やっぱり,黒なのか。

「わざわざ私たちがここへ来たのはね・・・・・・」
「なあ,そのペンダント・・・・・・。なぜそれを?」

 アトラスの会話を遮ったのは,正気を取り戻したジャンだった。その顔はひどく困惑している。

「それは・・・・・・時の欠片だろ? なぜそれを・・・・・・。まあいい。それをこっちによこせ」

 目が血走ったジャンに向けて、アトラスはペンダントを外してジャンに見せるようにして突き出した。

「そう,時の欠片よ。この世界には複数の時間軸が存在する。例えば,今あなたたちが殺したヒューゴが死んだこの世界。ヒューゴが殺されずに生きている世界。それらをパラレルワールドと呼びましょう。このペンダントは,そのパラレルワールドを行き来することが出来るものよ」

 何も分からない自分とバオウに言い聞かせるようにして語った。パラレルワールド? 本当にそんなものが存在するのか? もしそんなものが存在して,それを自由に行き来できる人がいるのなら・・・・・・,何ができるのだろう。

 ジャンとバオウは青ざめてアトラスを見ている。アトラスは続けた。

「やっぱり,あなたも訳アリってことね。名前は知っているわ。あなた,死神のジャンね」

 ジャンは一瞬うつむいて何も答えなかった。しかし,ふっと息を吐いて,再び顔を上げた。

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