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魔が差した

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「ねえ,せっかくだから楽しんじゃおうよ」


 ピンチ,という言葉以外は何も浮かばない,と言いたいところではあるが,不埒なおれはすぐにチャンスという言葉も同時に思い浮かべた。
 おれは目の前の光景に対して,どのような反応を見せるべきか究極の判断を迫られている。

 仰向けで倒れているおれのへそのあたりに,馬乗り状態でさえかさんがまたがっている。少しこすれるような感触が,おれを熱くする。まさか,気を利かせたつもりがこんな一触即発の事態を招くなんて思ってもいなかったのだ。おれは悪くない。そう自分に言い聞かせた。


 ことの発端は,花音が大浴場に向かった直後のことにある。
 風呂を先に上がるのはおれだろう。ご飯時に一緒にお酒を飲めるように,フロントでお酒を頼んで持ってきてもらっていたら,すぐに飲めるという明暗を思い浮かべたおれは,すぐに受話器をとってフロントにつないだ。
 電話を取ったのは,さえかさんだった。「お酒を持ってきてほしい」というリクエストに感じよく答えると,間もなくお盆に冷酒とおちょこを乗せたさえかさんがやってきた。
 事態が激しく好転,いや,急転したのはここからだ。
 お礼を言ってお盆を受け取ろうとすると,さえかさんは室内を見回して花音の居場所を尋ねた。どこにもいないことを伝えると,さえかさんは急に目をおっとりとさせて,その場にかがみこんで足を崩した。


「じゃあ,今は二人きりなんですね」
「そうだけど,どうしたの?」
「どうしたのって・・・・・・あゆむさん,意地悪ですね」


 上目遣いでさえかさんはおれを見る。こんなにはだけていただろうか,浴衣からは柔らかそうな胸がはだけてちらりと除き,ほとんど見えないその形が,逆にエロさを感じさせる。


「花音さん,サウナを楽しみにしていたなら,長そうですね」
「そうだね,一時間は帰ってこないと思うけど」
「じゃあ,お酌させてもらってもよろしいですか?」
「え,あ,その,先に飲んでいると気分を悪くするかもしれないから」
「新しいのをまた持ってきます」


 そう言うと,日本酒の栓を開けておちょこに注いだ。背筋を伸ばして正座をするその佇まいに,上品さと大人の色気を感じる。

 注ぎ終わったお酒をおれの目の前に置き,どうぞと促された。
 「ありがとう」と言っておちょこに手を伸ばす。せっかくだからと一口飲もうと思ったが,楽しそうに微笑むさえかさんと,せっかくだから一杯だけ飲みたいという魔が差した。 

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