インペリウム~転職の裏側~

Mishima

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転職エージェントの裏側4

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 金城の気持ちを知ってか知らず、石原は続けた。

「私が知る限りですが、法人として求職者の方からお金を頂いて転職支援をされている会社は片手もないと思います。あったとしてもそこで教えてもらえる情報の多くは“内定獲得ノウハウ”のようなものかと思います。」

「内定獲得ノウハウ、ですか?」

「そうですね。それが良いか悪いかは価値観がそれぞれあると思いますが、私は内定を取ることがゴールではないと考えています。その後、どれだけ人生が満たされていくか、がゴールと私は考えています。」

「確かにそうですね。」

「このゴール設定を間違えてしまうと、そこに至るまでの手段も大きく間違えてしまいます。」

「なるほど。」

「例えば内定獲得をゴールとする場合、内定さえもらえればOKなので、その会社に受かるために本当の自分を曲げてでも、もしくは本当の自分の気持ちに蓋をしてでも、応募書類上と、面接のわずかな時間だけ、嘘の自分を演じれば良い訳です。
一方で入社後の人生を豊かにするというゴールの場合、本当の自分を曲げてまで、自分の価値観に合わない会社には逆に受からないようにする戦略が大切になる、というように正反対のアプローチをとることになります。」

 金城は話に聞き入っていた。その様子を見ながら石原は続けた。

「人生をどう満たしていくか、というゴール設定で対応してくれるのは、キャリアコンサルタントと呼ばれる国家資格をお持ちの方が個人事業的に対応されているケースもあります。私も関西圏だけですがキャリアコンサルタントと呼ばれる方と多くお会いしますが、まだまだ一般認知度が低い国家資格ですし、何より資格はあくまで資格なので、個々の技術の差もあれば、目指している方向性、価値観もそれぞれ違うので、一概に自分にとって良い出会いなるかはわからないのが実情です。」

金城はキャリアコンサルタントという国家資格があることも初めて知った。

「それでもよろしければキャリアコンサルタントの方を何名かはご紹介して相性のご確認をして頂けますがいかがですか?」

そう石原に勧められたが、金城は興味を持てなかった。

「石原さんにこれからもお世話になっても良いですか?!」

大きな瞳で石原を見つめた。石原は微笑みながら、

「ありがとうございます。もちろんです。私と“桜井”でよければぜひこれからも宜しくお願い致します。」

「ただ、、、
それって石原さんたちにとってメリットはないですよね?私、お金をお支払いした方が良ければ払います!!」

「ありがとうございます。実はうちでは実験的に求職者の方々に費用負担をして頂く仕組みも導入しているんですが、金城様は大丈夫です。というか法律上、求人サイトからご応募頂いた方からはお受け取りできないんです。」

そういうと優しい笑みで石原は金城に語り掛けた。

「それにお金を頂かなくてもうちは大丈夫なんです。」

「でもそれじゃ、ただただ相談に乗ってもらうだけでおわるかもしれないですし、会社を維持するための売上がたたないじゃないですか、、、」

金城は率直に心配になったことを口走ってしまったが、かなり失礼だったかもとすぐに反省した。

「ご配慮ありがとうございます。実はこれでもうちは問題なく売上も立てさせて頂いているんです。立ち上げ当初はおっしゃる通りただただご相談に乗ることが多くて厳しかったんですが、今はおかげ様でお知り合いをご紹介頂くことが増えまして、、、」

そう言うと石原は誤解を与えないように付け加えた。

「こうお話すると金城様にもお知り合いをご紹介頂かなければならない、と誤解を招くかもしれませんが全くそんなこともないです。ただ実態としてご紹介頂くことが多いので、一般的な転職エージェントが莫大なコストをかけている求職者の皆様との出会いにほとんどコストをかけなくてよいのです。」

「そんなに他の会社はコストをかけてるんですか?」

「ええ、金城様とお会いするきっかけになったような求人サイト、業界では人材データベースと呼んでいますが、だいたい複数のデータベースを利用するのが通例です。その月々の利用コストの数十万円と合わせて、成果報酬も数十万円単位でデータベース会社にお支払いしているケースが一般的かと思います。うちの場合はありがたいことに1社のデータベースだけの利用で、しかも月々のコストは0円で運営できています。」

「それって、、、
一人ひとりとしっかり向き合って、その結果として紹介で人が集まって、しっかり売上もたつ、ってことですよね。」

石原は金城の理解力の高さに驚きながら答えた。

「ええ、ありがたいことに。」

「どうして他の会社はそういう仕組みにしないんですか?」

「そうですね、、、
正直に言うとうちのような求職者の方のご紹介で成り立つ仕組みは個人の力量に大きく依存するので、担い手となれる人財の採用、育成が難しく、大きな組織は作りづらいです。住宅営業の方々でもご紹介だけで食べていける方って全体の中でも一部の方ですよね?」

「確かに。ごく一部です。」

「そんなスペシャルな人材に依存して経営することは一般的な経営論ではあまり推奨されないんです。それよりも誰でもできる仕組みに落とし込んで、素早く設けて、素早く会社を大きくしていくことが評価される傾向にあります。」

「石原さんは会社を大きくしたいとは思わないんですか?」

「そうですね、大きくしたり、利益を最大化したりすることは大切とは思いつつ、それよりも大切なものがあると感じています。」

「、、、例えば?」

「“人”としての心です。倫理観とも言えますかね。端的に言うと人を不幸にしてまでお金儲けをしたくないだけです。」

「よくわかります。」

金城も住宅営業をしながら耐えがたいことがある。それはお客様第一ではなく、自社の利益を優先して動く人たちの存在だった。お客様の見積もり金額を始めから高めに設定しておいて、さもたくさん値引きをしたと思わせる手法や、月末になると契約を迫り、期末になると工期を無理やり短縮するような連中だ。自分はそんなことはしないと誓っているが、一定数の人間がそうした手法を取る現場を目の当たりにしてきていた。

「だから私は会社を大きくする、という目標は持たず、目の前の方々の役に立つことの結果として、一人でも多くの方のお役に立って、その結果として会社が大きくなっているなら有難いこと、と考えています。」

そういう石原が金城にはとてもまぶしく見えた。
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