迷宮詩編 ~斯くもおぞましき迷宮の底で。たった一人の姉を救うために救助隊に入隊した少年が、全てを取り戻すまでの物語~

ひのえ之灯

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鉄針の道標

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「訓練内容を説明するぞ! 耳をかっぽじってよく聞いとけ!」

 ディアンの怒声に、受験者八名は直立不動で地面に並べられた装具に視線を向けていた。

 装具は細長い筒が三脚によって支えられ、楔で地面に固定できるようになっている。開いた口の直径は指二本ほどと狭い。濃い茶色に塗装されたそれはぱっと見では用途がわからず、猟兵たちも興味深そうに見つめていた。

 だが、装具士の両親を持つウィルは違う。幼い頃に見たことがあったし、一度だけ使ったことすらあった。なかなかに面白いものを救助隊は使っている。感心すると同時に、確かにこの装具であれば救助に有用だろうと納得した。

「まず、救助隊の仕組みからだ。救助隊は分業制でな、四つの職がある。最前線に飛び込んで救助をする救助士、救助士を補助して周囲の安全を確保する補助士、医療全般を任された医術士、部隊から離れて迷宮の変化を調査する探索士、この四つだ」

 猟兵にはあまりなじみがない分業制だが、救助隊ではこれが普通とのことだった。

 全てが自己責任の猟兵は誰かに任せるということを嫌う。例え猟兵団を組んでいて仕事を任せるにしても、任せた者がどこで死ぬかわからない。その時に自分はできません、では詰む可能性がある。だから、すべての技術を一定以上熟練しておくことが求められるのだ。

 だが、救助隊では完全なる分業制を敷いている。
 ただでさえ危険な迷宮の中で、命を助けるために命を賭けているのだ。求められる技術の熟練度は猟兵の比ではなく、そのために特定の分野に特化することで技術の習得効率を上げているのだ。

 中層で一人で活動できる者を育てるよりも、五人で下層で活動できる者を育てるほうが効率が良い、という設計理念である。

 ディアンは全員が理解を示したところで、地面の装具を指し示した。

「で、お前らは俺と同じ救助士になるために試験を受けているんだが、これが救助士専用の装具の一つというわけだ。設置型汎用射出器……長ぇから射出器でいいな。とりあえず、実演するから口開けて耳閉じとけ」

 射出器と呼ばれる道具を手に取ると、ディアンは素早く三脚を広げ、付属の金槌で地面に楔を打って固定した。

「発射準備、良し!」

 そして側面の装具機構に晶石をはめて射出器を起動し、取っ手をくるくると回して照準を調整する。広場には天井と壁があり、半外半中という構造だ。天井と壁にはどちらも岩で覆われていて、的となる赤い枠が幾つも描かれている。

「照準、良し。最終確認、周囲の安全、良し!」

 ディアンは的の一つに照準を合わせると、周囲を見回した。それから太ももの収納具から腕ほども長さのある黒い鉄針を取り出し、射出器の開口部に滑り込ませる。無理やり押し込むわけでもなく、ただ穴の中に滑り落ちるように優しく手を放すだけだ。

「発射、発射、発射っ!」

 絶叫しながらその場に開口部から顔を背け、両耳を覆う。
次の瞬間、幾つかの事柄が同時と思えるほどの時間間隔で続けざまに発生した。

 まず、滑り落ちた鉄針が射出器の筒底に接触した、かつんという音が鳴る。次に、強烈な炸裂音。

 この時点で耳の塞ぎ方が甘かった猟兵の数名が顔をしかめてふらついていたが、自業自得である。ちなみにアリシアは、事前に強烈な音がすることを知っていたウィルが推したことで、顔を真っ赤にする勢いで耳を閉じている。

 ちょっとやりすぎなくらいだが、まあ防護できるならそれはそれで構わない。見た目は少々あれだが。

 次に起こったのは、開口部から鉄針が飛び出し、その際に開口部に設置された金具を引っ掛けた。金具は地面に纏められたロープと繋がっており、鉄針とともに勢いよく引き上げられていく。

 最後に、驚くほど静かに鉄針は岩の中に埋まり、動きを止めた。あとはたわむロープをディアンが掴み、ぴんと張って地面に埋め込まれた楔に固定すれば完了だ。

「……と、いう流れだ。あとはロープを登攀して崖を登るなり、振り子の要領で対岸に渡るなり、危険な場所を避けて要救助者の元へ移動するわけだな」

 しん、と静まり返った面々に、ディアンはふんと鼻を鳴らす。
 特に威圧されたわけでもないが、あまりの迫力に呑まれてしまっていた。それはウィルも同じで、ディアンが間違いなく一流の救助士であると理解するだけの実演だった。

 実際に発射された鉄針の精度などの細かいところはわからないが、彼の機敏さ、一つ一つの行動の丁寧さ、そして迫真の声出し、どれを取っても圧倒されるほどの迫力だ。

 自分に敵意を向けているという点を差し引いても、その行動には機能的な美しさがあり、ウィルは素直に感動していた。

 そんな受験者達に、ディアンは面倒臭そうに先を進める。

「試験は一週間、三射して最も的に近いものを評価対象とする。期間中はこの装具はそれぞれお前たちの専用になる。当然、整備管理もお前たちの仕事だからな。整備不良なんてふざけた真似だけはするなよ」

 それから、一人に一つずつ小さな革袋を配布された。
 中にはやや白い晶石が十粒。晶石は不純物が多いほどに白に近づく。袋の中の晶石は半透明で、中層産と思われた。

 それに気づいた猟兵達は顔を引きつらせる。
 なにせこの一袋だけでかなりの財産だ。わかりやすく一般的な家庭の生活費で例えれば、上層産の晶石一粒で三日分、中層産一粒で半月分、下層産で半年だ。ミリヤ公国では下層より下はまだ開拓されていないが、下には深層、深淵が存在すると言われている。別の迷宮で産出された深淵産は国家予算規模の値段がついたというのだから、猟兵たちが危険を承知で迷宮に潜るのも当然だろう。

「はっきり言うが、うちは貧乏だ。受験者に支給できるのはそれが限界でな。基本的には空射ちで練習して、自信が持てたらそれを使え。一射に一粒使うからな、無駄にはするなよ」

 一射に一粒。
 ウィルもそれは知らなかった。父親とともに試射をしたことがあるが、その時に半年分の生活費が飛んでいたことを知り、少なくない衝撃を受ける。

 衝撃具合は他の猟兵たちも似たり寄ったりのようだが、ディアンはそんな彼らに厭らしい笑みを浮かべて見せた。

「もっと射ちたいなら、自分で買ってもいいぞ。街の晶石屋に行けば売ってるからな。自費でも練習したいって奴を止めたりはしねえよ」

 誰がそんなことをするのか。
 猟兵たちの顔にはそう書いてあるし、実際当たりまえの話である。

 その後は全員がディアンの指導のもと、一射ずつ試し打ちを行った。ただし、さきほどのディアンが行った発射までの手順や声出しを全て行わなければ最初からやり直しという徹底ぶりである。

 全員が完了するまで解散も許されず、解放されたのは日が傾き始めたころだった。

 問題は、アリシアだ。
 迷宮用の装具自体を触るのが初めてで、なかなかうまく扱うことができないようだった。家庭用装具と違い、迷宮用装具はよくも悪くも武骨で、癖がある。

 そうなれば、待たされている猟兵達の温度が下がっていくのは致し方ない。彼らの声かけを断っていることもあって、アリシアに対する風は冷たいくらいだ。

 ウィルが見る限り、初めて迷宮用装具を触っていることも勘定にいれればむしろ覚えが速いほうだ。だが、慣れの差は大きく、猟兵達に追いつくには十射では足りないだろう。

「アリシア、ちょっといいか」
「あ、うん。待たせちゃってごめんね」

 解散の号令のあと、宿舎に帰っていく猟兵たちの中からアリシアを呼び止める。

「それはいいんだ。とりあえず、整備を教えるからこっちへ来てくれ」
「え、みんな宿舎に帰ってるけど……明日の朝じゃ駄目なの?」
「うん、駄目だ。疲れてると思うけど、いまやろう」

 明らかに気疲れしている様子だったが、身動き一つ取れないわけでもなければ、絶対に許さないとウィルは断言する。

「理由は二つある。一つは、明日の朝は用事があるっていうこと。訓練が始まる前に終わらせるためには、朝整備する時間は取れない」
「用事ね。わかった、もう一つは?」
「使った装具は、その日の内に整備する。可能なら、使った直後に。これは絶対だ」

 それは装具技師の父が常々言っていた言葉だ。
 装具に愛情を持て、などという感情論ではない。使える時に使えない道具になど意味がない、常に最善の状態にあってこそ道具には価値があるという、機能主義の言葉である。

 少し強い言葉を使い過ぎたかとも思ったが、アリシアは素直に整備を始めた。ディアンから受けた説明でも十分に整備は可能だが、それはあくまでも使用者としての整備だ。ウィルは全てを分解し、部品一つずつ清掃する製作者としての整備を教えた。

「整備は毎日一緒にやろう。やればやるだけ覚えるからな」
「うん。頑張るよ」

 整備中もあくびが漏れていたアリシアは、三度目の挑戦でようやくウィルの合格をもらって一足先に宿舎へ戻っていった。

 残されたウィルは、念のため自分とアリシアの装具をもう一度分解点検し、ようやっと一息ついた。

 長い一日だった。
 肩にのしかかる疲労を振り払うように、頭を振る。

 アリシアと同盟を組んだことで、勝率は上がった。
 負ける気はないし、勝つつもりだ。それでも一人になれば不安の波が押し寄せ、息苦しさを覚えた。

「勝てる。絶対に勝てる」

 発せられた呟きは不安のせいか、誰の耳にも届かず、しかし確かにウィルにとっては必要な言葉だった。
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