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第8章
72話
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『……もうすぐですね』
上空に白い轍が走っていた。轟音を上げながら飛翔する男、その後ろには赤いクリスタルが、更にその後ろには、黒い機龍の大群が続いていた。
『哀れなものです……自分が人造人間だと気付かされた途端駒にさせられて。あなたも自分でそうは思いませんか?』
スサノオは無言のまま空を駆けていた。彼は自分が人造人間であることを長らく忘れさせられていた。それはヘミュエル四世の認識阻害が込められたパッチを埋め込まれていたからだ。メイプルがスサノオの情報を書き直し、認識阻害が取り去られたことで、スサノオはいま人造人間であった頃の自分を取り戻していた。
『それにしても生かしてあげたモルモットの分際で生意気なものです。せめて作家としての本懐でも見せて貰えるのであれば生かした甲斐があったというものでしたが……残念です。なんなのでしょうね、領主とは。結局覇権にしか興味がないのですから。足元を掬うほど増長させる為に泳がせた訳ではないということを知るべきです。身のほど知らないにも限度がある』
メイプルは譲らなかった。そして誰よりも合理的であった。
『ですがこれでハッキリしました。人間はどれだけ促したところで合理性にこだわって生きてくれはしない。結局作家という生き物は、自らの業から逃れることはできないのですね』
メイプルは人間が抱えるすべての矛盾を無意味だと感じていた。ましてや鉄塔を壊すなど、と。
それは彼女が頑固な訳ではない、それがメイプルが下した合理的な判断ということなのだ。
『待っていなさいルルカ。領主ヤクル。私が必ずあなたたちを倒す……』
この世で最も合理的ではない「娯楽」という依代になおも縋り、拘る……メイプルには、やはりその思想が理解できなかった。
理解できないものにチャンスを与えたのは誤りであった。しかしこれでようやく彼女は人間とは斯くも無駄なものであると実証することができた……彼女のその考えに矛盾はない。
冷徹に。ただ冷徹にメイプルは皆殺しにしてみせようと心に決めていた。
ヘミュエル四世と結託し、三十億人を殺した彼女にはそれが叶う。
機龍がそれぞれその手に抱く爆弾たちが、今度こそ情けなしに作家たちを葬り去ろうとしていた。
「来たか」
『……?』
先に反応したのはスサノオだった。スサノオがぐんと速く飛翔すると、彼は赤いクリスタルのすぐ目の前から、あっという間に消えた。
スサノオはいまや戦闘兵器。
敵へ一目散に飛んでいき、ひとつの躊躇いなく敵を屠る――。
一瞬強い閃光が弾けた。メイプルにはスサノオが攻撃を仕掛けたことがわかった。彼女は、その攻撃を受けた者は恐らくひとたまりもないことだろうと予想した。
しかし次の瞬間、その閃光をも凌ぐ強い怪光がもう一閃。前方から、メイプルをかすめるように伸びた。
『えっ』
メイプルが言葉を紡ぐ間もない奇襲であった。既にスサノオとメイプルはヤクルたちの領地のすぐ傍まで来ている。ならば迎え撃っているのがどの立場の人物なのかはいうまでもないことであった。
しかしこれではどちらが奇襲を仕掛けているのかわからない。光は機龍の一群に刺さった。
爆弾を避け、機龍それぞれの部位破壊を果たしていたのだ。
『これほどまでに正確な一撃……爆発は起こさせないという訳ですか……機龍が手から爆弾を零せば、ゴミ拾いでそれを拾い上げられる。なるほど、考えましたね。大したものです』
それを受けてなお、メイプルは勝算を見据えていた。
そこにもし敗色らしきものが陰るのであれば、それは、敵がこれまで以上に強くなることにある。
『フフフ……なるほど』
それは本来あり得ないことだった。彼女のその姿は、メイプルにとっては意外極まりないものであった。
『小説を、捨てましたか。七尾ヤクル……!』
のゐるは空を駆けていた。それは先ほどのようにヤクルをモニターで操っているのではない。紛れもなく、花咲のゐる、その本人が空を駆けている。
それはメイプルが知っている花咲のゐるの姿ではなかった。のゐるはその身体に白い機械装甲を纏い、先のヤクルをも上回る速度で縦横無尽に飛び回っていた。
『フフフ……それしかありませんよね。人造人間である七尾ヤクルをさらに改造して、装甲とする……花咲のゐるがそれを纏い、超集中でもって戦う。すこしは合理的な考え方をしたということですか……!』
そう、その機械装具――それはヤクルのいまの姿である。
『その姿を得たということは、この先二度と原稿が書けないかもしれないという葛藤を乗り越えたということ。いいでしょう。面白い!!!』
上空に白い轍が走っていた。轟音を上げながら飛翔する男、その後ろには赤いクリスタルが、更にその後ろには、黒い機龍の大群が続いていた。
『哀れなものです……自分が人造人間だと気付かされた途端駒にさせられて。あなたも自分でそうは思いませんか?』
スサノオは無言のまま空を駆けていた。彼は自分が人造人間であることを長らく忘れさせられていた。それはヘミュエル四世の認識阻害が込められたパッチを埋め込まれていたからだ。メイプルがスサノオの情報を書き直し、認識阻害が取り去られたことで、スサノオはいま人造人間であった頃の自分を取り戻していた。
『それにしても生かしてあげたモルモットの分際で生意気なものです。せめて作家としての本懐でも見せて貰えるのであれば生かした甲斐があったというものでしたが……残念です。なんなのでしょうね、領主とは。結局覇権にしか興味がないのですから。足元を掬うほど増長させる為に泳がせた訳ではないということを知るべきです。身のほど知らないにも限度がある』
メイプルは譲らなかった。そして誰よりも合理的であった。
『ですがこれでハッキリしました。人間はどれだけ促したところで合理性にこだわって生きてくれはしない。結局作家という生き物は、自らの業から逃れることはできないのですね』
メイプルは人間が抱えるすべての矛盾を無意味だと感じていた。ましてや鉄塔を壊すなど、と。
それは彼女が頑固な訳ではない、それがメイプルが下した合理的な判断ということなのだ。
『待っていなさいルルカ。領主ヤクル。私が必ずあなたたちを倒す……』
この世で最も合理的ではない「娯楽」という依代になおも縋り、拘る……メイプルには、やはりその思想が理解できなかった。
理解できないものにチャンスを与えたのは誤りであった。しかしこれでようやく彼女は人間とは斯くも無駄なものであると実証することができた……彼女のその考えに矛盾はない。
冷徹に。ただ冷徹にメイプルは皆殺しにしてみせようと心に決めていた。
ヘミュエル四世と結託し、三十億人を殺した彼女にはそれが叶う。
機龍がそれぞれその手に抱く爆弾たちが、今度こそ情けなしに作家たちを葬り去ろうとしていた。
「来たか」
『……?』
先に反応したのはスサノオだった。スサノオがぐんと速く飛翔すると、彼は赤いクリスタルのすぐ目の前から、あっという間に消えた。
スサノオはいまや戦闘兵器。
敵へ一目散に飛んでいき、ひとつの躊躇いなく敵を屠る――。
一瞬強い閃光が弾けた。メイプルにはスサノオが攻撃を仕掛けたことがわかった。彼女は、その攻撃を受けた者は恐らくひとたまりもないことだろうと予想した。
しかし次の瞬間、その閃光をも凌ぐ強い怪光がもう一閃。前方から、メイプルをかすめるように伸びた。
『えっ』
メイプルが言葉を紡ぐ間もない奇襲であった。既にスサノオとメイプルはヤクルたちの領地のすぐ傍まで来ている。ならば迎え撃っているのがどの立場の人物なのかはいうまでもないことであった。
しかしこれではどちらが奇襲を仕掛けているのかわからない。光は機龍の一群に刺さった。
爆弾を避け、機龍それぞれの部位破壊を果たしていたのだ。
『これほどまでに正確な一撃……爆発は起こさせないという訳ですか……機龍が手から爆弾を零せば、ゴミ拾いでそれを拾い上げられる。なるほど、考えましたね。大したものです』
それを受けてなお、メイプルは勝算を見据えていた。
そこにもし敗色らしきものが陰るのであれば、それは、敵がこれまで以上に強くなることにある。
『フフフ……なるほど』
それは本来あり得ないことだった。彼女のその姿は、メイプルにとっては意外極まりないものであった。
『小説を、捨てましたか。七尾ヤクル……!』
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それはメイプルが知っている花咲のゐるの姿ではなかった。のゐるはその身体に白い機械装甲を纏い、先のヤクルをも上回る速度で縦横無尽に飛び回っていた。
『フフフ……それしかありませんよね。人造人間である七尾ヤクルをさらに改造して、装甲とする……花咲のゐるがそれを纏い、超集中でもって戦う。すこしは合理的な考え方をしたということですか……!』
そう、その機械装具――それはヤクルのいまの姿である。
『その姿を得たということは、この先二度と原稿が書けないかもしれないという葛藤を乗り越えたということ。いいでしょう。面白い!!!』
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