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6章
60話
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ヤクルは許せなかった。自分が愛した小説家たちを、彼らがそう願っている訳でもないというのに捕らえ、操った。そのようなことがあっていいはずがない。
おかしい。異常だ。人間のすることじゃない。ヤクルはその怒りを突進に込めた。代弁者たるのゐるもまた同じ想いでヤクルを前進させる。底まで随分ある暗がりの空中を落とされていくヤクルだが、翻って上を目指す。噴出口が熱く煙を吹かし、その身体をヘミュエル四世のところまで届けようとしていた。
「貰いすぎだよ。雑魚が」
しかし……ヤクルはここに辿り着くまでの間、壁とぶつかり合い、リルに切りつけられ、ひどく損傷していた。ヘミュエル四世のところまで飛ぼうとする彼の身体は、外見からもボロボロなことがわかるほどだ。ゆえに、瞬間、上手く制御ができなかった。
大きく拳を振りかぶったところで、再び蹴りを受けてしまう。思い切り吹き飛ばされ、先ほど遠くに見ていたカプセルに叩き付けられた。
「ぐっ……カプセルのなかは……? 無事か……よかった」
「ヤクルさん! 前です!」
のゐるがいうように前方からヘミュエル四世が飛び込んできた。しかし今度は躱す。
代わりにカプセルのフタ、ガラスの上に彼女の踵が落ち、表面にうっすら亀裂が走った。
「フン、固いでしょこのカプセル。私が思い切り蹴飛ばしても壊せないんだから。じゃあ今度は……これでどうかな」
いうと、ヘミュエル四世が消えた。
姿が見えないばかりではない。音も気配も感じられない。いなくなったと捉えるしかないほど存在感が薄れてしまった。
「認識阻害の固有スキルか……! くそっ、どこだ……ぐわッ!!?」
空中に逃げたヤクルであったが、今度は見えないところから放たれた鋭い蹴りを食らう。
「くっ……こんなのどうしたら……! ぐぅ……!!?」
構えたとしても無駄だ。違う角度から攻撃されてしまう。防御すらままならない状況のなか、ヤクルは一方的に嫐られるしかなかった。
「ヤクルさん……! 頑張ってください! くっ……ただ敵が見えないこの状況、一体どうしたら……!?」
のゐるにはなす術がなかった。精一杯ヤクルを操り急制動で敵を躱そうとするが、不可視の敵を相手にどうすることもできない。
「どうしたァ!!! 正論ぶつけてイキがってじゃんさァ!!? アタシに勝つんじゃなかったのかよ!!!」
まともに戦えたものではなかった。ヘミュエル四世のその煽りだけは耳に入るものの、とても音だけでは相手の位置を把握しきれない。闇雲打って当たればいいかもしれないが、果たして戦いになるだろうか。それでは万に一つの可能性すら乏しい。
操縦しているのゐるは「辿り着いたのではなく、誘い込まれていたのだ」と実感してしまった。先ほどヤクルが、ヘミュエル四世との差を感じ、滅入ってしまったのも頷ける。
勝ち筋がない。せめてその目に敵の姿が映らない限りは……。
「とはいえアンタたちそこそこやるからね、妖精回路を植え付けて……改造してメイプルに送り付けてやるよ! 安心しなよ元々死んでたって仕方なかったところをマグレでここまで食い繋いで来たんだし、メイプルに殺されたって、アンタら本望だろう? 戦ってきなよ! そしたら人のために死ねるんだからさぁ!!! アハハハハハハハハハッ!!!」
――そうヘミュエル四世が高笑いしたとき、のゐるの背後から掌握し切れないなにかが、ズ……ッと掘っ立て小屋のなかに広がった。
ぱちっ、と闇が目を覚ました。重く纏わりつく、瘴気のような禍々しさであった。邪気か呪いか、果ては殺気か、そのような第六感でしか感じ得ない不気味な気配である。
それはヘミュエル四世の抱える狂気に立ち向かうためのものであったが、濁り切った闇のよう、もしくは発火することを待ちわびてくすぶる、復讐の火種のようだった。
「ヒ、ヒナタ……」
「ヒカゲ……みんなと念話で繋いでよ。僕、怒ってるんだ」
目覚めたばかりのヒナタは、身体中に怪しき紋様を浮かべ、目を見開いていた。
次の瞬間、ヤクルの前に見たこともない光景が広がった――。
おかしい。異常だ。人間のすることじゃない。ヤクルはその怒りを突進に込めた。代弁者たるのゐるもまた同じ想いでヤクルを前進させる。底まで随分ある暗がりの空中を落とされていくヤクルだが、翻って上を目指す。噴出口が熱く煙を吹かし、その身体をヘミュエル四世のところまで届けようとしていた。
「貰いすぎだよ。雑魚が」
しかし……ヤクルはここに辿り着くまでの間、壁とぶつかり合い、リルに切りつけられ、ひどく損傷していた。ヘミュエル四世のところまで飛ぼうとする彼の身体は、外見からもボロボロなことがわかるほどだ。ゆえに、瞬間、上手く制御ができなかった。
大きく拳を振りかぶったところで、再び蹴りを受けてしまう。思い切り吹き飛ばされ、先ほど遠くに見ていたカプセルに叩き付けられた。
「ぐっ……カプセルのなかは……? 無事か……よかった」
「ヤクルさん! 前です!」
のゐるがいうように前方からヘミュエル四世が飛び込んできた。しかし今度は躱す。
代わりにカプセルのフタ、ガラスの上に彼女の踵が落ち、表面にうっすら亀裂が走った。
「フン、固いでしょこのカプセル。私が思い切り蹴飛ばしても壊せないんだから。じゃあ今度は……これでどうかな」
いうと、ヘミュエル四世が消えた。
姿が見えないばかりではない。音も気配も感じられない。いなくなったと捉えるしかないほど存在感が薄れてしまった。
「認識阻害の固有スキルか……! くそっ、どこだ……ぐわッ!!?」
空中に逃げたヤクルであったが、今度は見えないところから放たれた鋭い蹴りを食らう。
「くっ……こんなのどうしたら……! ぐぅ……!!?」
構えたとしても無駄だ。違う角度から攻撃されてしまう。防御すらままならない状況のなか、ヤクルは一方的に嫐られるしかなかった。
「ヤクルさん……! 頑張ってください! くっ……ただ敵が見えないこの状況、一体どうしたら……!?」
のゐるにはなす術がなかった。精一杯ヤクルを操り急制動で敵を躱そうとするが、不可視の敵を相手にどうすることもできない。
「どうしたァ!!! 正論ぶつけてイキがってじゃんさァ!!? アタシに勝つんじゃなかったのかよ!!!」
まともに戦えたものではなかった。ヘミュエル四世のその煽りだけは耳に入るものの、とても音だけでは相手の位置を把握しきれない。闇雲打って当たればいいかもしれないが、果たして戦いになるだろうか。それでは万に一つの可能性すら乏しい。
操縦しているのゐるは「辿り着いたのではなく、誘い込まれていたのだ」と実感してしまった。先ほどヤクルが、ヘミュエル四世との差を感じ、滅入ってしまったのも頷ける。
勝ち筋がない。せめてその目に敵の姿が映らない限りは……。
「とはいえアンタたちそこそこやるからね、妖精回路を植え付けて……改造してメイプルに送り付けてやるよ! 安心しなよ元々死んでたって仕方なかったところをマグレでここまで食い繋いで来たんだし、メイプルに殺されたって、アンタら本望だろう? 戦ってきなよ! そしたら人のために死ねるんだからさぁ!!! アハハハハハハハハハッ!!!」
――そうヘミュエル四世が高笑いしたとき、のゐるの背後から掌握し切れないなにかが、ズ……ッと掘っ立て小屋のなかに広がった。
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それはヘミュエル四世の抱える狂気に立ち向かうためのものであったが、濁り切った闇のよう、もしくは発火することを待ちわびてくすぶる、復讐の火種のようだった。
「ヒ、ヒナタ……」
「ヒカゲ……みんなと念話で繋いでよ。僕、怒ってるんだ」
目覚めたばかりのヒナタは、身体中に怪しき紋様を浮かべ、目を見開いていた。
次の瞬間、ヤクルの前に見たこともない光景が広がった――。
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