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6章

58話

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『スサノオ……?』

 ルルカにはわからなかった。どうしてここでスサノオの名が出てくるのか。それもどうしてリルの口からそれが出てくるのか。そう疑問を抱いたのはルルカだけではなく、ヤクル、のゐる、ナナジマやヒカゲもそうであったが、この短くて余裕のない時間のなかで、深く考えることができたのはルルカだけだった。

 どう考えてもおかしい。ただスサノオと呼んだだけではない。スサノオ「お兄ちゃん」と呼称をつけ親しみを持って呼んでいるあたり、なにかあるのではないか。既にリルのこの発言の時点で、スサノオがこの教団と関わりを持っていたことは明らかであるが、その目的がわからない。

 一匹狼で孤立主義者のように伺えていたがそうではないのか、それとも別の理由があったのか。

『……いや、それってひょっとして……』

 ルルカはスサノオと対峙したとき、世界を滅ぼしたのは彼女の所為だと告げられたことを思い出した。しかし世界を滅ぼしたのはメイプルとヘミュエル四世だ。鑑定スペクタクルを固有スキルとして持つ彼が、それに気付かないとは思えない。

「まさか認識阻害……? それに……」

 ルルカには閃きがあったが、まだそれを話すには早いと判断した。

 まずはヘミュエル四世を倒さなければ……そうでなければ、ルルカにもヤクルたちにも未来はない。



「――」

 ヤクルがドアを蹴破った先にあったのは、あまりにも白い部屋だった。

 とても広い部屋。そして、白い。本棚、ソファー、テーブル、椅子、窓のサッシから観葉植物の葉まで。豪華で荘厳な佇まいではあるが、その異常なほど統一された白は、ヘミュエル四世の狂気を現わしていただろう。まるですべてを自らが色づけなければ気が済まないと言わんばかりだ。無理があるほど白かった。

「……ヘミュエル四世」

「なかなかしつこいね七尾ヤクル。そういえば知らなかったよアンタの固有スキルがゴミ拾いなんて。ま、リルがわざわざ報告するまでもないと判断したのも頷けるけどね。なにせゴミ拾いだし」

「そのゴミ拾いがお前の罠を突破したんだ。俺たちが勝つのも時間の問題だぞ……!」

「その割にはアンタボロボロだけどね。で、リルは? 死んでた? 死んでたならそれはそれで、なかなか褒められたものだよ。なにせリルは、ちゃんとアタシの設計通りに、ヤクルアンタを分析してその情報をこの拠点にそれを送り、死んでカプセルに入ってたアタシをより強い身体で復活させるのに貢献した被検体。それを倒したんだからアンタも鼻が高いだろう」

「……っ」

 ヤクルはもう我慢の限界だった。このヘミュエル四世は、メイプルと共謀して三十億人を見殺しにし、教団員を思うがままに操り、和久井ヒナタを切りつけさせ、いまもまたリルを見殺しにした……到底許すことなどできるはずがない。

 そう……思ってはいるのだが、ヤクルは怒りを覚えれば覚えるほど、ひとつの悩みが表層化してくるのを感じていた。

「で、アンタ――私のこと?」

「――」

 ヤクルが一撃をもらった。腹部に蹴り。その威力は先の壁の衝突をも凌ぐものであった。

「やはり古いね、アンタのクリスタルが持つ情報は。ステータスは極め切っていて差がないけれど、私の身体に植え付けてある妖精回路と明らかに処理速度が違う。私たちが身体に埋め込んだ妖精回路同士で使う通信技術も持ち合わせていないし。正直戦闘ステータスくらいしか参考にならなかったよ」

 ヤクルたちを囲う白い壁は、ガラスが割れるように砕け散る。

「だからアンタたちは教団員の洗脳にも気付くことができなかった。洗脳をかけられなかっただけマシかもしれないけどね。そんな大昔の人体改造で、現代の技術の集大成である私に勝てると思っているなんて、舐められたもんだよ」

 ヤクルは蹴り飛ばされ、吹き飛ばされるがまま、部屋の外に出た。

 それはこの城の中枢部。底が見えないほどに深い、暗い場所。その空中を落ちる。

「これは……ッ!!?」

 ヤクルはそこに、この世界最大の狂気を目にした。

 壁一面にカプセルのような形の部屋がびっしりと植わっていた。

「ゴーレムの製造と人体改造を行うためには、巨大な研究施設が必要だった。その為にこの城は最適だった。要人を招けば誰も疑わずに来てくれるし、このグジパン国で危険と謳われるゴーレムを公的に扱い続けているのは王政だけだったからね」

 それぞれがオレンジ色の光を灯し、

「もともとこの施設はメイプルが小説を書けないことにこじらせて作ったものだけれども、あらゆる意味で合理的だった。さっきも言っただろう? この世界は作家のヒエラルキーが高過ぎる。だから作家たちを囲ってしまえば、王政を侵略する以上にあらゆる恩恵を受けることができた。どんなギルドの長でも作家には逆らえないんだからね」

「お、お前は……なんてことを……!」

は異世界を冒険する夢を見ている。そして夢のなかで無意識に小説を書いている。アンタたちが楽しんできたライターズワールドの小説家の九割超はこうして管理され、小説を。ようこそ、ここがライターズワールドの中枢。永遠に異世界に転生し続けられる場所」
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