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6章

57話

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 ヘミュエル四世は反論する。

『善の心? そんなことに取り憑かれて生きていかなきゃならないのさ。私が新しいことを発見したらそれが世界のスタンダードになるんだよ? 私が遺した新しい発見にすがり生きていく人が、この先どうして誰も現れないと言い切れる? そんな奴らのほうがよほど利己主義じゃないか』

 ヘミュエル四世の主張はそれこそ利己的であったが、それだけでもなかった。事実のゐるは、ヤクルが爆発に巻き込まれた人たちの経験値を手繰り寄せたとき、この経験値を自分が使っていいものかと葛藤していた。

 そして、まだ彼女のなかに、その生真面目な想いは生きている。のゐるは、意図せず残されたものにすがって生きることに、少なからず罪悪感を感じていた。

『この世は疑問で溢れている。現れるたび世界の仕組みを一新してしまうUSBメモリとは一体なんなのか、どうして魔法も存在していなかったころからステータスやメッセージウィンドウが私たちの前に現れてきたのか……死んじまった奴らがそれを応えてくれるのかい? アンタらなんの答えも持っていないだろう? アタシはそれを知っているよ。フフフ、ヤツらは真実や未来をから死んだのさ。真実に目を瞑ったやつらに価値なんてない!』

 果たしてヘミュエル四世はなのか。もしヘミュエル四世がヤクルたち全員を掃討し、メイプルすら倒してしまえば、彼女の行いは新しいとなってしまう。そうなればその考え方は、新たな価値基準として人々に芽生えていくかもしれない。

 のゐるは、迷ってしまった。小説と科学、どちらの発展がより有用であり、どちらの発展が世のためなのか……それを判断するには立場が二極的過ぎるが、のゐるは優し過ぎるのか、それとも単純すぎるのか「どちらを極めても人による」という結論を瞬時に頭に浮かべるにはまだ未熟だった。

『無駄なんだよ! アンタたちの頑張りなんてただの自己満足、世界を変えることも、導くことだって出来やしない! ふふふ……しかしこのクリスタルは違う。出雲楓オリジナルのクリスタル。メイプルをも穿つ完成品……! これがあればアタシはメイプルに勝てる! このクリスタルは! アンタたちが簡単に触れていいようなものじゃないんだよ!!!』

「――お前こそ触れるなあああああああああああああああっ!!!」

 |ゴミ拾い――ヤクルの手から瓦礫ゴミが大量に噴き出す。

「ヤクルさん……!」

 瓦礫は放り投げられるままに積み重なっていく。そしてそれは、壁の突撃を防ぐ大きなバリケードとなった。

「ふざけるな!ルルカはお前に利用されるために生きてるんじゃない! リルちゃんだってそうだ! 少なくともうちの領地にいたころは、ルルカはリルちゃんに勉強を教えていた! 余裕があるときはふたりともできる限りうちの農業を手伝ってくれた! 勉強を教えたのはルルカの意思だし、農業を手伝ってくれたのはリルちゃんの意思だ!」

 走り来る壁はやがてバリケードを動かせなくなり、ヤクルを傷つけられなくなった。

「お前はどうなんだ! ルルカを奪って教団員みんなに命令して! お前は……お前はじゃないか! ひとの意思も尊重できないお前がやってるのは! ただの支配だ! 勘違いするな!!!」

 それでもヤクルはまだ切り付けられていたが、なおも熱弁を振るった。

 やはり彼は誰かを守るためであれば、なりふり構わず行動することができた。

『熱弁いいが……それで勝ったつもりかい?』

 壁が再び動き出し、バリケードを突き抜けた。

『――壁はあるんだよ。ぬかったね』



「うわあああああああああああああああッ!!!」

 壁はもうふたつの壁に追突され押し出されていた。

 咄嗟のことで予想することすらできず、ヤクルは壁に轢かれて吹き飛ばされる。

 そして、リルも――。

「リルちゃああああああああああん!!!」

 のゐるの瞬時の判断により、ヤクルは空中で体制を整え、さらに重くなった壁に叩きつけられながらも突撃した。壁は止まらない。針が身体に突き刺さる。関係なかった。両の手が次の壁に触ると、今度は雪崩のような瓦礫を手のなかから生み出した。先ほどよりも一層早い勢いで大きなバリケードが出来上がる。

 ヤクルは今度こそ絶対に動かないようとに、さらに重く、重く、重くしていく。後ろから突き込んでくる勢いに、バリケードの重さが勝ったころ……壁はようやく止まった。

 そうなったころ、リルはヤクルの背後に落ちていた。

「リルちゃん!!!」

『あーあ、アンタ、リルを守れなかったねぇ。残念』

 リルは壁に轢かれたことで地面に強く叩きつけられ、突っ込んできた壁と同じように、動くことすらままならなくなった。ヘミュエル四世によって強化された頑丈な身体ではあるが、衝撃が強すぎた。

 ヤクルはリルのもとへ駆け寄る。ルルカが捕まってしまっている以上人体改造することができない。壁が埋もれてしまったのでナナジマのもとへ戻ることもできない。

 ヤクルは自分を情けなく思いながらも、ただ駆け寄って、言葉をかけてあげることしかできなかった。

「リルちゃん! リルちゃん! 聞こえる!? 俺だよ! ヤクルだよ!」

「領主さま……」

 衝突の影響からか、リルはヤクルを認識することができていた。

 ヤクルはなおも懸命にリルへと声をかける。

「ごめん……なさい領主……さま……痛かっ……ですか……?」

 リルはヤクルへと自らの行動について謝った。先ほどの衝撃の影響か洗脳が解けたようだ。

「大丈夫! 全然平気だよ! リルちゃんこそ大丈夫なの!?」

「領主さ……ま……おね……が……」

「お願い!? なに!?」



「――……を……救……って……」

 リルはそれだけ言うと、ガクリと意識を失った。

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