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6章

56話

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「認識阻害……! 罠に全然気付かなかった……くっ!」

 認識阻害の固有スキルなのか、この壁が現れたその予兆がわからない。気が付いたときには既に背後に存在しており、ヤクルへと向かっていく。瞬く間の攻防がはじまった。

「ヤクルさん!」

「のゐる先生! 止めます!!! うぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

「――」

 ヤクルとのゐるは迷わなかった。この壁が迫って来ているということは、ヤクルたちだけではなくリルにも危険が迫っているということだ。ただヤクルがひとりで逃げるのであればこのような真似をする必要などないが、背後で自身を切りつけようとしているリルのために、壁を止める必要があった。

 ヤクルはのゐるの操縦に従い、ただ思い切り壁を手で受け止めた。

「ぐわあああああああああああああっ!!!」

 大きな壁。重い。しかも電流が流れ思うように身体が動かない。

「麻痺のステータス効果デバフと固定ダメージ……! くっ、ヤクルさん! 大丈夫ですか!」

『ふふふ、やっぱりアンタたちはリルを殺せない。こんな状況に陥ったにも関わらずリルを救うことを考えてる! 甘すぎるんだよアンタたちは!  もう三十億人も殺されてるのに、一体なににこだわってるんだよ』

 ヤクルが受け止めると、壁は激しい音を立てながら勢いを失った。

「ぐっ……そりゃあ……一緒に暮らした仲間だし……死なせたくないって思うよ……!」

 ヤクルはそうしながらも、背後からリルに切りつけられる。

 何度も、何度も、何度も――。

「教祖さまのごめいです。七尾ヤクルを攻撃」

「く……っ!」

 それでもなお、ヤクルは壁を止めることに拘った。のゐるも、また同じように壁を止めることに迷いがなかった。

『ふふふ、無駄なことはよしなよ。そんなことしたって誰のためにもならない。リルだってそこまでして助けられようとは思っていないよ』

「ヘミュエル四世……あなたは、自分が正しいとでも思っているつもりですか……?」

『当たり前でしょうが。アンタたち肝心なところがズレてるよ。自分を犠牲にしてまで人を助けてどうするんだよ。まずは自分が生き延びないとなんの意味もない』

「えぇ、確かに自分が生き延びないとですね……ですが、

 のゐるは、傍若無人な振る舞いをする、ヘミュエル四世が許せなかった。

「先ほどヤクルさんから聞きましたよ。あなたは元々メイプルと同じ志を抱き、死んでも蘇生すると公約されたものの、生き返らせてもらえなかった。だから人造人間になってまで生き返ったと。これはつまり、あなたの利己主義がメイプルにも手に負えないから見限られたってことなんじゃないですか?」

 長い間ヤクルやルルカと意見を交わしていなかったが、のゐるは、ちゃんとわかっていた。

「どうしてわからないんですか? 三十億人も殺されてる? あなたは周囲の同調圧力に逆らえず、世界の滅亡へと意見できなかったヤクルさんとは違う……! あなたはそれだけの人が死ぬことがわかってにしたんです! それだというのに……今度は仲間のリルちゃんさえ犠牲にしようとしている! ただ自分のためだけに! 人のために命を賭けているヤクルさんは、あなたが馬鹿にしていい人じゃない! 善の心がないあなたなんかが!」

 そしてヤクルの「誰も殺したくない」という精神に共感の念を抱いていた。

「のゐる……先生っ……」

 ヤクルは、切り付けながらも、のゐるの言葉を聞いていた。

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