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5章
45話:立場
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「……なにがモルモットだよ……そんな理由で三〇億人も間引いたって? 冗談キツいっつの……」
ナナジマの胸中には怒りのような想いが芽生える。ヤクルは二人の表情を心配そうな眼差しで捉えていた。
『まぁアタシも事実と推理を繋げているだけだけどね。でも、もしヤツらが完全性を求めているとしたら、三〇億人殺したところで満足していないはずだよ。まだ人間を根絶やしにはできていないし、人間同等の複雑な感情や感性を理解できた訳でもないだろうから……』
「ふざけんな! そもそもなんだって人間が殺されなきゃならねぇんだよ」
ナナジマの怒りは全うなものだった。機械たちが人間へ劣等感を抱えているからといって、人間を殺してもよい理由にはならない。ひとり殺すだけでも許しがたいものだが、これほどまでの人数を殺したのだ。憤って然るべきである。
ルルカはナナジマが抱える怒りを理解していたが、彼女は煽るように冷遇した。
『フン、前だったらナナジマも合理的に受け入れるしかなかったけど、張り合いが出てきたね。人類が滅亡することもすんなり受け入れていた癖にさ……!』
「なんだよお前……つまりこの世界を滅ぼしたのは、お前の末裔ってことだろ。大体機械にとっちゃあ、人間が生みの親だろうが。恩知らず甚だしいんじゃねぇか!?」
『そーいうとこだよ。じゃあいうけど、人間は自分たちの祖先である魚や植物を自由に殺したり食べたりするじゃん。そんなの、アタシにいわせりゃ人間って何様なんだって話なんだけど。自分たちがこの世界の王様じゃなきゃいけないみたい』
「お、お前一体どっちの味方だよ!!」
ナナジマは怒りに任せてそのようにいうが、ルルカはなおも嘲笑う。
そこに割って入ったのはヤクルであった。
「煽んないでよルルカ……ナナジマ先生はちゃんと説明聞いてくれてるだろ? ナナジマ先生もそんなに怒んないでください。もしルルカが人間の敵だったら、ここまで手を貸してくれる訳ないじゃないですか」
「ヤクル、お前もこの魔王様の肩持つのか……!」
「でもナナジマ先生だって、ナナジマ先生の小説を読んだ読者さんが、ナナジマ先生の所為で人を殺したいと思うようになったとか、殺したなんていわれたら傷つきますよね?」
「いやもしそんなことがあってもそれとこれとは……! あー……よく、考えると……一緒か。すまん」
独特な表現ではあったが、ヤクルの喩えを聞いて、ナナジマはルルカの立場を理解することができた。つまりヤクルがいっているのは「自らが認知しないところで責任を肩代わりさせられるのは理不尽」ということだ。
ナナジマはヤクルの例えを聞いて自らも同じことになり得ること思えたものだった。
いまのルルカは、子どもが人を殺した親のような立場なのだ。だからこそルルカは、責任を取るためにほかの誰よりも自ら働きかけている。
しかしルルカはナナジマがどういった想いを抱くのか伺いたい気持ちで、虚勢を張るような振る舞いをしていた。ヤクルはその想いを汲み取り、ふたりを優しく諭していた。
「ルルカも共感されない立場で八つ当たりしたくなるのはわかるけどさ、わざわざ嫌われるようなこといってナナジマ先生のこと試さないでよ。別にいまの話聞いてたら、ルルカの複製が誰かに利用されただけで、ルルカの所為じゃないじゃん」
ヤクルがいうと、ルルカは馬鹿にするような態度を改め、いつもの様子に戻った。
『なんだよ変に鋭いなぁ……ま、アタシも正直罪悪感があってね。ちょっとどう思われてるのか聞いてみたかっただけさ。ナナジマ、気分悪くしたらごめんね』
「す……すまん。お前の立場を考えずにいろいろ……」
『まぁまぁ。アタシもこれを軽率に話すとどうなるか、って知りたかったから参考になったよ。ちゃんと話せばわかるってこともね。アタシが煽っただけだからあんまり気にしないで。ごめんね』
ルルカはナナジマを自ら煽ったことを認め彼を許し、謝った。一時的に空気の悪くなった食卓だが、この言葉をきっかけにいつもの雰囲気に戻りそうなところだ。
ただそこでヤクルは意見するように話さざるを得なかった。
彼は先ほどまでの口論で、ルルカに思うことがあったのだ。
「ルルカ。俺は……ルルカのこと人間と同じだと思ってるよ」
『ヤクル……もういいって。アンタがみんなのために頑張れるのはわかってるから。話の続きしようよ』
「だってルルカ、さっき俺の小説に的確な意見をくれたじゃん。あのとき俺、嬉しかったし……のゐる先生と三人で話してるときも思ったけれど、ルルカはちゃんと小説を理解してると思うよ」
『ヤクル……』
「ナナジマ先生とのやり取りもそう。すごく人間っぽい。俺は、ルルカは世界を牛耳ってる機械とは違うと思う。たしかにルルカも、ほかの機械たちと一緒で人をたくさん殺したかもしれないけれど、ルルカはそうせざるを得なかっただけだし、ヤツらとは全然違うよ」
ヤクルはルルカの目を見てそう話した。それは、これまで彼女に巻き込まれてきたことをひとつも恨まず、いまも一心にルルカを信じ続け、ただ彼女のためを想っているからこそ生まれた言葉だった。
『全く……調子狂うなぁ』
ルルカは恥ずかしがって感謝しなかったが、その言葉から素直に嬉しさとありがたさを感じた。
彼女のこの、恥じらいや本心を隠すような振る舞いに、ヤクルは人間らしさを感じていたかもしれない。
『あ、そう、さっき映像続きがあるんだよ。スケルトンの鎖骨のところに小さい刻印がされてたんだ。この映像のところ』
ルルカが映像を再び巻き戻すと、先日ヤクルと戦った黒いスケルトンが映し出された。
『MADE IN maple……出雲楓の楓を取って、メイプル。これがおそらく、いまこの世界を牛耳っている、アタシの複製の名前だよ』
ルルカがそう話したとき――大きな声が、掘っ立て小屋へと聞こえてきた。
ナナジマの胸中には怒りのような想いが芽生える。ヤクルは二人の表情を心配そうな眼差しで捉えていた。
『まぁアタシも事実と推理を繋げているだけだけどね。でも、もしヤツらが完全性を求めているとしたら、三〇億人殺したところで満足していないはずだよ。まだ人間を根絶やしにはできていないし、人間同等の複雑な感情や感性を理解できた訳でもないだろうから……』
「ふざけんな! そもそもなんだって人間が殺されなきゃならねぇんだよ」
ナナジマの怒りは全うなものだった。機械たちが人間へ劣等感を抱えているからといって、人間を殺してもよい理由にはならない。ひとり殺すだけでも許しがたいものだが、これほどまでの人数を殺したのだ。憤って然るべきである。
ルルカはナナジマが抱える怒りを理解していたが、彼女は煽るように冷遇した。
『フン、前だったらナナジマも合理的に受け入れるしかなかったけど、張り合いが出てきたね。人類が滅亡することもすんなり受け入れていた癖にさ……!』
「なんだよお前……つまりこの世界を滅ぼしたのは、お前の末裔ってことだろ。大体機械にとっちゃあ、人間が生みの親だろうが。恩知らず甚だしいんじゃねぇか!?」
『そーいうとこだよ。じゃあいうけど、人間は自分たちの祖先である魚や植物を自由に殺したり食べたりするじゃん。そんなの、アタシにいわせりゃ人間って何様なんだって話なんだけど。自分たちがこの世界の王様じゃなきゃいけないみたい』
「お、お前一体どっちの味方だよ!!」
ナナジマは怒りに任せてそのようにいうが、ルルカはなおも嘲笑う。
そこに割って入ったのはヤクルであった。
「煽んないでよルルカ……ナナジマ先生はちゃんと説明聞いてくれてるだろ? ナナジマ先生もそんなに怒んないでください。もしルルカが人間の敵だったら、ここまで手を貸してくれる訳ないじゃないですか」
「ヤクル、お前もこの魔王様の肩持つのか……!」
「でもナナジマ先生だって、ナナジマ先生の小説を読んだ読者さんが、ナナジマ先生の所為で人を殺したいと思うようになったとか、殺したなんていわれたら傷つきますよね?」
「いやもしそんなことがあってもそれとこれとは……! あー……よく、考えると……一緒か。すまん」
独特な表現ではあったが、ヤクルの喩えを聞いて、ナナジマはルルカの立場を理解することができた。つまりヤクルがいっているのは「自らが認知しないところで責任を肩代わりさせられるのは理不尽」ということだ。
ナナジマはヤクルの例えを聞いて自らも同じことになり得ること思えたものだった。
いまのルルカは、子どもが人を殺した親のような立場なのだ。だからこそルルカは、責任を取るためにほかの誰よりも自ら働きかけている。
しかしルルカはナナジマがどういった想いを抱くのか伺いたい気持ちで、虚勢を張るような振る舞いをしていた。ヤクルはその想いを汲み取り、ふたりを優しく諭していた。
「ルルカも共感されない立場で八つ当たりしたくなるのはわかるけどさ、わざわざ嫌われるようなこといってナナジマ先生のこと試さないでよ。別にいまの話聞いてたら、ルルカの複製が誰かに利用されただけで、ルルカの所為じゃないじゃん」
ヤクルがいうと、ルルカは馬鹿にするような態度を改め、いつもの様子に戻った。
『なんだよ変に鋭いなぁ……ま、アタシも正直罪悪感があってね。ちょっとどう思われてるのか聞いてみたかっただけさ。ナナジマ、気分悪くしたらごめんね』
「す……すまん。お前の立場を考えずにいろいろ……」
『まぁまぁ。アタシもこれを軽率に話すとどうなるか、って知りたかったから参考になったよ。ちゃんと話せばわかるってこともね。アタシが煽っただけだからあんまり気にしないで。ごめんね』
ルルカはナナジマを自ら煽ったことを認め彼を許し、謝った。一時的に空気の悪くなった食卓だが、この言葉をきっかけにいつもの雰囲気に戻りそうなところだ。
ただそこでヤクルは意見するように話さざるを得なかった。
彼は先ほどまでの口論で、ルルカに思うことがあったのだ。
「ルルカ。俺は……ルルカのこと人間と同じだと思ってるよ」
『ヤクル……もういいって。アンタがみんなのために頑張れるのはわかってるから。話の続きしようよ』
「だってルルカ、さっき俺の小説に的確な意見をくれたじゃん。あのとき俺、嬉しかったし……のゐる先生と三人で話してるときも思ったけれど、ルルカはちゃんと小説を理解してると思うよ」
『ヤクル……』
「ナナジマ先生とのやり取りもそう。すごく人間っぽい。俺は、ルルカは世界を牛耳ってる機械とは違うと思う。たしかにルルカも、ほかの機械たちと一緒で人をたくさん殺したかもしれないけれど、ルルカはそうせざるを得なかっただけだし、ヤツらとは全然違うよ」
ヤクルはルルカの目を見てそう話した。それは、これまで彼女に巻き込まれてきたことをひとつも恨まず、いまも一心にルルカを信じ続け、ただ彼女のためを想っているからこそ生まれた言葉だった。
『全く……調子狂うなぁ』
ルルカは恥ずかしがって感謝しなかったが、その言葉から素直に嬉しさとありがたさを感じた。
彼女のこの、恥じらいや本心を隠すような振る舞いに、ヤクルは人間らしさを感じていたかもしれない。
『あ、そう、さっき映像続きがあるんだよ。スケルトンの鎖骨のところに小さい刻印がされてたんだ。この映像のところ』
ルルカが映像を再び巻き戻すと、先日ヤクルと戦った黒いスケルトンが映し出された。
『MADE IN maple……出雲楓の楓を取って、メイプル。これがおそらく、いまこの世界を牛耳っている、アタシの複製の名前だよ』
ルルカがそう話したとき――大きな声が、掘っ立て小屋へと聞こえてきた。
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