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3章
26話:合理主義という非合理
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「おう、そうだな。ハイカラ野郎の話はここまでにして、そろそろジラジラの話を聞こうぜ」
『うっさい大筒! えぇとじゃあ……先日の思考汚染の話の続きだけれども、教団唯一の高校生以下のリルちゃんは、どうしてお米を盗もうと思ったのかな?』
「はい、ルルカ様……あの、リル、みんながお腹が空いているって、いつもいっているのを聞いていて……みんななにか食べないと死んじゃうと思ったんです……でも教団の畑に生えてるものだけだと、どうしても足りなくて……だからいけないとわかっていたんですけど……」
涙を浮かべてリルは訴えた。それを受けた食卓に座る者たちの表情は変わらなかったが、ルルカとヤクルはその涙を汲んであげられた。
『そっか。ちゃんと言えたね、偉い偉い。大丈夫、怒ってないよ。聞いての通り、リルちゃんはお腹が空いた教団のみんなのために盗みを働いたそう……はい! これを聞いてナナジマはどう思いましたか!』
ルルカが指差す先にいるナナジマが驚いた。
「え? 俺? いや、そりゃ……教団のルールだから、本来こいつが許さなかったら教団のルールに従うのも仕方ねぇんじゃねぇのか? ルールには従うのが道理だろ。正直まだ俺は、お前がその娘を助けたことに驚いてるくらいなんだから」
ナナジマは自身の発言を疑うことなく、素直な気持ちでそう告げていた。
『うん。みんなは? 同じ? 神官も教団のふたりも異論なし?』
各々がナナジマの発言に沈黙して同意を現した。ルルカが話す言葉の真意を汲み取ることができず、なにを言えばいいのかわからないと思われていたところだ。
『まぁそんなところだろうね。そりゃそうか。だってこれがパッチの影響だなんて考えもしないもんね――普通はルールより人命を優先するし、もっと人命を尊ぶだなんてさ』
「またパッチの話かよ……んなこといったって、盗みは悪いことに決まってんだろ。なんだ? 今度はアレか? 俺たちは思考汚染の影響でそうやって思うように仕向けられてるってか?」
『そうだなぁ……パッチが植わっていないヤクルはどう思う? やっぱり救いたい?』
ヤクルの胴体から声が聞こえた。
「俺は絶対死罪になんてさせないよ! 当たり前じゃん! 死んだらルールもなにもないし、こんな可愛い幼女がそんなことで死んでしまったほうが絶対気分悪いよ! 生きる為だったらどうぞ小麦だって野菜だって幾らでも盗んでもらって構わないよ! 事後報告だっていいし、なんならお礼も言わなくたって構わないよ!」
ヤクルの胴体は頭部の部品がないまま親指を突き立てた。
そして彼は、まるで眼鏡でも探すかのように、飛び散った頭部の部品を集めた。
『たしかにルール違反は犯したのはリルちゃんさ。盗みはよくないこと。当然それはそうだよ。でも本来、罰を下すにしても人命を重視した罰則になって然るべきなんだ』
ルルカの話すことはもっともだった。あくまで常識として盗むべからずを促しつつも、どうしてそうなのかを掘り下げる。
『世界が崩壊した以上、いまは殺しや盗みを縛る法律は存在しない。ましてやヘミュエル教団もいまは教祖なしに集まっているただのコミュニティに過ぎないんだから、無理に戒律に従う必要はないはずなんだよ。アタシたちがルールを作っていいんだ。わざわざあった不便な戒律に、寄せて捉える必要はない』
ルルカの説明にヤクルが同意した。ヤクルはルルカの誰かを救いたいという発想に共鳴していた。
「俺もそう思う。確かにリルちゃんは悪いことをしたかもしれないけど、でも俺たちが小麦を分け与えなかったら、今度は俺たちがリルちゃんや教団のみんなを見殺しにしたことになる。なにかしらの罰を下すにしても俺はそれだけは嫌だ。そういう風には考えたくない」
『そうだね。頼まれた訳ではないにしろ、教団のために盗みを働いた子どもに、持て余すだけの小麦を分けられないのはアタシも非人道的だと思う。アタシたちの領地が教団の養分を奪っていたかもしれないしね……つまり元々は、リルちゃんが盗む以前にきちんと教団からお願いされていればこじれてなかった訳だ。でもみんなはこの状況で子ども相手に、情状酌量すら無視したうえで、形骸化されているヘミュエル教団の戒律を持ち出し、それは厳格であると捉えた。盗みイコール死罪やむなしってね。これは異常なことだよ』
ルルカは「この異常さを自分とヤクル以外が捉えることができないことこそ異常だ」と話したかったが、言葉を選び、そうはいわなかった。それよりもわかりやすさを意識して続けた。
『そもそもグジパンの法律では盗みはせいぜい数年刑務所に入るか罰金程度の量刑だったんだし、子供ならもっと軽い。なのにグジパンが崩壊して、法がなくなったところに旧教団の戒律が入ってきたところで、教団の戒律を優先する発想になるのは明らかにいき過ぎだよ。向こうから裁いてほしいといってきているにも関わらず、以前存在していたヤバい戒律をわざわざ持ち出す必要なんてないでしょ。グジパンの法律がないからってカルト教団の戒律を重んじるなんてどんな合理主義さ。許すかどうかはともかく、流石に事務的過ぎて人の心がないんじゃないかな。ってアタシは思うけど』
「そうそうルルカのいう通り……ってあれ?」
ヤクルはルルカが話す内容に一時は賛同したが、各自の反応を見る限り、彼はこの違和感に不安を覚えてしまった。
『うっさい大筒! えぇとじゃあ……先日の思考汚染の話の続きだけれども、教団唯一の高校生以下のリルちゃんは、どうしてお米を盗もうと思ったのかな?』
「はい、ルルカ様……あの、リル、みんながお腹が空いているって、いつもいっているのを聞いていて……みんななにか食べないと死んじゃうと思ったんです……でも教団の畑に生えてるものだけだと、どうしても足りなくて……だからいけないとわかっていたんですけど……」
涙を浮かべてリルは訴えた。それを受けた食卓に座る者たちの表情は変わらなかったが、ルルカとヤクルはその涙を汲んであげられた。
『そっか。ちゃんと言えたね、偉い偉い。大丈夫、怒ってないよ。聞いての通り、リルちゃんはお腹が空いた教団のみんなのために盗みを働いたそう……はい! これを聞いてナナジマはどう思いましたか!』
ルルカが指差す先にいるナナジマが驚いた。
「え? 俺? いや、そりゃ……教団のルールだから、本来こいつが許さなかったら教団のルールに従うのも仕方ねぇんじゃねぇのか? ルールには従うのが道理だろ。正直まだ俺は、お前がその娘を助けたことに驚いてるくらいなんだから」
ナナジマは自身の発言を疑うことなく、素直な気持ちでそう告げていた。
『うん。みんなは? 同じ? 神官も教団のふたりも異論なし?』
各々がナナジマの発言に沈黙して同意を現した。ルルカが話す言葉の真意を汲み取ることができず、なにを言えばいいのかわからないと思われていたところだ。
『まぁそんなところだろうね。そりゃそうか。だってこれがパッチの影響だなんて考えもしないもんね――普通はルールより人命を優先するし、もっと人命を尊ぶだなんてさ』
「またパッチの話かよ……んなこといったって、盗みは悪いことに決まってんだろ。なんだ? 今度はアレか? 俺たちは思考汚染の影響でそうやって思うように仕向けられてるってか?」
『そうだなぁ……パッチが植わっていないヤクルはどう思う? やっぱり救いたい?』
ヤクルの胴体から声が聞こえた。
「俺は絶対死罪になんてさせないよ! 当たり前じゃん! 死んだらルールもなにもないし、こんな可愛い幼女がそんなことで死んでしまったほうが絶対気分悪いよ! 生きる為だったらどうぞ小麦だって野菜だって幾らでも盗んでもらって構わないよ! 事後報告だっていいし、なんならお礼も言わなくたって構わないよ!」
ヤクルの胴体は頭部の部品がないまま親指を突き立てた。
そして彼は、まるで眼鏡でも探すかのように、飛び散った頭部の部品を集めた。
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ルルカの話すことはもっともだった。あくまで常識として盗むべからずを促しつつも、どうしてそうなのかを掘り下げる。
『世界が崩壊した以上、いまは殺しや盗みを縛る法律は存在しない。ましてやヘミュエル教団もいまは教祖なしに集まっているただのコミュニティに過ぎないんだから、無理に戒律に従う必要はないはずなんだよ。アタシたちがルールを作っていいんだ。わざわざあった不便な戒律に、寄せて捉える必要はない』
ルルカの説明にヤクルが同意した。ヤクルはルルカの誰かを救いたいという発想に共鳴していた。
「俺もそう思う。確かにリルちゃんは悪いことをしたかもしれないけど、でも俺たちが小麦を分け与えなかったら、今度は俺たちがリルちゃんや教団のみんなを見殺しにしたことになる。なにかしらの罰を下すにしても俺はそれだけは嫌だ。そういう風には考えたくない」
『そうだね。頼まれた訳ではないにしろ、教団のために盗みを働いた子どもに、持て余すだけの小麦を分けられないのはアタシも非人道的だと思う。アタシたちの領地が教団の養分を奪っていたかもしれないしね……つまり元々は、リルちゃんが盗む以前にきちんと教団からお願いされていればこじれてなかった訳だ。でもみんなはこの状況で子ども相手に、情状酌量すら無視したうえで、形骸化されているヘミュエル教団の戒律を持ち出し、それは厳格であると捉えた。盗みイコール死罪やむなしってね。これは異常なことだよ』
ルルカは「この異常さを自分とヤクル以外が捉えることができないことこそ異常だ」と話したかったが、言葉を選び、そうはいわなかった。それよりもわかりやすさを意識して続けた。
『そもそもグジパンの法律では盗みはせいぜい数年刑務所に入るか罰金程度の量刑だったんだし、子供ならもっと軽い。なのにグジパンが崩壊して、法がなくなったところに旧教団の戒律が入ってきたところで、教団の戒律を優先する発想になるのは明らかにいき過ぎだよ。向こうから裁いてほしいといってきているにも関わらず、以前存在していたヤバい戒律をわざわざ持ち出す必要なんてないでしょ。グジパンの法律がないからってカルト教団の戒律を重んじるなんてどんな合理主義さ。許すかどうかはともかく、流石に事務的過ぎて人の心がないんじゃないかな。ってアタシは思うけど』
「そうそうルルカのいう通り……ってあれ?」
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