22 / 82
3章
22話:短所は長所?
しおりを挟む
「ルルカさん……どういうことですか? 私たちの頭になにか埋め込まれているんですか……!?」
『ほらね?』
ルルカのダークでビビットな笑みは、ダーツの矢が刺さるように、のゐるの胸中へストンと刺さった。
「え……」
目の前で風船が破裂したかのように面食らわされた彼女は、それがルルカによる証明なのだと認識することができなかった。
『いま、のゐるちゃんはアタシに、どうして自分たちの頭にパッチが植わっているかを質問した。でも、そもそもの本題は、爆弾で世界をやり直すなんて起きるはずがないってことだった。既に思考汚染への興味が爆発への興味を上回っているんだよね』
「……? ど、どういうことですか?」
『それが思考汚染されてるってことなのさ。選挙も王政も採択も全部でっち上げ。総意があって人類人口を減らそうとするのなら反対されようがないからね。これがヤクルが農業している間アタシが魔導書と文献を読んで調べてきたことさ』
ルルカはヤクルに起動されるまでの間、クリスタルのなかで自分をリニューアルし過ごしてきた。一五〇〇年にものぼる長い期間熟考し蓄積してきた分析力は、彼女の武器となっていた。
食卓の雰囲気が変わり、みなが箸を置いた。ヤクルは携行缶を置いた。このときのルルカは、あえてカマを掛けるような話し方をすることで、ひとつひとつ物事を証明しているようだった。
既に食卓は、絶句と呼べるほど会話が少なくなっていた。それほどルルカの語りは凄まじかった。
『それでね、黄疹って伝染病が百年くらい前に流行ったんだけど、みんな知ってるかな?』
それは彼らにとってよく知られた病気であった。
発症すると目に黄疸ができるさまから黄疹と名付けられたその伝染病は、人類人口を急速に減少させた。
「は、はいルルカさん……高校生になってから予防接種を打つものですよね。私も一昨年病院で予防接種魔法が入った薬を貰い、その場で飲まされました……それ以前は転生という手段をもって病気に対処していたんですよね?」
黄疹は特殊な魔法を身体に埋め込むため、身体が成熟した段階からの投与が相応しいとされた。のゐるは世界に爆弾が落ちる一年前、自身がその投与を受けていたことを思い出した。
『そう。とはいえ実際に転生ができたのはお金のある貴族たちや要人くらいで、一般人はその恩恵をほとんど得られなかったようだけどね。ただ、被害実数が公表されなかったことと、思考汚染が相まり、世論はほとんどなびかなかった』
ルルカはなおも説明を続ける。
『ちなみに、そのときの予防接種の魔法が思考汚染とひとくくりのパッケージになっていて、身体的恩恵と共に頭に魔法を残すことになっている。そもそも黄疹自体どこかの誰か……おそらく現代の魔王さんか、それに近い誰かが作った人工の伝染病で、実際にはその存在そのものが自作自演だってことだね』
魔術の発展により転生を用いることができるようになった人類にとって、伝染病はさほど脅威でないとされていたが、実際には多くの人々が死に絶え、いまも転生されることなく墓地に眠っている。ルルカの説明は、それすら合理性を持たされた人類が選ばされた道だという内容を含む。
『まとめると……黄疹が発覚した約百年前から、どこかの誰かが思考汚染を用いて世界征服に乗り出したということ。そしてそれは、世界再建という名のもとにうまくいってしまった。ゴーレムを率いているのなら、およそアタシと同じ妖精回路がやったことなんだろうさ』
表向きは黄疸の治療目的に施される魔法のため、実際に予防や治療としての効果は見込めるのだが、パッチとしての作用に関しては各々の察し得ないところだ。もっとも現段階では、この説明もまだ真実味を帯びてはいないが。
『……ということで、みんなはよかれと思って予防接種を受けたつもりだったけれど、実情はそれこそが滅びへの系譜だったんだね。しかも現在進行形でみんなに影響を与え続けている』
「ちょ、ちょっと待ってくださいルルカさん……そんなこといわれたって私、自分の頭に魔法を植え付けられているなんて、そんな実感ありませんよ? それに、そんなの信じたくないです……!」
のゐるが意見するように、ルルカの説明は物証に乏しく、みなそれぞれ世界が滅びることを受け入れるように思考汚染されている実感がないため、信じることが難しかった。
とはいえこれほどこの領地に繁栄を齎したルルカである。惑わす嘘を吐く必要などないため、一同は混乱するばかりだった。
『残念だけどそれをみんなが実感するように証明するには、思考汚染を解くしかない。まぁ信じられないのも無理はないよ。実害がほとんどないからね』
自らの意思だと信じていたものが機械に制御されていたものであったなどと、これまで誰が予想しただろうか。それはのゐる以外の者たちも一様に感じざるを得ない印象であった。
『そしてみんなは、合理性を促す魔法を頭に埋め込まれながら生活し、合理的に物事を整理しながら、爆弾が落ちる前の世界に小説を残してきた……ヤクル以外はね』
しかし、その思考汚染の驚きを更に上回るのは、その思考汚染が植わっていない人物が、この食卓に存在している事実なのだ。
ルルカの言葉をきっかけに一同は思い出していた。
ヤクルが高校に通わずひきこもって小説ばかり書いていたことを……。
「俺だけ思考汚染がされていない……?」
ヤクルはいじめを原因に自宅にひきこもることを決めたが、それが思考汚染を回避する結果を招いていたなどと、まさか彼自身知る由もなかった。
反対にルルカは、初めてヤクルやのゐると出会ったときから思考汚染の有無についてわかっていた。とはいえその魔法が齎す効果については、文献や魔導書を調べ、つい最近解読できたことである。
「ヤクルさん……貴方は、一体……」
のゐるは、訳がわからないまま、その凄まじさを噛み締めることしかできなかった。
『ほらね?』
ルルカのダークでビビットな笑みは、ダーツの矢が刺さるように、のゐるの胸中へストンと刺さった。
「え……」
目の前で風船が破裂したかのように面食らわされた彼女は、それがルルカによる証明なのだと認識することができなかった。
『いま、のゐるちゃんはアタシに、どうして自分たちの頭にパッチが植わっているかを質問した。でも、そもそもの本題は、爆弾で世界をやり直すなんて起きるはずがないってことだった。既に思考汚染への興味が爆発への興味を上回っているんだよね』
「……? ど、どういうことですか?」
『それが思考汚染されてるってことなのさ。選挙も王政も採択も全部でっち上げ。総意があって人類人口を減らそうとするのなら反対されようがないからね。これがヤクルが農業している間アタシが魔導書と文献を読んで調べてきたことさ』
ルルカはヤクルに起動されるまでの間、クリスタルのなかで自分をリニューアルし過ごしてきた。一五〇〇年にものぼる長い期間熟考し蓄積してきた分析力は、彼女の武器となっていた。
食卓の雰囲気が変わり、みなが箸を置いた。ヤクルは携行缶を置いた。このときのルルカは、あえてカマを掛けるような話し方をすることで、ひとつひとつ物事を証明しているようだった。
既に食卓は、絶句と呼べるほど会話が少なくなっていた。それほどルルカの語りは凄まじかった。
『それでね、黄疹って伝染病が百年くらい前に流行ったんだけど、みんな知ってるかな?』
それは彼らにとってよく知られた病気であった。
発症すると目に黄疸ができるさまから黄疹と名付けられたその伝染病は、人類人口を急速に減少させた。
「は、はいルルカさん……高校生になってから予防接種を打つものですよね。私も一昨年病院で予防接種魔法が入った薬を貰い、その場で飲まされました……それ以前は転生という手段をもって病気に対処していたんですよね?」
黄疹は特殊な魔法を身体に埋め込むため、身体が成熟した段階からの投与が相応しいとされた。のゐるは世界に爆弾が落ちる一年前、自身がその投与を受けていたことを思い出した。
『そう。とはいえ実際に転生ができたのはお金のある貴族たちや要人くらいで、一般人はその恩恵をほとんど得られなかったようだけどね。ただ、被害実数が公表されなかったことと、思考汚染が相まり、世論はほとんどなびかなかった』
ルルカはなおも説明を続ける。
『ちなみに、そのときの予防接種の魔法が思考汚染とひとくくりのパッケージになっていて、身体的恩恵と共に頭に魔法を残すことになっている。そもそも黄疹自体どこかの誰か……おそらく現代の魔王さんか、それに近い誰かが作った人工の伝染病で、実際にはその存在そのものが自作自演だってことだね』
魔術の発展により転生を用いることができるようになった人類にとって、伝染病はさほど脅威でないとされていたが、実際には多くの人々が死に絶え、いまも転生されることなく墓地に眠っている。ルルカの説明は、それすら合理性を持たされた人類が選ばされた道だという内容を含む。
『まとめると……黄疹が発覚した約百年前から、どこかの誰かが思考汚染を用いて世界征服に乗り出したということ。そしてそれは、世界再建という名のもとにうまくいってしまった。ゴーレムを率いているのなら、およそアタシと同じ妖精回路がやったことなんだろうさ』
表向きは黄疸の治療目的に施される魔法のため、実際に予防や治療としての効果は見込めるのだが、パッチとしての作用に関しては各々の察し得ないところだ。もっとも現段階では、この説明もまだ真実味を帯びてはいないが。
『……ということで、みんなはよかれと思って予防接種を受けたつもりだったけれど、実情はそれこそが滅びへの系譜だったんだね。しかも現在進行形でみんなに影響を与え続けている』
「ちょ、ちょっと待ってくださいルルカさん……そんなこといわれたって私、自分の頭に魔法を植え付けられているなんて、そんな実感ありませんよ? それに、そんなの信じたくないです……!」
のゐるが意見するように、ルルカの説明は物証に乏しく、みなそれぞれ世界が滅びることを受け入れるように思考汚染されている実感がないため、信じることが難しかった。
とはいえこれほどこの領地に繁栄を齎したルルカである。惑わす嘘を吐く必要などないため、一同は混乱するばかりだった。
『残念だけどそれをみんなが実感するように証明するには、思考汚染を解くしかない。まぁ信じられないのも無理はないよ。実害がほとんどないからね』
自らの意思だと信じていたものが機械に制御されていたものであったなどと、これまで誰が予想しただろうか。それはのゐる以外の者たちも一様に感じざるを得ない印象であった。
『そしてみんなは、合理性を促す魔法を頭に埋め込まれながら生活し、合理的に物事を整理しながら、爆弾が落ちる前の世界に小説を残してきた……ヤクル以外はね』
しかし、その思考汚染の驚きを更に上回るのは、その思考汚染が植わっていない人物が、この食卓に存在している事実なのだ。
ルルカの言葉をきっかけに一同は思い出していた。
ヤクルが高校に通わずひきこもって小説ばかり書いていたことを……。
「俺だけ思考汚染がされていない……?」
ヤクルはいじめを原因に自宅にひきこもることを決めたが、それが思考汚染を回避する結果を招いていたなどと、まさか彼自身知る由もなかった。
反対にルルカは、初めてヤクルやのゐると出会ったときから思考汚染の有無についてわかっていた。とはいえその魔法が齎す効果については、文献や魔導書を調べ、つい最近解読できたことである。
「ヤクルさん……貴方は、一体……」
のゐるは、訳がわからないまま、その凄まじさを噛み締めることしかできなかった。
1
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~
昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。
人生フリーフォールの僕が、スキル【大落下】で逆に急上昇してしまった件~世のため人のためみんなのために戦ってたら知らぬ間に最強になってました
THE TAKE
ファンタジー
落ちて落ちて落ちてばかりな人生を過ごしてきた高校生の僕【大楽 歌(オオラク ウタ)】は、諦めずコツコツと努力に努力を積み重ね、ついに初めての成功を掴み取った。……だったのに、橋から落ちて流されて、気付けば知らない世界の空から落ちてました。
神から与えられしスキル【大落下】を駆使し、落ちっぱなしだった僕の人生を変えるため、そしてかけがえのない人たちを守るため、また一から人生をやり直します!
好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)
朽縄咲良
ファンタジー
【HJ小説大賞2020後期1次選考通過作品(ノベルアッププラスにて)】
バルサ王国首都チュプリの夜の街を闊歩する、自称「天下無敵の色事師」ジャスミンが、自分の下半身の不始末から招いたピンチ。その危地を救ってくれたラバッテリア教の大教主に誘われ、神殿の下働きとして身を隠す。
それと同じ頃、バルサ王国東端のダリア山では、最近メキメキと発展し、王国の平和を脅かすダリア傭兵団と、王国最強のワイマーレ騎士団が激突する。
ワイマーレ騎士団の圧勝かと思われたその時、ダリア傭兵団団長シュダと、謎の老女が戦場に現れ――。
ジャスミンは、口先とハッタリと機転で、一筋縄ではいかない状況を飄々と渡り歩いていく――!
天下無敵の色事師ジャスミン。
新米神官パーム。
傭兵ヒース。
ダリア傭兵団団長シュダ。
銀の死神ゼラ。
復讐者アザレア。
…………
様々な人物が、徐々に絡まり、収束する……
壮大(?)なハイファンタジー!
*表紙イラストは、澄石アラン様から頂きました! ありがとうございます!
・小説家になろう、ノベルアッププラスにも掲載しております(一部加筆・補筆あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる