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3章

22話:短所は長所?

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「ルルカさん……どういうことですか? 私たちの頭になにか埋め込まれているんですか……!?」

ほらね・・・?』

 ルルカのダークでビビットな笑みは、ダーツの矢が刺さるように、のゐるの胸中へストンと刺さった。

「え……」

 目の前で風船が破裂したかのように面食らわされた彼女は、それがルルカによる証明・・なのだと認識することができなかった。

『いま、のゐるちゃんはアタシに、どうして自分たちの頭にパッチが植わっているかを質問した。でも、そもそもの本題は、爆弾で世界をやり直すなんて起きるはずがないってことだった。既に思考汚染への興味が爆発への興味を上回っている・・・・・・んだよね』

「……? ど、どういうことですか?」

『それが思考汚染されてるってことなのさ。選挙も王政も採択も全部でっち上げ。総意があって人類人口を減らそうとするのなら反対されようがないからね。これがヤクルが農業している間アタシが魔導書と文献を読んで調べてきたことさ』

 ルルカはヤクルに起動されるまでの間、クリスタルのなかで自分をリニューアルし過ごしてきた。一五〇〇年にものぼる長い期間熟考し蓄積してきた分析力は、彼女の武器となっていた。

 食卓の雰囲気が変わり、みなが箸を置いた。ヤクルは携行缶を置いた。このときのルルカは、あえてカマを掛けるような話し方をすることで、ひとつひとつ物事を証明しているようだった。

 既に食卓は、絶句と呼べるほど会話が少なくなっていた。それほどルルカの語りは凄まじかった。

『それでね、黄疹おうしんって伝染病が百年くらい前に流行ったんだけど、みんな知ってるかな?』

 それは彼らにとってよく知られた病気であった。

 発症すると目に黄疸ができるさまから黄疹と名付けられたその伝染病は、人類人口を急速に減少させた。

「は、はいルルカさん……高校生になってから予防接種を打つものですよね。私も一昨年病院で予防接種魔法が入った薬を貰い、その場で飲まされました……それ以前は転生・・という手段をもって病気に対処していたんですよね?」

 黄疹は特殊な魔法を身体に埋め込むため、身体が成熟した段階からの投与が相応しいとされた。のゐるは世界に爆弾が落ちる一年前、自身がその投与を受けていたことを思い出した。

『そう。とはいえ実際に転生ができたのはお金のある貴族たちや要人くらいで、一般人はその恩恵をほとんど得られなかったようだけどね。ただ、被害実数が公表されなかったことと、思考汚染が相まり、世論はほとんどなびかなかった』

 ルルカはなおも説明を続ける。

『ちなみに、そのときの予防接種の魔法が思考汚染とひとくくりのパッケージになっていて、身体的恩恵と共に頭に魔法パッチを残すことになっている。そもそも黄疹自体どこかの誰か……おそらく現代の魔王さんか、それに近い誰かが作った人工の伝染病で、実際にはその存在そのものが自作自演・・・・だってことだね』

 魔術の発展により転生を用いることができるようになった人類にとって、伝染病はさほど脅威でないとされていたが、実際には多くの人々が死に絶え、いまも転生されることなく・・・・・・・墓地に眠っている。ルルカの説明は、それすら合理性を持たされた人類が選ばされた道だという内容を含む。

『まとめると……黄疹が発覚した約百年前から、どこかの誰かが思考汚染を用いて世界征服に乗り出したということ。そしてそれは、世界再建という名のもとにうまくいってしまった。ゴーレムを率いているのなら、およそアタシと同じ妖精回路がやったことなんだろうさ』

 表向きは黄疸の治療目的に施される魔法のため、実際に予防や治療としての効果は見込めるのだが、パッチとしての作用に関しては各々の察し得ないところだ。もっとも現段階では、この説明もまだ真実味を帯びてはいないが。

『……ということで、みんなはよかれと思って予防接種を受けたつもりだったけれど、実情はそれこそが滅びへの系譜だったんだね。しかも現在進行形でみんなに影響を与え続けている・・・・・

「ちょ、ちょっと待ってくださいルルカさん……そんなこといわれたって私、自分の頭に魔法を植え付けられているなんて、そんな実感ありませんよ? それに、そんなの信じたくないです……!」

 のゐるが意見するように、ルルカの説明は物証に乏しく、みなそれぞれ世界が滅びることを受け入れるように思考汚染されている実感がない・・・・・ため、信じることが難しかった。

 とはいえこれほどこの領地に繁栄を齎したルルカである。惑わす嘘を吐く必要などないため、一同は混乱するばかりだった。

『残念だけどそれをみんなが実感するように証明するには、思考汚染を解くしかない。まぁ信じられないのも無理はないよ。実害がほとんどないからね』

 自らの意思だと信じていたものが機械に制御されていたものであったなどと、これまで誰が予想しただろうか。それはのゐる以外の者たちも一様に感じざるを得ない印象であった。

『そしてみんなは、合理性を促す魔法を頭に埋め込まれながら生活し、合理的に物事を整理しながら、爆弾が落ちる前の世界に小説を残してきた……ヤクル以外・・・・・はね』

 しかし、その思考汚染の驚きを更に上回るのは、その思考汚染が植わっていない人物が、この食卓に存在している事実なのだ。

 ルルカの言葉をきっかけに一同は思い出していた。

 ヤクルこの男が高校に通わずひきこもって小説ばかり書いていたことを……。



「俺だけ思考汚染がされていない……?」

 ヤクルはいじめを原因に自宅にひきこもることを決めたが、それが思考汚染を回避する結果を招いていたなどと、まさか彼自身知る由もなかった。

 反対にルルカは、初めてヤクルやのゐると出会ったときから思考汚染の有無についてわかっていた。とはいえその魔法が齎す効果については、文献や魔導書を調べ、つい最近解読できたことである。

「ヤクルさん……貴方は、一体……」

 のゐるは、訳がわからないまま、その凄まじさを噛み締めることしかできなかった。
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