21 / 82
3章
21話:戦慄
しおりを挟む
「ヤクルン、明日はもっと奥の畑に田植えしてね。僕としてはルルカさんの農業計画にあわせてほしいし」
「ヤクルン、工場もつくって大忙しだね。あたしは力仕事パス。せめてもうすこし人がいれば、この農地も領地っていえるくらい合理化できると思うんだけどね」
ヤクルをヤクルンと呼ぶ猫耳少女たちは、和久井ヒナタとヒカゲ姉妹だ。見た目はのゐると同じくらいかすこし小さいほどの体格であるが、見かけによらずナナジマより年上の二十八歳で、書籍の売り上げが食卓のなかで最も多い。
ナナジマと比べると揃って表情が薄く口数が乏しいので現状二人はまだあまり区別されていないが、ヒナタが書いたプロットをヒカゲが小説に起こす珍しい作家コンビだ。
自己主張が強く一人称が「僕」なのが姉のヒナタでプロット担当。何事も面倒臭がるのが妹のヒカゲで執筆担当である。
容姿も発想も似ているので、周囲は「和久井姉妹」として捉えており、あまり区別されていない。
「た、田植えに工場に人集めですか……和久井先生方シビアですね……が、がんばります」
「いや、ヤクルンがんばりすぎだよ。僕もヒカゲのいう通りだと思うよ。人が少ないからしょうがないって。いくら世界最強でもひとりだしさ」
「ヒナタのいう通り。あたしたちモノ書きなんだから元来ワガママな生き物だし、自由にやってよ。そもそも人少ないし。そんなにブーストかけなくてもさ。気負いするならゆっくりやってね」
たしかに双子のいう通り、この農地に対しあまりにも人が少なすぎた。特段ほかの面々はヤクルに比べなにか作業に長けている訳でもないため、ほとんど彼がひとりで作業している。
この規模の領地を最大限活用するのであれば作業に長ける人がもう数百人は必要だ。それだけの畑が実らせる食糧があっても持て余すだけではあるが、いくらヤクルが百人力、千人力の力を発揮したところで、彼ひとりでは同時並行でき得る作業の数に限度があった。
和久井姉妹の言葉に自信をなくすヤクルではあったが、先の怪光線からヤクルの実力はみなに知れ渡っていた。だからこそ彼は周囲に認められていたし、信頼されているからこそ姉妹も遠慮なしにヤクルへ言葉をかけている。
そしてなにより、ヤクルはこの新世界で人々の役に立てていたことが嬉しかった。一緒に作家たちが暮らしてくれることが自分を認めてくれている表れだと感じられて、ただそれだけでも嬉しかった。
『コホン、アタシも話していいかな』
クリスタルから映し出されるルルカが話題を遮った。今日で新世界で農業をはじめて一年になる。現状を振り返るには丁度いいタイミングであった。
『えぇと、それじゃあ今日はこれから――この世界でいま、なにが起きているのかを話すよ』
このときのルルカの表情は、ヤクルとのゐるが初めて彼女に出会ったときのものによく似ていた。およそこの一年見ることがなかった久しきマッドサイエンティストのようなニヤケ顔が、怪しき含みを持って再び彼らの前に現れていた。
ルルカの一言は一同が座るこの空間にひとときの静寂を生み出していたが、待ちきれなくなったナナジマが彼女へと返事した。
「なにが起きてるって……みんな知っての通りだろ。爆弾が爆発してたくさんの人が死んだんだよ。生き残った俺たちはサバイバルをしている。そんだけだ」
『なんで?』
「あ?」
ナナジマは純粋に意味がわからず、そのように聞くしかなかった。とはいえやり取りが成立していない訳ではない。
ルルカが真に一同へ質問したいことが、このなんで? には込められているのだ。
『ナナジマの言うことは正しいよ。でも、どうしてこんなことが起きているのか、みんなはこれまで考えてこなかった。本来爆弾で世界をやり直すなんてさ、こんなこと起きるはずがないんだよ。あり得ないのさ』
「……どういうことだよ?」
『この状況が普通ではないってことさ。あぁ、普通ではないとは思ってるかもしれないけれど、こんな風に人類が滅亡を受け入れることがおかしいっていう風には、なかなか思えなかったかな』
「……ルルカさん?」
ルルカは、諭すような、小馬鹿にするような振る舞いだった。その事実が難解すぎたからか、この瞬間そこにいる誰もがルルカが話す真意に気づくことができなかった。
とはいえ次のルルカの一言もまた、理に敵っていたというのに、あまりにも突き抜けていて、誰の理解をも置き去りにするに容易だった。
『だってみんなは、知らないうちに頭に思考汚染魔法を埋め込まれて、思考と認識がロックされているもんねぇ。合理的な解釈を促され、人類が人類人口を大きく減らす採択をしたことについて、掘り下げたり想像したりできないようにされているんだからそりゃそうか』
一同に戦慄走る――。
「ヤクルン、工場もつくって大忙しだね。あたしは力仕事パス。せめてもうすこし人がいれば、この農地も領地っていえるくらい合理化できると思うんだけどね」
ヤクルをヤクルンと呼ぶ猫耳少女たちは、和久井ヒナタとヒカゲ姉妹だ。見た目はのゐると同じくらいかすこし小さいほどの体格であるが、見かけによらずナナジマより年上の二十八歳で、書籍の売り上げが食卓のなかで最も多い。
ナナジマと比べると揃って表情が薄く口数が乏しいので現状二人はまだあまり区別されていないが、ヒナタが書いたプロットをヒカゲが小説に起こす珍しい作家コンビだ。
自己主張が強く一人称が「僕」なのが姉のヒナタでプロット担当。何事も面倒臭がるのが妹のヒカゲで執筆担当である。
容姿も発想も似ているので、周囲は「和久井姉妹」として捉えており、あまり区別されていない。
「た、田植えに工場に人集めですか……和久井先生方シビアですね……が、がんばります」
「いや、ヤクルンがんばりすぎだよ。僕もヒカゲのいう通りだと思うよ。人が少ないからしょうがないって。いくら世界最強でもひとりだしさ」
「ヒナタのいう通り。あたしたちモノ書きなんだから元来ワガママな生き物だし、自由にやってよ。そもそも人少ないし。そんなにブーストかけなくてもさ。気負いするならゆっくりやってね」
たしかに双子のいう通り、この農地に対しあまりにも人が少なすぎた。特段ほかの面々はヤクルに比べなにか作業に長けている訳でもないため、ほとんど彼がひとりで作業している。
この規模の領地を最大限活用するのであれば作業に長ける人がもう数百人は必要だ。それだけの畑が実らせる食糧があっても持て余すだけではあるが、いくらヤクルが百人力、千人力の力を発揮したところで、彼ひとりでは同時並行でき得る作業の数に限度があった。
和久井姉妹の言葉に自信をなくすヤクルではあったが、先の怪光線からヤクルの実力はみなに知れ渡っていた。だからこそ彼は周囲に認められていたし、信頼されているからこそ姉妹も遠慮なしにヤクルへ言葉をかけている。
そしてなにより、ヤクルはこの新世界で人々の役に立てていたことが嬉しかった。一緒に作家たちが暮らしてくれることが自分を認めてくれている表れだと感じられて、ただそれだけでも嬉しかった。
『コホン、アタシも話していいかな』
クリスタルから映し出されるルルカが話題を遮った。今日で新世界で農業をはじめて一年になる。現状を振り返るには丁度いいタイミングであった。
『えぇと、それじゃあ今日はこれから――この世界でいま、なにが起きているのかを話すよ』
このときのルルカの表情は、ヤクルとのゐるが初めて彼女に出会ったときのものによく似ていた。およそこの一年見ることがなかった久しきマッドサイエンティストのようなニヤケ顔が、怪しき含みを持って再び彼らの前に現れていた。
ルルカの一言は一同が座るこの空間にひとときの静寂を生み出していたが、待ちきれなくなったナナジマが彼女へと返事した。
「なにが起きてるって……みんな知っての通りだろ。爆弾が爆発してたくさんの人が死んだんだよ。生き残った俺たちはサバイバルをしている。そんだけだ」
『なんで?』
「あ?」
ナナジマは純粋に意味がわからず、そのように聞くしかなかった。とはいえやり取りが成立していない訳ではない。
ルルカが真に一同へ質問したいことが、このなんで? には込められているのだ。
『ナナジマの言うことは正しいよ。でも、どうしてこんなことが起きているのか、みんなはこれまで考えてこなかった。本来爆弾で世界をやり直すなんてさ、こんなこと起きるはずがないんだよ。あり得ないのさ』
「……どういうことだよ?」
『この状況が普通ではないってことさ。あぁ、普通ではないとは思ってるかもしれないけれど、こんな風に人類が滅亡を受け入れることがおかしいっていう風には、なかなか思えなかったかな』
「……ルルカさん?」
ルルカは、諭すような、小馬鹿にするような振る舞いだった。その事実が難解すぎたからか、この瞬間そこにいる誰もがルルカが話す真意に気づくことができなかった。
とはいえ次のルルカの一言もまた、理に敵っていたというのに、あまりにも突き抜けていて、誰の理解をも置き去りにするに容易だった。
『だってみんなは、知らないうちに頭に思考汚染魔法を埋め込まれて、思考と認識がロックされているもんねぇ。合理的な解釈を促され、人類が人類人口を大きく減らす採択をしたことについて、掘り下げたり想像したりできないようにされているんだからそりゃそうか』
一同に戦慄走る――。
1
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)
朽縄咲良
ファンタジー
【HJ小説大賞2020後期1次選考通過作品(ノベルアッププラスにて)】
バルサ王国首都チュプリの夜の街を闊歩する、自称「天下無敵の色事師」ジャスミンが、自分の下半身の不始末から招いたピンチ。その危地を救ってくれたラバッテリア教の大教主に誘われ、神殿の下働きとして身を隠す。
それと同じ頃、バルサ王国東端のダリア山では、最近メキメキと発展し、王国の平和を脅かすダリア傭兵団と、王国最強のワイマーレ騎士団が激突する。
ワイマーレ騎士団の圧勝かと思われたその時、ダリア傭兵団団長シュダと、謎の老女が戦場に現れ――。
ジャスミンは、口先とハッタリと機転で、一筋縄ではいかない状況を飄々と渡り歩いていく――!
天下無敵の色事師ジャスミン。
新米神官パーム。
傭兵ヒース。
ダリア傭兵団団長シュダ。
銀の死神ゼラ。
復讐者アザレア。
…………
様々な人物が、徐々に絡まり、収束する……
壮大(?)なハイファンタジー!
*表紙イラストは、澄石アラン様から頂きました! ありがとうございます!
・小説家になろう、ノベルアッププラスにも掲載しております(一部加筆・補筆あり)。
転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~
昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる