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2章
16話:見据える未来
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『改造完了! 体力99999! 攻撃力99999! 防御力99999! 素早さ99999! 知能5! これが新生七尾ヤクルだぁ!!!』
「知能5!!? 俺知能5!!?」
ようやくヤクルが改造アームから開放された。のゐるがルルカへと声をかける。
「あの、ルルカさん、ヤクルさんの知能って上げられないのでしょうか……?」
『無理! アイデンティティがなくなるから!』
「あ、はい、そうですね」
ルルカの紛れもない正論に、のゐるは質問を撤回した。
「のゐる先生!!? そこ納得するところなんですか!!?」
「そのままのヤクルさんが一番だって、ルルカさんはわかってくれたってことですよ……ぷっ」
「いや笑ってますよね!!?」
ヤクルは改造手術をされてはしまったが、三人はそれをきっかけに打ち解けつつあった。ルルカがヤクルを復讐の道具という悪意に満ちたものとして利用したい訳ではないことが明白だったからだ。まだお互い知らないことばかりではあるが、ルルカが復讐心を納めてくれたことで雰囲気は一気に明るくなった。
のゐるは、ヤクルとルルカのやり取りを面白おかしく見ていたが、それと同じくらい頼り甲斐のあるルルカが仲間になってくれたことを喜んでいた。
「うぉおおおおおお!!? ルルカ!!? ルルカさん!!? 俺の身体がすっごいぐにゃぐにゃになっちゃったよ!!! バネのおもちゃみたいにねじれちゃったよ!!! ちょ、え、マジか! 助け……助けて!!!」
『うおぉ人体の不思議ここに極まれり……いけ! もっとねじれろ!』
のゐるは、ふたりが廃屋の外に飛び出して行ったさまを微笑みながら見ていた。
彼女は先ほどクリスタルに映る心象風景を介してルルカの生きざまを見ていたが、同じように孤独を味わっている彼女に親近感があった。誰の意見も聞かず、自分の世界に閉じこもり、すべてを諦めていたルルカのそのさまが、ヤクルに救われる前の自分によく似ている気がしていた。
そしてだからこそ、のゐるは人の心の氷を溶かすことができるヤクルの実力を讃えていた。それだけ彼女はヤクルに出会うまでの間堕ちるところまで堕ちていたし、いま這い上がってここに立っているという実感があった。そしていまルルカの騒動を受け、さらにヤクルの実力を噛みしめている。
「すごいですヤクルさん……あなたならきっと……」
のゐるはヤクルの将来性に期待していた。ヤクルであればきっとこのディストピアでも活躍してくれるかもしれない。ふざけた男ではあるが、真剣にその振る舞いは評価できた。
あれだけ気難しく見えたルルカのことを懐柔し、見事に仲間にしてみせた。これはのゐるには真似できない、尊敬に値する偉業である。
また、のゐるは自分すらヤクルに懐柔させられていることを素直に受け入れていた。のゐるはそれほどヤクルを評価していたし、作品を理解して貰えたことが嬉しかった。
『――すごいですヤクルさん、あなたならきっと……なに? のゐるちゃん』
のゐるの視界に、突然クリスタルが入って来た。宙に映し出されたルルカが、やはり嫌らしいニヤけ顔で彼女のことを覗き込んでいた。
「聞いていたんですか。というかまだ名乗ってないのに私の名前……」
『うん、ヤクルの知識を覗かせてもらったからね。さっき何度か呼んでたし。それで? ヤクルならきっと?』
「いえ、その……」
『当ててあげるよ! スバリ、あなたならきっと大変なこの世のなかでも、その人心掌握術でたくさんの偉いひとを懐柔して、よりよい世界へと導くことができるでしょう! こんな感じ?』
「え、えぇ……大体そんな感じです……あと、それもそうですが……」
『それもそうですが?』
楽しそうなルルカの横槍はおおよそ当たっていた。のゐるは、これほど感受性豊かで、誰の心にも感情移入できる純粋なヤクルに、この壊れてしまった世界を導くリーダーになってもらいたいという想いを抱いていた。
そして、それを踏まえて、のゐるは更に感じていることがあった。
「私はいま、すごく光栄だなって思っているんです」
『光栄?』
「はい。私たち昨日、世界再起動案というなんだかよくわからない再建計画で、飛行船に乗せられたんです。世界の再起動に小説家たちを選んだから集まってください、それなりの扱いをします、って……」
『なるほどね。なんでも準備して貰えると思ってたからそんなに軽装なんだ。ということは、のゐるちゃんはプロの小説家さんなんだね。ヤクルがコネ作家っていってたけど、それはのゐるちゃんのコネなんだ』
「は、はい。それで昨日、世界再起動を冠した爆発が起きて……そこまでは聞いていた通りだったんですが、ずっと鼻歌を歌ってるゴーレムから崩壊した世界にパラシュートで降りるようにいわれて、降りてきたら今度は食べ物なんてなにもなくて……」
『鼻歌を歌うゴーレムなんて珍しいね。ましてや非合理を訴えてきている。じゃあその言い方だと、あそこにある食べかけの食べ物とかはヤクルが準備してくれたってことなの?』
「は、はい。そうです。それはヤクルさんの固有スキルで。きっと私は、ヤクルさんがいなかったらこの先野垂死ぬしかなかったと思うんです。それに、こうしてルルカさんに出会うこともできなかったと思います」
『なるほどねー。でもすごいねのゐるちゃん、その歳で作家なんて。きっとのゐるちゃんがヤクルとアタシをその実力で引き寄せたのかもね』
ルルカはのゐるの人柄のよさを汲み取ってそういったが、のゐるは本心でそれを否定した。
「いえ、私は反対に……自分はヤクルさんから拾って貰ったって思ってるんです。ヤクルさんってゴミ拾いの固有スキルを持っているんですが、たぶんそれで無意識に拾い上げてくれたんだと思うんです。それに、ヤクルさんに出会う前の私は……もう二度と小説なんて書けないって思い込んで腐ってて……それこそゴミみたいな生き様をしていたので……」
『ふぅん、それで光栄かぁ……でも、のゐるちゃんがゴミねぇ……じゃ、同じくヤクルに拾われたアタシもゴミか』
「あ、いえそんな! ルルカさんにそんな風にいったつもりじゃなくて……! 私はただ、ヤクルさんが私のことを拾ってくれたんだって思って……その……」
ルルカを怒らせてはいけないと、慌てて否定するのゐる。しかし、ルルカは先ほどのように狂気を露にして怒り出すどころか、へらへらと余裕の笑みを浮かべていた。
『あぁ、いいのいいの。アタシの場合誰かに利用されるくらいなら、ゴミとでも捉えてくれていたほうが気が楽だし……今度から、捨てられた魔王とでも名乗っておこうかな』
ルルカが自嘲気味にいうように、彼女は魔王だった。しかしそれは大昔のことであり、いつの間にか忘れられ、いまはその座に就いていない。
のゐるは、はじめルルカが妖精回路であることから、ルルカと飛行船のゴーレムには繋がりがあるのではと疑ったが、ルルカが誰とも関わらず引きこもっていたことから、飛行船のゴーレムと関係はないと理解していた。
しかしそうなると、ルルカの座をどこかの誰かが継ぎ、現代の魔王があのマスク姿のゴーレムを従えているのだと考えられた。この図式についてのゐるは気が付いており、またヤクルから知識を吸い取っていたルルカも同じく気が付いていたが、ゴーレムへの情報がないこの時点でまだそれほど深く話そうとは思えず、いまはただ親交を深めたいと考えていた。
「そっか、ルルカさんが原初の魔王さんなんですね……それなら、拾われた魔王にしましょうよ。私もルルカさんと同じ、拾われた小説家です」
のゐるは、この出会いに感謝していた。それだけ彼女はヤクルに勇気づけられていたし、ふたりにこの先の未来を生き抜く希望を見据えていた。
「改めてルルカさん。ヤクルさんを改造してくれてありがとうございます。って、ヤクルさんがどう思ってるか聞いてないですけど……これで私たち、悪いゴーレムやドラゴンに襲われても、野垂れ死にせずに済むようになりました」
『いい子だねぇのゐるちゃんは……アタシはのゐるちゃんは次の王様にピッタリだと思うけどね。ま、のゐるちゃんがヤクルを作家にしなかったら、いまごろヤクルは爆発に巻き込まれて死んでただろうさ。アタシも優しそうな人たちに拾われて嬉しいよ』
「はい。私も、ヤクルさんに拾ってもらえて嬉しかったです。ルルカさん、よかったらこれからもよろしくお願いできないでしょうか……?」
『もちろん。いまさらだよ。それにしても、のゐるちゃんは見たままのいい子だねぇ。ところでアタシの魔力網によると、この建物あと三秒後に強盗に襲われるんだけど、なにか準備してるの?』
「えっ、ちょっとルルカさん、いまなんて……!?」
「知能5!!? 俺知能5!!?」
ようやくヤクルが改造アームから開放された。のゐるがルルカへと声をかける。
「あの、ルルカさん、ヤクルさんの知能って上げられないのでしょうか……?」
『無理! アイデンティティがなくなるから!』
「あ、はい、そうですね」
ルルカの紛れもない正論に、のゐるは質問を撤回した。
「のゐる先生!!? そこ納得するところなんですか!!?」
「そのままのヤクルさんが一番だって、ルルカさんはわかってくれたってことですよ……ぷっ」
「いや笑ってますよね!!?」
ヤクルは改造手術をされてはしまったが、三人はそれをきっかけに打ち解けつつあった。ルルカがヤクルを復讐の道具という悪意に満ちたものとして利用したい訳ではないことが明白だったからだ。まだお互い知らないことばかりではあるが、ルルカが復讐心を納めてくれたことで雰囲気は一気に明るくなった。
のゐるは、ヤクルとルルカのやり取りを面白おかしく見ていたが、それと同じくらい頼り甲斐のあるルルカが仲間になってくれたことを喜んでいた。
「うぉおおおおおお!!? ルルカ!!? ルルカさん!!? 俺の身体がすっごいぐにゃぐにゃになっちゃったよ!!! バネのおもちゃみたいにねじれちゃったよ!!! ちょ、え、マジか! 助け……助けて!!!」
『うおぉ人体の不思議ここに極まれり……いけ! もっとねじれろ!』
のゐるは、ふたりが廃屋の外に飛び出して行ったさまを微笑みながら見ていた。
彼女は先ほどクリスタルに映る心象風景を介してルルカの生きざまを見ていたが、同じように孤独を味わっている彼女に親近感があった。誰の意見も聞かず、自分の世界に閉じこもり、すべてを諦めていたルルカのそのさまが、ヤクルに救われる前の自分によく似ている気がしていた。
そしてだからこそ、のゐるは人の心の氷を溶かすことができるヤクルの実力を讃えていた。それだけ彼女はヤクルに出会うまでの間堕ちるところまで堕ちていたし、いま這い上がってここに立っているという実感があった。そしていまルルカの騒動を受け、さらにヤクルの実力を噛みしめている。
「すごいですヤクルさん……あなたならきっと……」
のゐるはヤクルの将来性に期待していた。ヤクルであればきっとこのディストピアでも活躍してくれるかもしれない。ふざけた男ではあるが、真剣にその振る舞いは評価できた。
あれだけ気難しく見えたルルカのことを懐柔し、見事に仲間にしてみせた。これはのゐるには真似できない、尊敬に値する偉業である。
また、のゐるは自分すらヤクルに懐柔させられていることを素直に受け入れていた。のゐるはそれほどヤクルを評価していたし、作品を理解して貰えたことが嬉しかった。
『――すごいですヤクルさん、あなたならきっと……なに? のゐるちゃん』
のゐるの視界に、突然クリスタルが入って来た。宙に映し出されたルルカが、やはり嫌らしいニヤけ顔で彼女のことを覗き込んでいた。
「聞いていたんですか。というかまだ名乗ってないのに私の名前……」
『うん、ヤクルの知識を覗かせてもらったからね。さっき何度か呼んでたし。それで? ヤクルならきっと?』
「いえ、その……」
『当ててあげるよ! スバリ、あなたならきっと大変なこの世のなかでも、その人心掌握術でたくさんの偉いひとを懐柔して、よりよい世界へと導くことができるでしょう! こんな感じ?』
「え、えぇ……大体そんな感じです……あと、それもそうですが……」
『それもそうですが?』
楽しそうなルルカの横槍はおおよそ当たっていた。のゐるは、これほど感受性豊かで、誰の心にも感情移入できる純粋なヤクルに、この壊れてしまった世界を導くリーダーになってもらいたいという想いを抱いていた。
そして、それを踏まえて、のゐるは更に感じていることがあった。
「私はいま、すごく光栄だなって思っているんです」
『光栄?』
「はい。私たち昨日、世界再起動案というなんだかよくわからない再建計画で、飛行船に乗せられたんです。世界の再起動に小説家たちを選んだから集まってください、それなりの扱いをします、って……」
『なるほどね。なんでも準備して貰えると思ってたからそんなに軽装なんだ。ということは、のゐるちゃんはプロの小説家さんなんだね。ヤクルがコネ作家っていってたけど、それはのゐるちゃんのコネなんだ』
「は、はい。それで昨日、世界再起動を冠した爆発が起きて……そこまでは聞いていた通りだったんですが、ずっと鼻歌を歌ってるゴーレムから崩壊した世界にパラシュートで降りるようにいわれて、降りてきたら今度は食べ物なんてなにもなくて……」
『鼻歌を歌うゴーレムなんて珍しいね。ましてや非合理を訴えてきている。じゃあその言い方だと、あそこにある食べかけの食べ物とかはヤクルが準備してくれたってことなの?』
「は、はい。そうです。それはヤクルさんの固有スキルで。きっと私は、ヤクルさんがいなかったらこの先野垂死ぬしかなかったと思うんです。それに、こうしてルルカさんに出会うこともできなかったと思います」
『なるほどねー。でもすごいねのゐるちゃん、その歳で作家なんて。きっとのゐるちゃんがヤクルとアタシをその実力で引き寄せたのかもね』
ルルカはのゐるの人柄のよさを汲み取ってそういったが、のゐるは本心でそれを否定した。
「いえ、私は反対に……自分はヤクルさんから拾って貰ったって思ってるんです。ヤクルさんってゴミ拾いの固有スキルを持っているんですが、たぶんそれで無意識に拾い上げてくれたんだと思うんです。それに、ヤクルさんに出会う前の私は……もう二度と小説なんて書けないって思い込んで腐ってて……それこそゴミみたいな生き様をしていたので……」
『ふぅん、それで光栄かぁ……でも、のゐるちゃんがゴミねぇ……じゃ、同じくヤクルに拾われたアタシもゴミか』
「あ、いえそんな! ルルカさんにそんな風にいったつもりじゃなくて……! 私はただ、ヤクルさんが私のことを拾ってくれたんだって思って……その……」
ルルカを怒らせてはいけないと、慌てて否定するのゐる。しかし、ルルカは先ほどのように狂気を露にして怒り出すどころか、へらへらと余裕の笑みを浮かべていた。
『あぁ、いいのいいの。アタシの場合誰かに利用されるくらいなら、ゴミとでも捉えてくれていたほうが気が楽だし……今度から、捨てられた魔王とでも名乗っておこうかな』
ルルカが自嘲気味にいうように、彼女は魔王だった。しかしそれは大昔のことであり、いつの間にか忘れられ、いまはその座に就いていない。
のゐるは、はじめルルカが妖精回路であることから、ルルカと飛行船のゴーレムには繋がりがあるのではと疑ったが、ルルカが誰とも関わらず引きこもっていたことから、飛行船のゴーレムと関係はないと理解していた。
しかしそうなると、ルルカの座をどこかの誰かが継ぎ、現代の魔王があのマスク姿のゴーレムを従えているのだと考えられた。この図式についてのゐるは気が付いており、またヤクルから知識を吸い取っていたルルカも同じく気が付いていたが、ゴーレムへの情報がないこの時点でまだそれほど深く話そうとは思えず、いまはただ親交を深めたいと考えていた。
「そっか、ルルカさんが原初の魔王さんなんですね……それなら、拾われた魔王にしましょうよ。私もルルカさんと同じ、拾われた小説家です」
のゐるは、この出会いに感謝していた。それだけ彼女はヤクルに勇気づけられていたし、ふたりにこの先の未来を生き抜く希望を見据えていた。
「改めてルルカさん。ヤクルさんを改造してくれてありがとうございます。って、ヤクルさんがどう思ってるか聞いてないですけど……これで私たち、悪いゴーレムやドラゴンに襲われても、野垂れ死にせずに済むようになりました」
『いい子だねぇのゐるちゃんは……アタシはのゐるちゃんは次の王様にピッタリだと思うけどね。ま、のゐるちゃんがヤクルを作家にしなかったら、いまごろヤクルは爆発に巻き込まれて死んでただろうさ。アタシも優しそうな人たちに拾われて嬉しいよ』
「はい。私も、ヤクルさんに拾ってもらえて嬉しかったです。ルルカさん、よかったらこれからもよろしくお願いできないでしょうか……?」
『もちろん。いまさらだよ。それにしても、のゐるちゃんは見たままのいい子だねぇ。ところでアタシの魔力網によると、この建物あと三秒後に強盗に襲われるんだけど、なにか準備してるの?』
「えっ、ちょっとルルカさん、いまなんて……!?」
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