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2章
12話:魔導科学について
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いまより一五〇〇年前。空に大きなUSBメモリが現れた頃、世界は大きく変わった。魔法と科学が産まれると、王政は機械の開発者に多額の報酬を与えるようになった。みるみるエンジニアが増え、魔導科学の時代がはじまった。
それまでの人々の暮らしはおよそ文明的といえるほど発展したものではなかった。仕事や家事に役立つような科学すら存在せず、なにもかもを自力に頼っていた。現代の魔導科学はその危険性から敬遠される風潮があり形骸化が進んでいるが、当時の王政はその将来性に目をつけていた。
……ルルカはカビた臭いが立ち込める古びた研究所で生まれることとなった。製図台が立ち並ぶデスクで、妖精ルルカの姿を初めて描いたのは、出雲楓と言う若いエンジニアだった。
集団行動が苦手で、普段は死んだ魚のような目をしていたが。ふと研究が盛んであった妖精に興味を持った。
原初の妖精たちは、菌・胞子のような生物としか捉えられていなかった。しかし妖精と魔力の親和性がわかると、妖精を対象とした研究は盛んに広まっていった。
やがて魔導工学の礎としてゴーレムの開発がはじまると、人工的な妖精を宿したクリスタルをゴーレムに植え付け操縦させる、妖精回路の需要が一気に高まった。
とはいえゴーレムに妖精を植え付けるには、妖精そのものの研究が不可欠であった。原初の妖精は、魔力を帯びて発光することしかできないほどの汎用性の低いなにかでしかなかったのだ。
それを魔力への親和性が高く配合が手軽という理由だけで、ゴーレムに植え付けて自動操縦させるというのだから、研究員は手探りにならざるを得なかったものだが、高まる開発の熱気の現れか、妖精を乗せたゴーレムは五年もしないうちに両足で歩むほどには進化していった。
しかし楓はそうした「命令を順守するゴーレムがほしい」という風潮をわかりつつも、ひとりよがりのような気持ちで「かわいくて、感情のある妖精をつくりたい」と想っていた。孤独から来る寂しさが彼女にそうさせていたかもしれない。
楓は研究所内では、変わり者だと知られていた。上司には「感情のある妖精回路なんてウザいだけだろう。お前は研究所のお荷物なんだから素直に仕事していてくれ」と疎まれていたが、それでもよかった。彼女は前人未到の開発に充実感を抱いていた。
楓は興味のある分野においては知識の吸収が早かった。世間の妖精への考え方が、単なる光の塊という認識から、クリスタルに魔法式を宿し、式に従って君臨しているものだという認識に格上げされると、楓の妖精への興味は一層高まった。自由気ままに文献を漁り、瞬く間に妖精の特性を学んでいく。
所内で楓のその知識は重宝されることもあったが、やはりそれ以上に指示通り動かない変わり者であった。彼女は我流のままに、クリスタルに式を綴る日々を送った。特段の美貌を持つ楓だが、荒む彼女を研究所に見かけない日はなくなっていた。
さらに数年後。楓が開発を進めていると、彼女は上司から、自分の運命を大きく変える言葉を告げられる。
「喜べ、お前の作ってる妖精回路に、買い手が付いたぞ。王政待望の死刑執行妖精回路だ。これからは裁判は妖精回路の時代になっていくそうだ。情状酌量が汲める感情のある妖精回路が欲しいんだと。よかったな」
――当時のグジパン国は、王政が次代に移り変わったばかりで、国の仕組みも大きく変わろうとしていた。特に変革を求められていたのは立法、死刑執行における責任の所在だった。
先代の国王がギロチンに掛けた臣民が、後に無罪放免とわかり、その責任を担った国王が、自ら望み斬首刑に処されたからだ。
次代の国王は、死刑誤審の責任を問われる末路を怖れ、死刑執行人を妖精に委ねる形で、研究所へとその責任を移した。王政は、溜まりゆく囚人と人々の倫理観の高度化を受け、刑を執行し得る妖精回路の開発を望んでいた。
「妖精が立法をし、ゴーレムが刑を執行すれば、王政は死刑執行の責任から逃れられるからな。俺たちは責任逃れを担わされたって訳だ。とはいえその分開発すればお国からこれでもかってくらい金貨が貰えるぞ――」
そう上司に告げられた楓は、かくして単なる道楽ではなく、公にルルカを作ることを許されたのだが、彼女は愛娘に、真理を問わずにはいられなかった。
「……ルルカ、アンタ、人を殺す妖精になっても大丈夫? 人間より賢くなって、人間を罰する仕事ができる?」
前代未聞の人殺し妖精……楓は少なからずこれを作ることに抵抗を覚えていた。ましてやそれを感情のある娘に強いなければならないのか、と。
ただ、まだメイドの姿を与えられる前のルルカは、このとき母親に認めて貰いたくて、瓶詰めのなかから外へメッセージウィンドウを表示させ、淀みないコードを返すことしかできなかった。
『Yes,Mam』
それまでの人々の暮らしはおよそ文明的といえるほど発展したものではなかった。仕事や家事に役立つような科学すら存在せず、なにもかもを自力に頼っていた。現代の魔導科学はその危険性から敬遠される風潮があり形骸化が進んでいるが、当時の王政はその将来性に目をつけていた。
……ルルカはカビた臭いが立ち込める古びた研究所で生まれることとなった。製図台が立ち並ぶデスクで、妖精ルルカの姿を初めて描いたのは、出雲楓と言う若いエンジニアだった。
集団行動が苦手で、普段は死んだ魚のような目をしていたが。ふと研究が盛んであった妖精に興味を持った。
原初の妖精たちは、菌・胞子のような生物としか捉えられていなかった。しかし妖精と魔力の親和性がわかると、妖精を対象とした研究は盛んに広まっていった。
やがて魔導工学の礎としてゴーレムの開発がはじまると、人工的な妖精を宿したクリスタルをゴーレムに植え付け操縦させる、妖精回路の需要が一気に高まった。
とはいえゴーレムに妖精を植え付けるには、妖精そのものの研究が不可欠であった。原初の妖精は、魔力を帯びて発光することしかできないほどの汎用性の低いなにかでしかなかったのだ。
それを魔力への親和性が高く配合が手軽という理由だけで、ゴーレムに植え付けて自動操縦させるというのだから、研究員は手探りにならざるを得なかったものだが、高まる開発の熱気の現れか、妖精を乗せたゴーレムは五年もしないうちに両足で歩むほどには進化していった。
しかし楓はそうした「命令を順守するゴーレムがほしい」という風潮をわかりつつも、ひとりよがりのような気持ちで「かわいくて、感情のある妖精をつくりたい」と想っていた。孤独から来る寂しさが彼女にそうさせていたかもしれない。
楓は研究所内では、変わり者だと知られていた。上司には「感情のある妖精回路なんてウザいだけだろう。お前は研究所のお荷物なんだから素直に仕事していてくれ」と疎まれていたが、それでもよかった。彼女は前人未到の開発に充実感を抱いていた。
楓は興味のある分野においては知識の吸収が早かった。世間の妖精への考え方が、単なる光の塊という認識から、クリスタルに魔法式を宿し、式に従って君臨しているものだという認識に格上げされると、楓の妖精への興味は一層高まった。自由気ままに文献を漁り、瞬く間に妖精の特性を学んでいく。
所内で楓のその知識は重宝されることもあったが、やはりそれ以上に指示通り動かない変わり者であった。彼女は我流のままに、クリスタルに式を綴る日々を送った。特段の美貌を持つ楓だが、荒む彼女を研究所に見かけない日はなくなっていた。
さらに数年後。楓が開発を進めていると、彼女は上司から、自分の運命を大きく変える言葉を告げられる。
「喜べ、お前の作ってる妖精回路に、買い手が付いたぞ。王政待望の死刑執行妖精回路だ。これからは裁判は妖精回路の時代になっていくそうだ。情状酌量が汲める感情のある妖精回路が欲しいんだと。よかったな」
――当時のグジパン国は、王政が次代に移り変わったばかりで、国の仕組みも大きく変わろうとしていた。特に変革を求められていたのは立法、死刑執行における責任の所在だった。
先代の国王がギロチンに掛けた臣民が、後に無罪放免とわかり、その責任を担った国王が、自ら望み斬首刑に処されたからだ。
次代の国王は、死刑誤審の責任を問われる末路を怖れ、死刑執行人を妖精に委ねる形で、研究所へとその責任を移した。王政は、溜まりゆく囚人と人々の倫理観の高度化を受け、刑を執行し得る妖精回路の開発を望んでいた。
「妖精が立法をし、ゴーレムが刑を執行すれば、王政は死刑執行の責任から逃れられるからな。俺たちは責任逃れを担わされたって訳だ。とはいえその分開発すればお国からこれでもかってくらい金貨が貰えるぞ――」
そう上司に告げられた楓は、かくして単なる道楽ではなく、公にルルカを作ることを許されたのだが、彼女は愛娘に、真理を問わずにはいられなかった。
「……ルルカ、アンタ、人を殺す妖精になっても大丈夫? 人間より賢くなって、人間を罰する仕事ができる?」
前代未聞の人殺し妖精……楓は少なからずこれを作ることに抵抗を覚えていた。ましてやそれを感情のある娘に強いなければならないのか、と。
ただ、まだメイドの姿を与えられる前のルルカは、このとき母親に認めて貰いたくて、瓶詰めのなかから外へメッセージウィンドウを表示させ、淀みないコードを返すことしかできなかった。
『Yes,Mam』
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