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1章

10話:あっ!こんなところに経験値オーブが落ちてる!

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 のゐるは決して前向きとはいえない心境で現状を捉えていた。この新世界では生きていくために必要なものをすべて自分たちで準備していく必要がある……しかしそれにはあまりにもこの状況は悪すぎた。

 ここがどこなのかわからない。食料がない。水もない。物資もない。衣服もない……到底生活できる環境ではない。このままこの場所に座り込んでいたとしても、数日であの世行きになってしまうことだろう。

 ――そのうえ、更に二人の不安を煽るものが現れる。

「ヤ、ヤクルさん! 見てください……! 空を!」

 どんな音にも形容しがたい奇妙な声を上げながら、黒々とした龍が遠くの空を飛んでいた。本来伝承でしか伝えられてこなかった幻獣であるが、この仰々しいディストピア新世界に、それは違和感なく君臨していた。

「あ、ドラゴンだ。はいこれ、のゐる先生に借りてたマニュアル。返しますね」

「ヤ、ヤクルさん! いまそんなこといってる場合ですか! ドラゴンいるんですよドラゴン!」

 二人は、龍の身体のなかから橙色の光が膨張していくさまを見ていた。

 光はやがて龍の身体が内包しきれないほど大きくなっていき、次の瞬間、瞼を閉じていても明るみを感じるほどの一層激しい怪光を放った。それを引き金に、二人が立つすぐ近くの数十棟の工場がなぎ倒された。

「ひ、ひえぇぇぇぇぇ……っ!」

 怪奇を起こすと龍は飛び去った。一体どうして工場はなぎ倒されてしまったのか。まるで説明のない意味不明の事態だが、のゐるを不安にさせるには十分すぎるほどのインパクトがあった。

「あ、あんなのがいるなんて……これから私たち、いまのドラゴンや、さっきの機械ゴーレムに殺されちゃうんでしょうか……ヤクルさぁん……」

 確かにのゐるがいうように、これから先この舞台で二人が生活していくのであれば、ドラゴンやゴーレムと戦う可能性も出てくるかもしれない。この貧困極まる現状に、危険な状況が重なった。貧弱な二人が生きていくことは至難の業であった……。

「……って、ヤクルさんなにしてるんですか!」

「あ~。経験値オーブを摂取してるんですよ~。いまゴミ拾いスキルでこれわんさか出てくるんですよね~。これ身体に勝手に吸い込まれて~、なんだかふにゃ~ってして~すごい気持ちいいですよ~」

 レベルアップ! レベルアップ! レベルアップ! レベルアップ! レベルアップ!

 ヤクルの身体からレベルアップの文字が幾度となく表示される。

「ヤ、ヤクルさんのレベルがどんどん上がっていきます……!」

 ヤクルの身体からは、まるで水が沸騰するかのように青色の経験値オーブがボコボコと湧き出しては吸い込まれていった。それは経験値オーブがヤクルのゴミ拾いによって取り寄せられ、ヤクルに吸収されていく様子であった。

「け、経験値オーブ……! ハッ、それはまさかさっきの爆発で死んだ人たちが持っていた経験値……!? そ、そんなものヤクルさん、勝手に使っちゃってだいじょ……ふにゃふにゃふにゃ……」

 のゐるはヤクルに声掛しようとしたが、ヤクルに触れた瞬間、彼女もまたヤクルと同じように力が抜けてしまい、経験値の虜となってしまった。

「まぁ~、別に俺たちがみんなを殺した訳じゃないですし~、オーブは誰かの所有物って訳でもないですから~ふにゃふにゃふにゃふにゃ~……」

「そ……そうかもしれないですけど~……ふにゃふにゃ~……」

「まぁ俺も悪用しないようにしたいですけど~、俺が経験値持ってた人なら~……自分が生きていたって証すら消えてしまうのは~なんだか悔しい感じがしますけどね~……どうせだったら消えてしまう前に、生きている人に吸い取ってほしいって思いますね~……」

「そんなヤクルさん自分勝手なふにゃふにゃふにゃ……あ~これほんとに気持ちいいですね~……ふにゃぁ……」

 ヤクルのいうことは、単にいいように解釈しているだけかもしれなかったが一理あった。良識に問い掛けるような面こそあるが、このまま放っておいてしまっても、それらは消えてしまうだけなのだ。ましてや消えるまで放置していたところで死んだ人間は帰ってこない。

 仮にいま死んでいった人たちを新しい命に転生させられたとしても、経験値を持ち越すことができる訳ではない。

 そのような想いでヤクルとのゐるは湧き出る経験値オーブをその身体に取り込んだ。

 決して悪いようには使いたくないと決意しながらも、レベルが一桁の二人が生きていくには、そうせざるを得ない状況なのだ。



 空が明るく晴れた次の日。

リサイクルゴミ拾い!!!」

 ヤクルが右手を翳すと空に大きな魔法陣が広がる。すると次の瞬間そこから高い廃屋が落ちてきた。

 廃屋は近くを歩いていた敵モンスターの黒いスケルトンの頭上に落ち、諸とも木端微塵に粉砕した。

「やったー! のゐる先生! 大当たりしました!」

「ヤ、ヤクルさん……レベルが上がってすごい大きなものを出せるようになっていませんか……? あの廃屋どう見ても十階建て・・・・くらいはありますよ……いままで私の没原稿くらいしか出せなかったのに……」

「え? 力を試すだけだったら、米俵くらいにしたほうがよかったかな……」

「こっ、米俵!? ヤクルさん! 米俵があるんだったら食糧に困らないじゃないですか! ちょ……それ食べましょうよ! 昨日からなにも食べてないじゃないですか私たち!」

 のゐるは空腹であった。彼女のお腹が鳴った。

「あ! のゐる先生! なんかすごいの出ました! じんるい……? 人類再起動魔導じんるいなんとかかんとか爆弾です!」

「それは昨日の不発弾です! しまってください! 早く!」

 二人のレベルは、気付けば三桁にまで至っていた。



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