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1章

5話:伝説のはじまり

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 一作につき十五段落未満の小説なので、あとの二作を合わせて五分で読み終わった。

「……ヤクルさん」

「はっ、えっ、えっ、おっ、ひっ、うっ、あっ、えっ?」

「落ち着いて、限界化して白目を剥かないでください。ヤクルさん、正直言って私はこの作品本にするにはまだまだだと思うんです。まず文章量が少なすぎますから、もうすこし書いた方がいいでしょう。短編だとしてもページ数が足りないので……」

「あ、はい。そうですね。俺もそう思います」

「ただ、ヤクルさんはこの小説をがんばって書いていて素晴らしいと思いますし、私はヤクルさんに可能性を感じます。そしてなにより、ヤクルさんは私に書く勇気を与えてくれました。人のために優しい言葉を掛けられるのは素晴らしいことです」

「えっ……あっ、ありがとうございます……!」

「そこで提案なのですが、編集社さんが世界滅亡を機に私が自由に使っていいようと残してくれた出版枠がありますから……これを使って魔導書データベースへと出版しませんか? 私が持っている出版マニュアルに沿って操作していけば、いとも簡単にヤクルさんの作品を出版することができます。出版の基準はこの際私に任せると仰って貰っていますし、データ媒体ですからこのページ数でも大丈夫でしょう。自費出版に近いですが……」

「えっ? えっ?」

「あの、ですので……私の口利きコネという区分けになるかもしれませんが、よかったらヤクルさんも……プロの小説家になりませんか?」

「えっ? のゐる先生、俺の作品……お、お、お、面白かったですか?」

「あ……えっと、その、可能性を感じました。可能性を感じたんです」

 のゐるは感想について明言することを避けたが、ヤクルはのゐるが恥ずかしがって態度に出さないだけだと、ポジティブに捉えることにした。

 ともあれ、この先の新世界に小説の需要があるのかわからないなか、ヤクルはコネでプロ作家になることができた。

「やったあああああああああああああああああ!!! 俺!!! のゐる先生のコネを貰ったぞおおおおおおおお!!!」

 ヤクルはのゐるに命を与えて貰い、のゐるはヤクルに生きる希望を与えて貰った。二人はお互いを命の恩人と崇め合い、同じ時間を過ごすこととなった。

 そしてこの先の新世界で、ヤクルとのゐるは数々の伝説を築き上げていくのだが……ようやくスタートラインに立ったばかりの二人は、この先のことなど、まだなにも知る由もなかった。

 魔力の爆弾が地に落ちるまで、あと二時間半。



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