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1章
2話:ゴミを拾おう
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「でも、私の作品を読んだことがあるんですか? ありがとうございます。嬉しいです。貴方はこの船の乗船者さんですか?」
「俺は乗れません! でも作家の先生たちを応援したいんです! うぉーがんばれー!」
ヤクルはアマチュア作家であるため、飛行船に乗船する許可を持っていなかった。
「そ、そうなんですか……」
それは傍目おかしな光景であった。のゐるは齢十七歳の少女であるが、小・中学生に間違えられるほど小柄だ。有名人であるため顔も知られている。綺麗な顔立ちと身なりで、容姿を含めたファンが多い。
そのような少女を、髪をボサボサにしたガリガリな男が襟紐のついた毛玉だらけでヨレた白い寝巻を纏って先生と崇め奉り、果ては靴を舐めたいと言っている。彼もまた十八歳の青年であるが、そうとは思えないほどみすぼらしい。
変態的な光景であった。事情を知らない人の往来が不思議そうに二人を見ては、関わりたくなさそうに知らんぷりをしていた。
「こ、ここは王城広場ですよ! そんな恰好で入ってきてしまったらすぐに見つかって警備の方が来てしまいます……!」
のゐるがいうように、本来この場所はヤクルが来ることが叶うような一般区画ではない。皇帝や皇族が住まう、神聖な城内区画だ。魔力によって空に浮遊し、下界の建造物や人々たちを豆粒ほどに見下している。
装飾のひとつひとつがヤクルの生活圏とは大きくかけ離れていた。普段はヤクルものゐるも立ち寄ることができない場所である。土が剥き出しの場所はどこにもなく、アーチも、地面も、噴水も、見渡す限りの建造物諸々が大理石で作られている……土が剥き出しの地面に石を重ねただけの家に住むヤクルは、この光景を楽しげに見ていた。
彼は場違い感に溢れているが、開き直っているのかひるまず話す。
「大丈夫ですよ! 皇帝さまも皇族のみなさまも統制権を放棄し、滅亡を受け入れたので立ち入り自由になっていましたから!」
「そ、それはお城がお役目を終えただけで、別に立ち入ってもいいということではないんじゃ……それに、別にここに来たからといって飛行船には乗れないんですよ?」
「いえ! 俺、のゐる先生に会えたんですからもう満足です! 俺の憧れの人に出会えたので、もう目的は達成しました! 最高です! わざわざここまで来てよかった! あとは死ぬだけです!」
「え、えぇ……」
のゐるはヤクルの感情が理解できなかった。とても合理的な生き方ではない。そう彼女は捉えていた。
「で……でも、今日が最期の日なんですよ……? なにかもっと楽しいことをしたほうがいいんじゃ……自宅でゆっくり過ごしたり、友人と楽しくお喋りしたりとか……」
のゐるはそう気遣うが、ヤクルの瞳はその純粋な光をひとつも濁らせることなく、勢いのままにのゐるへと訴える。
「大丈夫です! 俺、死んでものゐる先生の作品を楽しみにしてますから! あの世でものゐる先生の作品を読みたいと思っています! だからあの……新世界でも、新作がんばってくださいね! 小説書くの……がんばってください!」
そしてヤクルは笑った。自分が今日死ぬということをひとつも悔いていないような屈託のない笑みであった。
「……は、はい。ありがとうございます」
のゐるは疑ってかかっていたが、ヤクルのその笑顔と真っ直ぐな言葉を励ましだと感じることができた……とはいえ彼女はそれを受けてなお、心の底から喜ぶことはできなかった。
嬉しいとは感じたし、ありがたいとは思ったが、心に留まった別の想いがあり素直に受け入れられない。小説を書くことをがんばってほしいという発言に、心穏やかではいられない感情を抱いてしまっていた。
のゐるはそういった感情を表情や言葉に出さないように振舞おうとしたが、ヤクルは彼女の機微を見逃さず、これまで覚えていた印象と併せてぶつけた。
「でも、のゐる先生……どうしてそんなに元気がないんですか?」
「え……?」
見透かされた、と感じたのゐる。ヤクルは立て続けに話す。
「あ、不審に思われたならごめんなさい。ゴミ拾いが俺の携帯できる魔法なんです。ギルドではなんの役にも立たない凡庸以下のスキルですけど、捨てられたものを拾い上げることができるんです。最近、のゐる先生の捨てた没原稿を見ていると、なんだか筆の進みが悪いように感じていたんです」
「なんだか最近、のゐる先生元気がないですよ。いまだってなんだか無理に返事しているような感じで……どうしてしまったんですか」
ヤクルがそう話すと彼の手のひらに広げた魔法陣のなかから、ぐちゃぐちゃに丸められた原稿用紙が滝のように落ちた。のゐるはその様を見て、自身の筆の不調を噛みしめた。
ヤクルたちが暮らすグジパン国には案件紹介場がある。魔導科学と魔法が発展し、貧困が撲滅し、職業が多様化したいまも、ギルドで築いた強さという地位は、社会に大きく通用するエリートの証とされてきているが、ヤクルの能力は広く役に立たない能力と見なされていた。
とはいえ彼の能力は、のゐるの不調を汲むほどの慈悲深さを秘めていた。
「……って、勝手に私が捨てた没原稿を見ないでくださいよ! 恥ずかしい! 気持ち悪いですよ!」
「あっ……気持ち悪いですよね……はい……ごめんなさい……」
「俺は乗れません! でも作家の先生たちを応援したいんです! うぉーがんばれー!」
ヤクルはアマチュア作家であるため、飛行船に乗船する許可を持っていなかった。
「そ、そうなんですか……」
それは傍目おかしな光景であった。のゐるは齢十七歳の少女であるが、小・中学生に間違えられるほど小柄だ。有名人であるため顔も知られている。綺麗な顔立ちと身なりで、容姿を含めたファンが多い。
そのような少女を、髪をボサボサにしたガリガリな男が襟紐のついた毛玉だらけでヨレた白い寝巻を纏って先生と崇め奉り、果ては靴を舐めたいと言っている。彼もまた十八歳の青年であるが、そうとは思えないほどみすぼらしい。
変態的な光景であった。事情を知らない人の往来が不思議そうに二人を見ては、関わりたくなさそうに知らんぷりをしていた。
「こ、ここは王城広場ですよ! そんな恰好で入ってきてしまったらすぐに見つかって警備の方が来てしまいます……!」
のゐるがいうように、本来この場所はヤクルが来ることが叶うような一般区画ではない。皇帝や皇族が住まう、神聖な城内区画だ。魔力によって空に浮遊し、下界の建造物や人々たちを豆粒ほどに見下している。
装飾のひとつひとつがヤクルの生活圏とは大きくかけ離れていた。普段はヤクルものゐるも立ち寄ることができない場所である。土が剥き出しの場所はどこにもなく、アーチも、地面も、噴水も、見渡す限りの建造物諸々が大理石で作られている……土が剥き出しの地面に石を重ねただけの家に住むヤクルは、この光景を楽しげに見ていた。
彼は場違い感に溢れているが、開き直っているのかひるまず話す。
「大丈夫ですよ! 皇帝さまも皇族のみなさまも統制権を放棄し、滅亡を受け入れたので立ち入り自由になっていましたから!」
「そ、それはお城がお役目を終えただけで、別に立ち入ってもいいということではないんじゃ……それに、別にここに来たからといって飛行船には乗れないんですよ?」
「いえ! 俺、のゐる先生に会えたんですからもう満足です! 俺の憧れの人に出会えたので、もう目的は達成しました! 最高です! わざわざここまで来てよかった! あとは死ぬだけです!」
「え、えぇ……」
のゐるはヤクルの感情が理解できなかった。とても合理的な生き方ではない。そう彼女は捉えていた。
「で……でも、今日が最期の日なんですよ……? なにかもっと楽しいことをしたほうがいいんじゃ……自宅でゆっくり過ごしたり、友人と楽しくお喋りしたりとか……」
のゐるはそう気遣うが、ヤクルの瞳はその純粋な光をひとつも濁らせることなく、勢いのままにのゐるへと訴える。
「大丈夫です! 俺、死んでものゐる先生の作品を楽しみにしてますから! あの世でものゐる先生の作品を読みたいと思っています! だからあの……新世界でも、新作がんばってくださいね! 小説書くの……がんばってください!」
そしてヤクルは笑った。自分が今日死ぬということをひとつも悔いていないような屈託のない笑みであった。
「……は、はい。ありがとうございます」
のゐるは疑ってかかっていたが、ヤクルのその笑顔と真っ直ぐな言葉を励ましだと感じることができた……とはいえ彼女はそれを受けてなお、心の底から喜ぶことはできなかった。
嬉しいとは感じたし、ありがたいとは思ったが、心に留まった別の想いがあり素直に受け入れられない。小説を書くことをがんばってほしいという発言に、心穏やかではいられない感情を抱いてしまっていた。
のゐるはそういった感情を表情や言葉に出さないように振舞おうとしたが、ヤクルは彼女の機微を見逃さず、これまで覚えていた印象と併せてぶつけた。
「でも、のゐる先生……どうしてそんなに元気がないんですか?」
「え……?」
見透かされた、と感じたのゐる。ヤクルは立て続けに話す。
「あ、不審に思われたならごめんなさい。ゴミ拾いが俺の携帯できる魔法なんです。ギルドではなんの役にも立たない凡庸以下のスキルですけど、捨てられたものを拾い上げることができるんです。最近、のゐる先生の捨てた没原稿を見ていると、なんだか筆の進みが悪いように感じていたんです」
「なんだか最近、のゐる先生元気がないですよ。いまだってなんだか無理に返事しているような感じで……どうしてしまったんですか」
ヤクルがそう話すと彼の手のひらに広げた魔法陣のなかから、ぐちゃぐちゃに丸められた原稿用紙が滝のように落ちた。のゐるはその様を見て、自身の筆の不調を噛みしめた。
ヤクルたちが暮らすグジパン国には案件紹介場がある。魔導科学と魔法が発展し、貧困が撲滅し、職業が多様化したいまも、ギルドで築いた強さという地位は、社会に大きく通用するエリートの証とされてきているが、ヤクルの能力は広く役に立たない能力と見なされていた。
とはいえ彼の能力は、のゐるの不調を汲むほどの慈悲深さを秘めていた。
「……って、勝手に私が捨てた没原稿を見ないでくださいよ! 恥ずかしい! 気持ち悪いですよ!」
「あっ……気持ち悪いですよね……はい……ごめんなさい……」
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