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1章

1話:世界が滅亡するみたいですよ

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 世界人口は未知の伝染病によって急速に減少していた。しかし転生が人間たちにとって意のままになった世のなかでは、人権についての考えが希薄であり、伝染病の被害についてなど、誰も考えはしなかった。

 次いで、空に大きなUSBメモリが現れ・・・・・・・・・・・・・・新しくて清らかな魔力が世界に満ちると常識へとアップデートされたころ、人類はこれまでの考え方を完全に忘れ去り、ついに自ら滅亡することを受け入れた。

 豊かさはある。貧困は費え、モノに溢れている。しかし文明の発展に伴い人々の可能性はしぼんでいった。

 そこで採択されたのが「人類再起動案」である。旧時代の魔導兵器で世界をやり直す。新世界に新しい物語を残すことができる作家だけの世界をつくる。このような驚きの採択がされてしまった。あらゆる人たちが新世界開拓時代の訪れを讃え、合理的で不平等のない社会の設立を喜んだ。

 そうして世界中に魔力のこもった爆弾が撃ち込まれるのが本日正午のこと。人類にとっては最悪の日となるが、一人の男は呑気に眠りこけていた。



 ジリリリリリリリリリリリリリリリリ。

 ジリリリリリリリリリリリリリリリリ。

「ヤクル!!! アンタいつまで寝てんの!!! 起きなさい!!! ずっと目覚まし鳴ってるよ!!!」

「……んー? オカン……? もっかい寝よ……」

 七尾ヤクルの朝はいつも遅かった。日が昇るまで小説を書き、いつも正午にだらしなく目覚める彼だが、今日に限ってはやることがある。だから目覚まし時計をかけたのだ。

 ……しかしまるで意味がない。彼は結局よく働く農家の母親、七尾カズハによって起きるよう促されていた。彼女はいつも朝五時には起きて、ヤクルの朝食の支度をしている。

「全くアンタは、いくつになってもねぼ助なんだから……! 早く起きなさい!!! ホラ!!! ヤクル!!!」

「あっ、やべえ! 寝てる場合じゃない! 今日人類滅亡の日だ!」

 飛び起きたヤクルは小説を書くために開きっぱなしにしていたメッセージウィンドウを魔法陣のなかに収納すると、寝巻の白い襟ヒモシャツのまま家を飛び出して、車輪のない魔導バイクに跨った。

 ヤクルはアマチュア小説家だ。魔導書寄稿施設内の小説投稿データベース「ライターズワールド」にこれまで三作の小説を投稿しているが、これまで一度たりとも感想を貰ったことがない。

 彼は十八歳になったいま、湧き立つ創造性を抑えられず、高校に籍だけを残しずっと一年生のまま執筆するだけのひきこもり休学生活を続けている。とはいえ流石に今日は生き残ることを許された人類を見届けたい……ヤクルはこのように考えていた。

 彼の魔導バイクはある場所を目指し飛んだ。空に青い魔力の轍を伸ばした。



「うぉー! すげー! いっぱいいる!」

 王城広場に到着したヤクルは驚いた。広場には数百人は乗ることができるであろう飛行船が停まっており、その周囲には乗船を待ちわびた人間、獣人、鳥人、魚人など……様々な種族のプロの作家たちで溢れかえっていた。彼らは乗船を許され新世界・・・を生きる権利を持った者たちだ。

 報道ではなるべく自宅で待機するように促されていたが、彼は本能のままにこの地に訪れていた。乗船を許されていないヤクルであったが、こうして今日新世界に飛び立つ人たちを、送り出すことを楽しみにしていた。

「うぉー! すげー! 新世界でもがんばれー!」

 ヤクルには邪気がなかった。むしろ応援したいくらいの気持ちであった。なぜなら、ここに集められたのはヤクルにとって、憧れの対象である人たちだからだ。

 政治に疎いヤクルはどう言った経緯でそうなったのかは忘れてしまったが、爆発が終わったあとの世界でこの先も生きることを許されたのは全員プロの小説家たちなのだ。

 生きる権利を有していないアマチュア作家のヤクルは、嫉妬しても良い立場であるかもしれないが、それ以上に彼は、自らが尊敬する憧れの作家たちがこの先世界に新しい物語を紡いでくれることに希望を抱いていた。楽しみで、ワクワクして、そのような歓声を上げていたのだ。

 ヤクル以外にこのような観衆は全くと言っていいほど見られない。人類のほとんどがこの新世界のなりたちを自宅で享受している。だからだろうか、彼の奇行は運よくひとりの天才作家の目に留まった。

「あなた……なにを騒いでいるんですか? なにかあったんですか……?」

「あッ!? あなたは、花咲のゐる先生!? うぉおおおおお! のゐる先生だ! 本物だ!」

「……は、はい。花咲のゐるです。あなたは?」

 ヤクルが興奮する相手は、グジパン国が誇る天才小説家の花咲のゐるだ。黒髪短髪、ワンピース姿というガーリーな見た目には想像できない切れ味鋭いダークなSFを綴る。

 まさか大スターが声をかけてくれるとは。ヤクルはそう思うと興奮を抑えられなかった。

「はい! 俺、七尾ヤクルです! アマチュア作家です! のゐる先生の大ファンです! 靴の裏の溝も綺麗に舐められるくらいファンです! のゐる先生が声をかけてくれるなんて、うわぁ嬉しい……! お願いします! 死ぬ前に靴の裏だけでも舐めさせてください!!!」

「そ、そのようなこと私は望んでいません……」

 のゐるはヤクルの勢いにヒいていた。



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