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第一章【リビング・デッドは水死体】

光明

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 藤堂家周辺での聞き込み調査を終えた神崎たちは、殺された藤堂幸一の勤め先であったソミーを訪れていた。日本を代表する大手企業と言うだけあり、東京一等地、港区に建設された見上げるほどの大きさを誇る自社ビル。それを見た神崎は、自らの事務所がまるで犬小屋の様だと思った。それは麻宮も同じく抱いた感情だった。

「神崎先生がしっかりと弁護の代金を受け取っていればこれくらいのビルに法律事務所を構える事くらい朝飯前だと思いますよ」

 ビルを見上げる神崎の心境を察したのか、麻宮はまるで小馬鹿にするように言った。

「まぁ、それは間違いないかもしれないが、こうも大きければ掃除が大変だろう? それに、社内で起きている不貞行為にも気付けず、おおきな事件を引き起こすかもしれない」
「なんですか藪から棒に。うちの事務所の従業員は全員独身ですよ」
「ま、俺と麻宮さんしかいないからね。さて、突撃するか」

 そう言って麻宮の返事を待たずに歩き出す神崎。麻宮は相変わらずな神崎の姿にため息を一つついた。

「全く、どうしてこうも勝手な人なんだろう、あの人は」

 それからビルに入り、エントランスへと向かう。社員が一人殺されたというのに、何事も無かったかのように動く会社を見て、麻宮は酷く違和感を感じた。大企業であればそれも珍しい話ではないのかもしれないが、彼女にとっての社会は神崎法律事務所だけなのである。
 エントランスの受付嬢に神崎が声をかけた。

「すみません。私は神崎法律事務の神崎斗魔と申します。こちらの社員だった藤堂幸一さんが殺害された事件での被告人の弁護を担当しています。いきなりですみませんが、幸一さんが所属していた部署の方々に話を聞きたいんですが」
「……失礼ですが、予約などはされていますか?」

 無論、神崎はわざわざアポイントをとって訪ねるようなことはしていない。神崎が予約をしていない事を告げると、その女性は、少しばかりの愛想笑いを交え、予約をしていない訪問を受ける事は出来ないと説明した。
 しかし、神崎はそれだけでおめおめと引き下がるような男ではなかった。

「あぁ、もしかしてここって美容院か何かでしたか?」
「ちょ、神崎先生」

 受付の女性に対し、嫌味を放つ神崎に焦る麻宮。

「だってそうだろう。仲間が一人死んでるんだよ? その事件の弁護士が来たというのに追い返すなんて。大企業ってのはデカイのはビルだけなんだな。心はテニスコートくらいしかないんだろう」
「神崎先生、言い過ぎですよ」

 そう言って顎で受付を指す麻宮。神崎がそれに従い視線を向けると、心底不機嫌そうな顔を見せていた。
 神崎は、まるで反省しなかった。それどころか、今ここが攻め時だと言わんばかりにまくしたてる。

「失礼失礼、それじゃあ私達は帰りますよ。つまりあなた方は警察のガサ入れにはこびへつらって対応するけど、私達の様な一般市民を助けるために活動している弁護士は追い返すという訳ですね。勉強になりました。それでは」
「神崎先生に代わってお詫びします。重ね重ね失礼な言動、本当に失礼致しました」

 麻宮は、踵を返す神崎の後ろで女性に謝罪をする。謝罪を終え、神崎を追いかけ始めた時、背後から呼び止められた。

「お待ちください。お二人とも」
「え、はい?」

 麻宮は素っ頓狂な声を上げる。それに対し前を歩く神崎は、まるで分っていましたと言わんばかりのしたり顔で振り返った。その顔を見た麻宮は、またか、と言ったような感想しか浮かび上がらなかった。

「どうしました?」
「今、部署の者に取り次ぎますのでそちらにかけてお待ちくださいませ」
「貴方の真摯な心に感謝します。もしこの対応をしたことで会社から何か不利益を被った場合にはご相談ください。それでは」

 神崎は、まるで人が変わったかのような笑顔を向けた。受話器を取り部署に内線を飛ばす女性の元を離れ、テーブルとソファの設置されている場所へ歩く。ソファに腰掛けた神崎に続き、麻宮も腰を下ろす。

「で、なんですか、今のは」
「何がだい?」

 あくまで何を問われているかはわかりません、といった表情を見せる神崎。麻宮は表情一つ変えずに続ける。

「分かっているくせに。どうしてあの女性にあんな失礼なことを言ったんですか」
「あぁでもしなきゃ取り次いでもらえないと思ってな。ほら、俺って法曹界でも変な噂が立ってるじゃないか。こういう聞き込み調査をするのも大変なんだよ」
「それは自業自得と言うかなんというか。イメージアップに民事裁判なども受けてみたらどうです?」
「いよいよそれも笑い話じゃなくなってきているよ」

 苦笑いをする神崎。事務所の資金繰りにも、自分の世間イメージにも苦労している彼には、麻宮の助言が酷く心に突き刺さった。
 それから目的の部署の社員が呼びに来るまでに、そう時間は要さなかった。

 ■

「それでは、藤堂夫妻の仲は、到底悪くは見えなかったという事ですか?」

 面会室で、真剣な眼差しを男性に向ける神崎。その男の名は三上拓海みかみたくみ。殺された藤堂幸一の同期であり、同僚である。神崎たちは、聞き込みを続ける中でなんら有益な証言を得る事は出来なかった。そんな中初めて掴んだ光であった。被害者の同期であれば、他の社員よりも蜜にコミュニケーションをとっている可能性が高いと、神崎は考えていた。

「えぇ。仲が悪いなんて全然。寧ろ本当に仲の良い夫婦というか、たまに僕や他の社員を交えて自宅でバーベキューをしていたくらいですし」
「バーベキューですか。いいですね。ちなみにその時の写真などはありますか?」
「えぇ、スマホに入ってます。ちょっと待っててください」

 そう言ってスマホを操作し始める三上。やがて目的の写真を見つけ出したのか、画面をこちらへと向けた。
 そこに写っていたのは、藤堂夫妻に三上、それから女性社員二人だった。それぞれが笑顔でピースしている写真。傍からみればただ仲の良い友人同士のバーベキューの写真にしか見えない。だが、そう思わない人間がこの場には一人。
 神崎である。神崎は得体のしれない違和感を感じていた。

「他に、このメンバーでの写真などはありますか?」
「えぇ、ありますよ。これは……仕事帰りに三人で飲みに行った際の写真です」

 それから何枚かの写真を見て、神崎は確信した。
 やはりこの事件には裏がある、と。

「すみません、三上さん。この女性はどちらに?」

 写真の中でピースをしている女性を指さし、問いかける神崎。

「あぁ、呼んで来ましょうか?」

 神崎の言葉の意図を察し、先手を打つ三上。神崎は、自分のいる場所が日本のトップクラスの企業であることを再確認させられた。

「えぇ、もしよければ話を伺えたらな、と」
「分かりました。待っていてください」
「ご協力感謝します」

 そう言って背中を見送る神崎。三上が退室したことを確認した麻宮は、神崎に問いかけた。

「先生、やっぱり何か変ですよね?」
「お、麻宮さんも気付いたか。そう、さっきの何枚かの写真には圧倒的な違和感があった」
「えっと、それってなんですか?」
「実里さんがいる時は身に着けていて、いない時は身に着けていなかったもの……だよ」

 神崎の言葉を受け、しばし思考する麻宮。やがて答えが浮かんだのか、目を大きく見開いた。

「先生! それはもしかして……」
「あぁ、その通り。結婚指輪だよ。どうやらこの事件、単純な殺人事件ではなさそうだ」
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