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店の未来を託し、転職を決意 15
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準備が整い、この日の本題に入ることになった。
「まず、今回は私たちの、というより私の我儘を理解してくれたことに感謝します」
私はそう言って全員の前で深々と頭を下げた。私の転職については美津子も含め、周りの理解や協力が無くては成り立たない。だからこそ、全員集まった席できちんと挨拶とお礼を言っておかなければ筋が通らない。私の心がそう言っていたのだ。
その上でここに至るまでの経緯を再度詳しく話したわけだが、誰も静かに聞いていた。視線は私に向いている。用意した飲み物には誰も手を付けていない。私も今回の決心までには一人でいろいろ考えたが、途中で頭に浮かんだのはみんなで一生懸命やってきたこれまでの日々だった。同業者の中には閉店したところもあるが、ウチはみんなの結束が固く、全員がいろいろ協力してくれ、アイデアも出してくれ、それで何とか成り立っている。そのことは私も十分理解している。だからこそ、自分がその戦線から離脱することについて大いに悩んだつもりだ。
だが、それ以上に2回の体調不良がもたらした健康に関する意識の変化の影響は大きく、私が居酒屋という仕事に感じていたやりがいを上回ることになった。決して今の仕事が嫌になったわけではないし、これまでの人間関係を壊そうとは露ほども思っていない。
しかし、それでも癒しの道を意識するようになったのは直接的に、しかも自分の手で最も大切な身体の状態を好転させ、その時の笑顔が見たい、ということを考えた上で現場にいたいという強い欲求からだった。
そういった内容を改めて話した後、居酒屋という商売も放り捨てることはできなかったという自分の本心を言った。幸い、後継者になりそうな人材に恵まれていたことできちんと禅譲できそうな状況であったことを実感し、今回に至ったと締め括った。その上で再度、私の提案を受け入れてくれてみんなに改めて謝意を述べた。
私が一通り話し終わるまで、乾杯以外は全員飲み物すら口にしていない。今回は乾杯用にウーロン茶を用意したわけだが、話が一段落した時には器の表面はすっかり汗をかいた状態になっており、初めに入れていた氷もほとんど溶けていた。中村は厨房に行き、新しい氷を容器に入れて持ってきた。全員のウーロン茶に入れようとしては、少し飲まなければ溢れてしまう。そこで遅れてしまったが、改めて乾杯し、少し減らした後、氷を入れた。ここからは今後の話になったが、店を譲る際の条件的なことを詰めておかなければならない。
先日、この話をした時の確認というわけだが、今回の譲渡に際し、一切の金銭的なことは要求しない、私たちは経営権を有しない会長・副会長か相談役として店に関係し、その分の給与はいただく、ただし、その額はこれまでの半額程度で、具体的な額については任せる、そして時間があれば店にも出てこれまで通り働き、求められればアイデアを出したりと引き続きこの業界でも何かの役に立ちたい、という話で了解を得た。
通常、店を譲るとなると結構な額のお金が動くことになる。もし、私がよくあるパターンで店を閉じることになれば買い手を探し、通常の形で売却することになるだろうが、それではこれまでここで築いてきた信用や人間関係が無になる。今回はそういったことをせずに任せられる人譲ることができたのは私としても有難いことだ。なるべく負担をかけず、うまく仕事が発展していくよう、これからも見守りたい、ということを話し、一気に場は明るくなった。
「社長、そして副社長、今回の俺や中村の夢を叶えてくださり、感謝します」
改めて矢島が私に挨拶をした。もちろん、その目線は美津子にも向けられたが、直接の上司でしかも現社長が私ということもあるのだろう。いつも私は矢島からは店長と呼ばれているが、この時の社長という言葉の響きは特別だった。
「いやいや、お礼を言うのは私たちだ。改めてお礼を言います。ありがとう」
「話がうまくまとまり、俺も次の人生を歩める。信頼できる仲間に後を任せることができるから、その点は安心だ。立場が異なれば視点も変わり、いろいろアイデアも出てくるかもしれないけれど、その時は検討してくれる? 譲ると言ってみたものの、何か後ろ髪を引かれるみたいな感じだよ。もちろん、その時は経営者としての判断をし、良いと思ったら採用、そうでなければ却下という具合にシビアにやってほしい。現場を離れるとボケてくるかもしれないので、その辺りははっきり言ってください」
私は笑いながら言った。もちろん、譲る以上、変に口出しするつもりはない。だが、何かしらのつながりは持っておきたいという気持ちからか、つい余計なことを言ってしまったかなと心の中で思っていた。だが、矢島も中村も私の気持ちは分かっていたようで笑って聞いていた。
そういう話をしながら話題は具体的に譲る時期のことになったが、10月の決算まで今のままでいて、11月から新体制でことを確認した。
必要なことをすべて話した後、ここからは用意した食事をいただきながら、互いの未来についての話で盛り上がった。矢島も中村も表情は晴れやかで、時折希望を持った新経営者の顔になっていた。その様子に私も美津子も安堵していた。世の中が落ち付かない現状ではあるが、夢を持った人間の行動は成功すると信じ、この店の未来を託し、私たちの未来も同様に期待していた。
【了】
「まず、今回は私たちの、というより私の我儘を理解してくれたことに感謝します」
私はそう言って全員の前で深々と頭を下げた。私の転職については美津子も含め、周りの理解や協力が無くては成り立たない。だからこそ、全員集まった席できちんと挨拶とお礼を言っておかなければ筋が通らない。私の心がそう言っていたのだ。
その上でここに至るまでの経緯を再度詳しく話したわけだが、誰も静かに聞いていた。視線は私に向いている。用意した飲み物には誰も手を付けていない。私も今回の決心までには一人でいろいろ考えたが、途中で頭に浮かんだのはみんなで一生懸命やってきたこれまでの日々だった。同業者の中には閉店したところもあるが、ウチはみんなの結束が固く、全員がいろいろ協力してくれ、アイデアも出してくれ、それで何とか成り立っている。そのことは私も十分理解している。だからこそ、自分がその戦線から離脱することについて大いに悩んだつもりだ。
だが、それ以上に2回の体調不良がもたらした健康に関する意識の変化の影響は大きく、私が居酒屋という仕事に感じていたやりがいを上回ることになった。決して今の仕事が嫌になったわけではないし、これまでの人間関係を壊そうとは露ほども思っていない。
しかし、それでも癒しの道を意識するようになったのは直接的に、しかも自分の手で最も大切な身体の状態を好転させ、その時の笑顔が見たい、ということを考えた上で現場にいたいという強い欲求からだった。
そういった内容を改めて話した後、居酒屋という商売も放り捨てることはできなかったという自分の本心を言った。幸い、後継者になりそうな人材に恵まれていたことできちんと禅譲できそうな状況であったことを実感し、今回に至ったと締め括った。その上で再度、私の提案を受け入れてくれてみんなに改めて謝意を述べた。
私が一通り話し終わるまで、乾杯以外は全員飲み物すら口にしていない。今回は乾杯用にウーロン茶を用意したわけだが、話が一段落した時には器の表面はすっかり汗をかいた状態になっており、初めに入れていた氷もほとんど溶けていた。中村は厨房に行き、新しい氷を容器に入れて持ってきた。全員のウーロン茶に入れようとしては、少し飲まなければ溢れてしまう。そこで遅れてしまったが、改めて乾杯し、少し減らした後、氷を入れた。ここからは今後の話になったが、店を譲る際の条件的なことを詰めておかなければならない。
先日、この話をした時の確認というわけだが、今回の譲渡に際し、一切の金銭的なことは要求しない、私たちは経営権を有しない会長・副会長か相談役として店に関係し、その分の給与はいただく、ただし、その額はこれまでの半額程度で、具体的な額については任せる、そして時間があれば店にも出てこれまで通り働き、求められればアイデアを出したりと引き続きこの業界でも何かの役に立ちたい、という話で了解を得た。
通常、店を譲るとなると結構な額のお金が動くことになる。もし、私がよくあるパターンで店を閉じることになれば買い手を探し、通常の形で売却することになるだろうが、それではこれまでここで築いてきた信用や人間関係が無になる。今回はそういったことをせずに任せられる人譲ることができたのは私としても有難いことだ。なるべく負担をかけず、うまく仕事が発展していくよう、これからも見守りたい、ということを話し、一気に場は明るくなった。
「社長、そして副社長、今回の俺や中村の夢を叶えてくださり、感謝します」
改めて矢島が私に挨拶をした。もちろん、その目線は美津子にも向けられたが、直接の上司でしかも現社長が私ということもあるのだろう。いつも私は矢島からは店長と呼ばれているが、この時の社長という言葉の響きは特別だった。
「いやいや、お礼を言うのは私たちだ。改めてお礼を言います。ありがとう」
「話がうまくまとまり、俺も次の人生を歩める。信頼できる仲間に後を任せることができるから、その点は安心だ。立場が異なれば視点も変わり、いろいろアイデアも出てくるかもしれないけれど、その時は検討してくれる? 譲ると言ってみたものの、何か後ろ髪を引かれるみたいな感じだよ。もちろん、その時は経営者としての判断をし、良いと思ったら採用、そうでなければ却下という具合にシビアにやってほしい。現場を離れるとボケてくるかもしれないので、その辺りははっきり言ってください」
私は笑いながら言った。もちろん、譲る以上、変に口出しするつもりはない。だが、何かしらのつながりは持っておきたいという気持ちからか、つい余計なことを言ってしまったかなと心の中で思っていた。だが、矢島も中村も私の気持ちは分かっていたようで笑って聞いていた。
そういう話をしながら話題は具体的に譲る時期のことになったが、10月の決算まで今のままでいて、11月から新体制でことを確認した。
必要なことをすべて話した後、ここからは用意した食事をいただきながら、互いの未来についての話で盛り上がった。矢島も中村も表情は晴れやかで、時折希望を持った新経営者の顔になっていた。その様子に私も美津子も安堵していた。世の中が落ち付かない現状ではあるが、夢を持った人間の行動は成功すると信じ、この店の未来を託し、私たちの未来も同様に期待していた。
【了】
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