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店の未来を託し、転職を決意 12
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矢島は少し何か考えているようだった。実際には5分くらいだったが、私にとっては結構長い時間だった。その様子に立場が逆になっているような感じもあったが、ここでの返事は店と私の今後も関係する。だからこそ、矢島からの言葉は将来を左右する大きなこととして認識していたのだ
そういうことが関係するのか、矢島は目線をあちこちに動かし、口から発する言葉を熟考している様子は分かったが、その後、目線が私の方を向き、しっかりした口調で言った。
「店長、分かりました。今回のお話し、有難くお受けさせていただきます。先日、店の譲渡という全く考えていなかったことをお話しいただき、とても驚きました。俺は以前も話したように将来自分の店を持ちたいと思っていましたが、現実は夢に終わる可能性が高いのでは、と思っていました。一番の問題は資金ですが、こればかりはどうしようもありません。だから夢は夢として、好きな居酒屋の仕事はこのままお世話になって続けていければと思っていました。そしてチャンスがあれば支店ができた時に任せてもらえるように実力を付けていきたいと思っていました。それが店長ではなく、もっと大きな話をいただき、しばらくこれは本当に夢ではないかと考えていました。だから今、再度確認させていただいたわけですが、改めて今回のお話がそうではない、ということが理解できました」
矢島はそう言って深々と頭を下げた。その様子は私が恐縮するほど丁寧で、心がこもっていた。そういう姿を見て私は言った。
「実はね、先日2人に話した後、美津子といろいろ話したんだ。突然の私たちの申し出にどう応えてくれるか心配した。今回のことは私たちの、というより私の我儘のようなことからの話であり、時期的にも新型感染症のことで世の中が大変だ。話の受け取り方によっては私たちがこの仕事を放り投げたように思われるのではないかとか、こういう話をすると経営が危ないからということで2人が店を辞めてしまうのではととても不安だった。そうなれば、私たちが続けていくにしても頼れる人材がいなくなることで本当に危なくなる、と思っていたんだ。だから、この前の話は俺たちにとっても一つの賭けだった。そういう気持ちでみんなに話し、そして今まで待っていた。だから今、矢島君が引き受けてくれたことは大変嬉しい。ここ数日の重かった心が一気に軽くなった。本当にありがとう」
私は矢島の手を両手で強く握った。その様子は本来の関係とは逆のような感じではあったが、この行為はそのまま私の感謝の気持ちだった。
もちろん、感謝ということでは矢島も同じで、すぐに私と同様に両手で私の手を握った。時間にしてはそう長くはないだろうが、気持ちの中では結構な時間に感じていた。
ただ、矢島は了解してくれても中村のことは分からない。それでそのことについて矢島に尋ねた。
「それで君たちが話した時、中村君はどう言っていた?」
「そのことは確認してあるのでさっきお話ししたんですが、俺が社長ということであれば自分も一緒にやりたい、と言っていました。やっぱりあいつも居酒屋という商売が好きなようで、しかもこの店の雰囲気が好きということでした。今回の話で中村と腹を割って話しつもりですが、俺も一緒にやっていけると感じました。そういうことがあったから今朝、最終的な確認ということでお尋ねしたんです。俺たちにとても大きなチャンスをいただき、必ずこの店を大きくしていこうと強く思いました。私たちの方こそ本当に感謝しています。ありがとうございました」
矢島は強い口調で私に言った。
そういうことが関係するのか、矢島は目線をあちこちに動かし、口から発する言葉を熟考している様子は分かったが、その後、目線が私の方を向き、しっかりした口調で言った。
「店長、分かりました。今回のお話し、有難くお受けさせていただきます。先日、店の譲渡という全く考えていなかったことをお話しいただき、とても驚きました。俺は以前も話したように将来自分の店を持ちたいと思っていましたが、現実は夢に終わる可能性が高いのでは、と思っていました。一番の問題は資金ですが、こればかりはどうしようもありません。だから夢は夢として、好きな居酒屋の仕事はこのままお世話になって続けていければと思っていました。そしてチャンスがあれば支店ができた時に任せてもらえるように実力を付けていきたいと思っていました。それが店長ではなく、もっと大きな話をいただき、しばらくこれは本当に夢ではないかと考えていました。だから今、再度確認させていただいたわけですが、改めて今回のお話がそうではない、ということが理解できました」
矢島はそう言って深々と頭を下げた。その様子は私が恐縮するほど丁寧で、心がこもっていた。そういう姿を見て私は言った。
「実はね、先日2人に話した後、美津子といろいろ話したんだ。突然の私たちの申し出にどう応えてくれるか心配した。今回のことは私たちの、というより私の我儘のようなことからの話であり、時期的にも新型感染症のことで世の中が大変だ。話の受け取り方によっては私たちがこの仕事を放り投げたように思われるのではないかとか、こういう話をすると経営が危ないからということで2人が店を辞めてしまうのではととても不安だった。そうなれば、私たちが続けていくにしても頼れる人材がいなくなることで本当に危なくなる、と思っていたんだ。だから、この前の話は俺たちにとっても一つの賭けだった。そういう気持ちでみんなに話し、そして今まで待っていた。だから今、矢島君が引き受けてくれたことは大変嬉しい。ここ数日の重かった心が一気に軽くなった。本当にありがとう」
私は矢島の手を両手で強く握った。その様子は本来の関係とは逆のような感じではあったが、この行為はそのまま私の感謝の気持ちだった。
もちろん、感謝ということでは矢島も同じで、すぐに私と同様に両手で私の手を握った。時間にしてはそう長くはないだろうが、気持ちの中では結構な時間に感じていた。
ただ、矢島は了解してくれても中村のことは分からない。それでそのことについて矢島に尋ねた。
「それで君たちが話した時、中村君はどう言っていた?」
「そのことは確認してあるのでさっきお話ししたんですが、俺が社長ということであれば自分も一緒にやりたい、と言っていました。やっぱりあいつも居酒屋という商売が好きなようで、しかもこの店の雰囲気が好きということでした。今回の話で中村と腹を割って話しつもりですが、俺も一緒にやっていけると感じました。そういうことがあったから今朝、最終的な確認ということでお尋ねしたんです。俺たちにとても大きなチャンスをいただき、必ずこの店を大きくしていこうと強く思いました。私たちの方こそ本当に感謝しています。ありがとうございました」
矢島は強い口調で私に言った。
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