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緊急事態宣言解除 11

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 5月24日、緊急事態宣言解除前日だ。私は1号店にいた。午前9時だ。ランチタイムの準備があるにしても早すぎる時間だ。美津子も私と同じ時間に家を出たので、間もなく2号店に着くはずだ。
 なぜこんな時間に着いたかというと、待ちに待った宣言解除の前日とあって居ても立ってもいられず、つい店に足が向いたのだ。この思いは美津子も同じであり、この日の朝の行動はどちらが言い出したということもなく、自然に行なわれた。
 一人で仕込みなどをやっても良かったが、私は客席に腰を掛け、ぼんやりと店内を見渡していた。商売を始めて経験したことのない出来事の連続が続いていたが、それがやっといつもの日常に戻る、という安堵感に浸っていたのだ。店を開きたくても開けない、数字が取れないといったことが心に深い傷を与え、宣言延長で先が見えない状況に心身とも疲弊していた。幸い、私と美津子は癒しでバランスを取っていたが、他のスタッフのことを考えるとどこか申し訳ない気持ちもあった。年齢的なこと、あるいは経営者ではない、といったことを差し引いたとしても、心身にかかるストレスは私たちとどう違うのだろう、といった思いもある。
 もちろん、この期間、私たちが通っている整体院を矢島にも紹介し、2号店の中村にも同様の対応をした。その際、施術費については会社で負担するつもりでいたが、さすがにアルバイトまでというのは無理があった。私はこの様な異なった対応をしたことには心が痛んでいた。仲間といった意識でいたことは本心だが、現実問題として売り上げが無いまま仕事以外のところに経費をかけるのは難しい。そういうことは矢島たちも理解していたため、せっかく紹介したにもかかわらず、2人は行っていない。
 もしかすると他で対応していたりしていたかもしれないが、そういう様子は微塵にも見せなかった。だが店が再開し、数字も上がってきたら、お疲れさまということでみんなで温泉にでも行こうかといったことまで考えていた。
 それも営業再開後、数字が戻ってきたからのことだが、そういった目的を持って仕事ができれば、明日からの頑張りの原動力になるかもしれない。
 私の頭の中にはこれまでのことの反発からか、これからの明るい予定のことで一杯になっていた。だからだろうか、時折我に返った時、表情が緩んでいることを感じていた。
 そんな時だった。矢島がいつもより早く出勤してきた。
「あれ、店長。どうしたんですか? いつもよりずいぶん早いじゃないですか」
 店の鍵が開いていることに驚きながら、同時に私が客席に座っている様子を見てびっくりしていた。
「矢島君も早いね。何かあった?」
 私も矢島のほうを向き、驚いた表情になった。
 でも次の瞬間、その理由については2人ともすぐに理解した。
「宣言解除のことですよね?」
 矢島が言った。私は笑顔で頷いた。矢島も私と同じ気持ちだったようで、どうしても店に足が向いたのだ。
 時計を見れば9時15分だ。ランチタイムはスタートの頃の予定を変更し、11時30分からにしてあるので1時間以上余裕がある。
 仕込みをするにしても時間があるので、それまでいろいろ話をすることにした。実際、明日からのことを考えなければならないし、そのための具体的な準備もある。ある意味、この状態は商売の巻き返しを図るミーティングの様相になった。本来なら、2号店のメンバーも一緒に話したがったが、このタイミングは偶然だったので、ここは2人で話すことにした。
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