上 下
9 / 182

2020年、感染拡大前夜 9

しおりを挟む
 その日の10時、美津子と私は予約を入れ替わり、いつもの整体院を訪れた。前日に予約の変更をしていたので受付はスムーズだった。日時の変更であればこちらとしても心苦しいところがあるが、施術の枠を予約したと考えれば美津子も気が楽だったはずだ。
「いらっしゃいませ」
 院長の奥田が笑顔で出迎えた。
「済みません。昨日、主人が予約したのに私に変更していただきました」
 美津子は今回のことを謝った。
「いえいえ、日時が変わったわけではありませんので、何も問題はありません」
 美津子の恐縮ぶりで逆に奥田に気を使わせてしまった。だが、私たちも商売をやっているので、予約の変更というのは枠の問題だけでないところで問題を生じさせる可能性があることを知っている。居酒屋の場合、予約の時間枠は同じでも人数が違ったり、コースの変更があると仕入れの関係があるから、枠だけのことではないのだ。奥田も私たちの仕事を知っているので美津子の恐縮ぶりがそこから来ているのだろうということは察していると思われるが、そこを気遣って奥田が言った。
「奥さん、私たちの仕事に仕入れなどないので、枠の変更以外は何も問題ないんですよ。施術者の変更となればご希望に添えるかどうかは分かりませんが、そこも変わりませんので、ご心配なく」
「ありがとうございます」
 美津子は改めて頭を下げ、お礼を言った。
「では、こちらへどうぞ」
 奥田は施術前にきちんと問診を行なう。定期的に通う方の場合も、前回と今回の間に何かあれば施術の流れが異なってくるためだ。だから、ここではこれまで1回も同じ流れで施術されたことがない。いつもその時の状態に合わせた流れになるので、心身共にスッキリする。
実はここを見つける前にも数箇所通っていたが、こちらがリクエストしても同じ施術しかしない、あるいは同じところをグイグイ力で施術し、揉み返しのほうが辛かったといったことばかりで、やっと自分たちに合ったところが見つかった、ということで喜んでいた。
そしてそのベースは施術前の問診にあることは、ここに通って初めて理解した。だから今ではそこでの会話も楽しみにしながら通っている。ここでは会話の施術の一部という考えらしく、そのためか事前の問診時に心もほぐれることがある。
「さて、何か気になることはありますか?」
 奥田が訪ねた。ただ、今回は具体的にどこか具合が悪いところがあって訪れたわけではない。私と矢島の会話から変に気合が入り、身体のメンテナンスをしようということからのことだったので、特別なリクエストはなかった。
「では、立ち仕事ということで、足腰を意識した内容にしましょう。もちろん、施術中気が付いたことがあればそれも意識しますし、基本は全身調整ですので、そこで何かリクエストしたいことがあれば、遠慮なくおっしゃってください」
 奥田はそう言って美津子を施術ベッドのほうに誘導した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

眠れない夜の雲をくぐって

ほしのことば
恋愛
♡完結まで毎日投稿♡ 女子高生のアカネと29歳社会人のウミは、とある喫茶店のバイトと常連客。 一目惚れをしてウミに思いを寄せるアカネはある日、ウミと高校生活を共にするという不思議な夢をみる。 最初はただの幸せな夢だと思っていたアカネだが、段々とそれが現実とリンクしているのではないだろうかと疑うようになる。 アカネが高校を卒業するタイミングで2人は、やっと夢で繋がっていたことを確かめ合う。夢で繋がっていた時間は、現実では初めて話す2人の距離をすぐに縮めてくれた。 現実で繋がってから2人が紡いで行く時間と思い。お互いの幸せを願い合う2人が選ぶ、切ない『ハッピーエンド』とは。

微熱の午後 l’aprés-midi(ラプレミディ)

犬束
現代文学
 夢見心地にさせるきらびやかな世界、優しくリードしてくれる年上の男性。最初から別れの定められた、遊びの恋のはずだった…。  夏の終わり。大学生になってはじめての長期休暇の後半をもてあます葉《よう》のもとに知らせが届く。  “大祖父の残した洋館に、映画の撮影クルーがやって来た”  好奇心に駆られて訪れたそこで、葉は十歳年上の脚本家、田坂佳思《けいし》から、ここに軟禁されているあいだ、恋人になって幸福な気分で過ごさないか、と提案される。  《第11回BL小説大賞にエントリーしています。》☜ 10月15日にキャンセルしました。  読んでいただけるだけでも、エールを送って下さるなら尚のこと、お腹をさらして喜びます🐕🐾

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Last Recrudescence

睡眠者
現代文学
1998年、核兵器への対処法が発明された以来、その故に起こった第三次世界大戦は既に5年も渡った。庶民から大富豪まで、素人か玄人であっても誰もが皆苦しめている中、各国が戦争進行に。平和を自分の手で掴めて届けようとする理想家である村山誠志郎は、辿り着くためのチャンスを得たり失ったりその後、ある事件の仮面をつけた「奇跡」に訪れられた。同時に災厄も生まれ、その以来化け物達と怪獣達が人類を強襲し始めた。それに対して、誠志郎を含めて、「英雄」達が生れて人々を守っている。犠牲が急増しているその惨劇の戦いは人間に「災慝(さいとく)」と呼ばれている。

処理中です...