上 下
89 / 174

内弟子物語 第Ⅴ話 ガン3

しおりを挟む
 診察室を出る時から御岳は肩を落とし、うつむき加減になっている。病院を後にし、外を歩いている時も同様で、歩き方もトボトボとしたものだった。目もうつろになり、何か考えているのかどうか、自分にも分らない状態だ。
 病院から帰る時、小さな公園を見つけた。普段は通らない道を、明確な意思もなく歩いている時に見かけたのだ。
 そこは小さいながらも整備されており、木や草花も植えられ、ベンチやブランコなどの遊具もある。
 空いているベンチがあったので、御岳はそこに腰掛けた。ペンキが剥がれ、ちょっと汚れた感じだったが、御岳にはそんなことはどうでもよかった。そういうことを考える余裕がないくらい、ひどく疲れていたのだ。とにかく一休みしたい、という気持ちからだった。背中は曲り、両肘を太ももに置き、顎を手で支えている。かと思えば、背中を背もたれにもたれるようにして大きく伸ばしている。暗い表情のまま、出るのはため息ばかりだ。
「ガンか…」
 頭の中はガンで苦しんだ叔父の様子が蘇ってくる。叔父は大腸ガンで、進行した際、ガンの苦しみだけでなく、排便といった日常的な部分にまで大変だったということを御岳は知っている。ガンのできた場所の関係ではあったが、重篤な病気になるということは、その悪影響がそれに関係する範囲にまで広がる可能性があることを経験していたのだ。
 それが病名を告げられた時のショックを倍加していた。御岳は叔父のことがあったため癒しの道に目覚めたのだが、自分が同じ病気になるとは夢にも思わなかった。
 ガンによって叔父が亡くなっているだけに、病名そのものに一種の恐れを抱いている。いくら悪性度が低い、初期だ、といってもマイナスのイメージしか浮かんでこない。
 いっそ、このままどこかに行って飛び込もうかとか、木にロープをかけて首を吊るかなど、すぐ死ぬことばかりを考えた。
 ただ、現実には頭の中で考えるだけで実行するわけではないし、そのようなマイナス思考ばかりしているわけでもなかった。診断結果が出るまでも負の部分だけでなく、前向きに考える場合もあった。内弟子として修行してきたことも心にある。内弟子の長男格として、龍田や松池、堀田、高山に、今思えば偉そうなことも言ってきた。その自分がいざという時、醜態を晒して良いものか、という気持ちもある。
 もし、診断結果が末期で、余命何ヶ月、といった宣告を受けた場合であれば、といったもっと悪い場合も考えた。それに比べれば、ガンと診断されてもまだ初期で悪性度も低い、ということはまだ良いほうではないか、といった気持ちもある。
 また、もし余命を告げられても、人間いつかは死ぬものだから、その期間を言われた分、充実した時間を使うようにすれば良い、といったことも考えた。そして今回の場合は、そこまでのレベルで検査結果を告げられたわけではない、という事実も理解していた。
 そういうプラス・マイナスの思考が、交互に繰り返された。その悶々とする様は、近くを通る人も避けるほどの状態で、御岳の苦悩が分かる。
 そのような状況のまま数時間が経っただろうか、辺りが薄暗くなってきた。
 少し冷静さを取り戻していた御岳は、まず藤堂に相談しようと思った。自分の心の中では、プラスの考えが優勢になり、しっかり現実を認識し、ならばどうするか、といった方向に考えが傾いたのだ。
 こういった時、きちんとしたアドバイスをしてもらえる身近な人物としては、やはり自分の師である藤堂以外にはいなかった。
 そう考えた御岳は公園を後にし、事務所に向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍皇伝説  壱の章 龍の目覚め

KASSATSU
現代文学
多くの空手家から尊敬を込めて「龍皇」と呼ばれる久米颯玄。幼いころから祖父の下で空手修行に入り、成人するまでの修行の様子を描く。 その中で過日の沖縄で行なわれていた「掛け試し」と呼ばれる実戦試合にも参加。若くしてそこで頭角を表し、生涯の相手、サキと出会う。強豪との戦い、出稽古で技の幅を広げ、やがて本土に武者修行を決意する。本章はそこで終わる。第2章では本土での修行の様子、第3章は進駐軍への空手指導をきっかけに世界普及する様子を独特の筆致で紹介する。(※第2章以降の公開は読者の方の興味の動向によって決めたいと思います) この話は実在するある拳聖がモデルで、日本本土への空手普及に貢献した稀有なエピソードを参考にしており、戦いのシーンの描写も丁寧に描いている。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

亡き少女のためのベルガマスク

二階堂シア
青春
春若 杏梨(はるわか あんり)は聖ヴェリーヌ高等学校音楽科ピアノ専攻の1年生。 彼女はある日を境に、人前でピアノが弾けなくなってしまった。 風紀の厳しい高校で、髪を金色に染めて校則を破る杏梨は、クラスでも浮いている存在だ。 何度注意しても全く聞き入れる様子のない杏梨に業を煮やした教師は、彼女に『一ヶ月礼拝堂で祈りを捧げる』よう反省を促す。 仕方なく訪れた礼拝堂の告解室には、謎の男がいて……? 互いに顔は見ずに会話を交わすだけの、一ヶ月限定の不思議な関係が始まる。 これは、彼女の『再生』と彼の『贖罪』の物語。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...