私がいつの間にか精霊王の母親に!?

桜 あぴ子(旧名:あぴ子)

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第4章 王立魔法学校一年目

287 一方その頃

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「…大丈夫かな?」

 侍女のエンゲラが閉じた扉を見つめたまま、リュミエルがぽつりと呟く。
 絶対にサラも喜ぶはずだからとラミエル達に言われ、二つ返事で引き受けてしまったリュミエルだったが、興奮気味のフェアリスに訳も分からずに引っ張られるサラを見て、前もって説明するべきだったと反省する。
 
(サラには後で謝罪をしよう…)

 いつまでもここで立ち尽くしているわけにはいかないと、リュミエルはジークにここでサラ達を待つように指示すると、茶会の場所に向かおうとしたところで、ジークに呼び止められる。

「王太子殿下、少しお時間をいただきたいことが…」
「名前」
「は?」
「名前で呼んでって、いつも言ってるだろ」
「ですが…」

 リュミエルとジークの付き合いは長い。ジークが精霊様からの加護を授かった時からなので、かれこれ十年の付き合いとなる。それでも人前では頑なに態度を崩さないジークに、「名前を呼ぶまでは返事をしないから」とリュミエルは拗ねたように口をとがらせた。
 学校では絶対に見せないような年相応のリュミエルの姿に、ジークは困ったように眉を下げるのみだ。そんなジークをリュミエルはじっと見つめる。自分は折れないぞとでも言う様に。最終的に折れたジークが「リュミエル殿下」と言い直すと、リュミエルは満足げに頷いた。

「本当は殿下もいらないんだけどね」
「そこは譲れません」
「まぁ、今はそれでもいいや。で、何かあった?」

 首をかしげるリュミエルに、ジークはちらりと扉の前にいる騎士を見る。それだけでここでは話せないことだと理解したリュミエルは、「少し歩こうか」とジークを誘った。
 しばらく二人で歩いたのち、周りに人気が無いのを確認したところで彼らは足を止めた。

「それで話とは?」
「…婚約者候補のアナスタシア様のことなのですが」
「アナスタシア?彼女がどうかした?」

 リュミエルはきょとんとした顔で聞き返す。ジークの口からアナスタシアの名前が出るとは全く予想していなかったようだ。この様子から見ると、リュミエルは噂を知らないのだろうとジークは判断した。
 アナスタシア当人がリュミエルの婚約者だと言った証拠がない段階で話をするべきかどうか悩むところだったが、噂が学校中で広がっていると聞いた以上、そのままにしておくことはできなかった。

「魔法学校でアナスタシア様がリュミエル殿下の婚約者候補ではなく婚約者だと認識されているのをご存知ですか?」
「…は?」
「一般科の生徒達の間ではそのように噂されているようです」
「ちょっ、ちょっと待った。それはどこ情報?なんでジークがそんなことを知って…。わかった。サラからだね」

 リュミエルが混乱していたのは一瞬のこと。すぐに状況を把握すると、ジークに問いかける。

「…リュミエル殿下が周囲に生徒がいる中でサラをお茶会に招待したことを話したことで、心配した生徒が教えてくれたそうです。アナスタシア様には気を付けた方がいいと」
「あー。サラには王家の後ろ盾があるんだぞと貴族科の生徒達にはっきりわからせるためにしたことだったんだけど、逆に不安にさせちゃったかな」

 失敗したと顔をしかめるリュミエル。彼がサラのためにしたというのは本心だろうとジークには分かった。今は貴族派が力をつけているとは言え、リュミエルは王太子だ。リュミエルがサラを気に掛けることで、貴族派の生徒は余計なちょっかいをかけることはなくなるだろうし、現に貴族科の生徒は話しかけることはなかったとサラから聞いている。

「サラは今日のお茶会にアナスタシア様も参加するのではないかと心配だったようです。アナスタシア様が婚約者ではないと聞いて驚いていました。あと、これはサラではなくサラの精霊様からの情報なのですが」
「精霊様の?」
「はい。リュミエル殿下に話しかけていた女生徒をアナスタシア様は退学に追いやったという話もあったとか。サラの不安もここからきているようです」

 アナスタシアは婚約者ではないとジークが告げた時、サラはしばらくの間呆然としていた。その時に、ジークの精霊のセヴィがモスに聞いた話を教えてくれたのだ。
 その話を聞いた時、ジークはとても意外に思った。アナスタシアと彼が話したことは数えるほどしかないが、リュミエルと彼女が話しているのを傍で見ていた時の印象では、弱い者いじめをするような少女にはとても見えなかったからだ。はきはきした話し方が人によってはきつく感じたのかもしれないとその時はそう思ったのだが…

「ああ。あの件か…」

 どうやら噂は真実だったようだ。だが、リュミエルは眉を顰めるだけで、詳しい話をしようとはしなかった。
 
「リュミエル殿下はアナスタシア様を婚約者にお選びになるおつもりなのですか?」

 ジークに聞く資格はないとわかっていても、サラの不安げな顔が思い浮かぶと聞かずにはいられなかった。

「ごめん。今はまだ話せないんだ。ただ、アナスタシアがサラに危害を加えるようなことは絶対にないから」
「わかりました」

 リュミエルはそう言われてしまっては、ジークもこれ以上聞くことはできなかった。
 茶会の会場に向かうというリュミエルを見送った後、ジークはサラ達のいる衣裳部屋に戻った。
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