私がいつの間にか精霊王の母親に!?

桜 あぴ子(旧名:あぴ子)

文字の大きさ
上 下
130 / 278
第3章 王立魔法学校入学編

171 薬草学

しおりを挟む
「そういえば、例の鉱石のことなのですが」
「ええ」

 ある日の夜、寝室で、ティーカップを置いたシモンが口を開いた。真剣な声色に、エステファニアもカップをソーサーに戻す。

 舞踏会のときのひと悶着については、もう二人の中ではなかったことになっていた。
 それ以前の距離感を保ち続けていて、特に問題も起きていない。

 例の鉱石とは、以前シモンが話していた、婚姻の神託の前に発掘された新しい鉱石のことだろう。

「しばらく前に研究自体は終わっていまして……魔石、と名付けました。驚くことに、魔力に反応するんです」
「魔力に?」

 そんなものは、聞いたことがない。
 新しいものだとは聞いていたが、そんな、人の想像が及ばないようなものだったなんて。

「魔石を使うことで、魔術師でなくても、擬似的に魔術を使う方法を編み出しました。南の国との小競り合いが続いていますので、近いうち国として宣戦布告し、そこで実戦投入する予定です」

 エステファニアは絶句した。
 もしシモンの言っていることが本当で、それが成功したならば、世界は大きく変わるだろう。
 今までのいくさは、一握りの魔術師と、有象無象の魔術の使えぬ兵で争ってきたのだ。
 しかし魔石により一般兵までも魔術が使えるようになれば、他国の少数の魔術師では、太刀打ちできないだろう。

 エステファニアは確信した。
 おそらく自分をロブレに嫁がせた神託は、このことを見通していたのだ。

「……そんな大事なことを、わたくしに話しても良いのですか?」
「どうせもうあと少しで、世界にばれることです。それに話を聞いたとしても、とても現実のこととは思えないでしょう?」
「それは、そうですが……」
「戦争のことも、もう帝国の方へ話は通してあります。北の国が後ろから迫ってこないように、睨みを効かせていただけるよう、お願いしました」

 ロブレの北の国は、更に北にある帝国とロブレに挟まれているのだ。

 まさか魔石などというものがこの世に存在して、さらに、もうすぐ国同士の戦争が始まるだなんて。
 重大な出来事の連続に戸惑った。
 世界中の様々なところで戦争は行われているが、少なくともエステファニアが産まれてからの帝国は、いくさをしていなかった。
 エステファニアにとって初めての、自分の国が関わる戦争になる。

「……あなたも、戦争に行かれるのですか?」
「ええ。魔術師として、魔石の開発者として、行くつもりです。ですが、大丈夫ですよ。すぐに終わるはずですから」
「そう……」

 ぽつりと呟いて、俯いた。
 目の前の人が戦地に赴くと思うと、どうも落ち着かない。

「もしかして、心配してくださっているのですか?」

 そう聞かれたので、迷った末、素直に頷いた。
 シモンは破顔し、ソファから立ち上がる。
 そしてエステファニアのそばまで来て、跪いた。

「ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。我々は、元は一つの国が分裂してできたものですから……日常茶飯事とまでは言いませんが争いは各地でありますし、わたくしも何度かいくさに出て、全て無事に戻ってきております。特に、今回は魔石もありますから、負けることはありません。必ず戻ってまいります」

 いつも以上にやわらかく、優しい声色だった。
 見上げてくるシモンに視線を向けると蕩けたような紫の瞳と目が合って、慌てて逸らす。
 
 舞踏会の……あんなことがあった後でも、シモンは変わらずに笑顔でエステファニアのきつい言葉を流し、望みをできるだけ叶えようとし、一線を越えない範囲で、好意を持っていることを伝えてくる。
 きっと、ヒラソルの血を求めるが故の演技だとは思っているのだが……時折、こうした彼の表情や熱のこもった瞳を見ていると、本当にそうなのか、と疑わしく思ってしまうのだ。

 もし彼の言葉が本心なのだとしたら、エステファニアを求めつつも、迫ってくることもなく、婚姻の条件を守り続けていることになる。
 それが自分への真摯な愛を示しているような気がして、その可能性を考えると、なんともむず痒い気持ちになるのだ。

 その、くすぐられているような不快感を払おうと口を開きかけ――彼は、戦地に行くのだと思いとどまる。
 流石に、そんな相手に強く当たるほど子供ではない。

「ちゃんと、戻って来てくださいね。あなたのいないロブレは……つまらないでしょうから」

 そう言って右手を差し出すと、シモンははっと息を呑んで、エステファニアの手をそっと取った。
 なめらかな手の甲に口付けを落として、手を握ったまま見上げてくる。

「ええ、必ずや。神と、あなたに誓って」
しおりを挟む
感想 263

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

精霊の愛し子が濡れ衣を着せられ、婚約破棄された結果

あーもんど
恋愛
「アリス!私は真実の愛に目覚めたんだ!君との婚約を白紙に戻して欲しい!」 ある日の朝、突然家に押し掛けてきた婚約者───ノア・アレクサンダー公爵令息に婚約解消を申し込まれたアリス・ベネット伯爵令嬢。 婚約解消に同意したアリスだったが、ノアに『解消理由をそちらに非があるように偽装して欲しい』と頼まれる。 当然ながら、アリスはそれを拒否。 他に女を作って、婚約解消を申し込まれただけでも屈辱なのに、そのうえ解消理由を偽装するなど有り得ない。 『そこをなんとか······』と食い下がるノアをアリスは叱咤し、屋敷から追い出した。 その数日後、アカデミーの卒業パーティーへ出席したアリスはノアと再会する。 彼の隣には想い人と思われる女性の姿が·····。 『まだ正式に婚約解消した訳でもないのに、他の女とパーティーに出席するだなんて·····』と呆れ返るアリスに、ノアは大声で叫んだ。 「アリス・ベネット伯爵令嬢!君との婚約を破棄させてもらう!婚約者が居ながら、他の男と寝た君とは結婚出来ない!」 濡れ衣を着せられたアリスはノアを冷めた目で見つめる。 ······もう我慢の限界です。この男にはほとほと愛想が尽きました。 復讐を誓ったアリスは────精霊王の名を呼んだ。 ※本作を読んでご気分を害される可能性がありますので、閲覧注意です(詳しくは感想欄の方をご参照してください) ※息抜き作品です。クオリティはそこまで高くありません。 ※本作のざまぁは物理です。社会的制裁などは特にありません。 ※hotランキング一位ありがとうございます(2020/12/01)

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。