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帰還編
両親の過去 (2)
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国王が母に横恋慕したのだ。
愛妾になれという王の誘いを、母はけんもほろろに断った。母は父と想い合っていたし、節操のない王を嫌ってもいた。母の両親のほうも娘を王に差し出してまで権力におもねる気はなく、娘が断るのを黙認していた。
当初、母は「どうせ移り気な人だから、何度も断り続けていればじきに飽きるだろう」と楽観的だったらしい。しかし予想に反して王はしつこかった。
父と母が結婚した後も、ローデン家に「ジュリアを愛妾によこせ」と何度も要求してきた。その都度両親が断ると、そのうち見返りを提示してくるようになった。そしてついに、当時のローデン家当主であった父の父、つまり私にとっては父方の祖父が、王の要求をのんでしまったのだ。
父はその決定に静かに怒り狂った。
父は祖父に決定を覆すよう何度も迫ったが、祖父は考えを変えなかった。愛妾たちに好き勝手させるせいで王の治世がひどいことになっているのを、ここまで執着される母が愛妾となれば、母経由で多少なりとも正すことができるのではないかと考えていたからだ。
そしてついに強制的に母が王宮に連れ去られた日の夜、父は「もうこんな国は捨ててやる」と言い残して姿をくらました。まさか跡取りが失踪するとまでは思っていなかった祖父はあわてたが、いくら探しても、ようとして足取りはつかめなかった。
一方の母は、父が取り戻しに現れることを恐れた王が厳重な警備をつけ、事実上の軟禁状態にあった。父が姿を消して数週間が経ち、やっと王は父に対する警戒を解いた。ところが安心した王が母の寝室を訪れようとした夜、王が部屋に入り、寝台の上にいる母のもとへ歩いていくまでのわずかな時間に、母は忽然と姿を消してしまったのだった。
王が寝室に入ったときには、確かに母の返事があった。
にもかかわらず、寝台を覆ったとばりを開けてみれば、そこには誰もいなかったのだ。王は血眼になって母を探した。が、結局どこにも見つけることはできなかったと言う。
実はこの父と母をかくまったのが、ご領主さまだった。父とは数年来の友人だったそうだ。
ご領主さまはまず、父を領内にかくまった。
そして母が姿を消したのは、聞いてしまえば何のことはない、祝福された指輪に願って父のもとに飛んだからだった。
こうしてローデン家は跡取りを、国王は最も執着した愛妾を失った。
祖父は父から母を奪ったことを後悔し、その後もずっと父を探し続けた。恥を忍んで国外に問い合わせたりもしていたらしい。「国を捨てる」という父の言葉からは、国外へ出たことが予想されたからだ。けれども実際にはご領主さまにかくまわれていた父は、もちろん見つからなかった。
祖父は、失意のうちにその数年後に亡くなった。
その後を継いで当主となったのが、父の長兄である現ローデン公爵だ。
この伯父は、残念ながら回復魔法の才には恵まれなかった。初級魔法がやっと使える程度の適性らしい。だから父が見つかりさえすれば、当主の座を譲りたいと常々口にしているそうだ。
しかもこの伯父は、子宝にも恵まれなかった。せめて回復魔法の適性が高い子どもが生まれていれば、次代に希望を託すこともできただろうに、そもそも子どもが産まれなかった。口さがない者たちは「嫁を国王に売り渡すようなことをしたことへの天罰だろう」などと言っているらしい。天罰なんて、あるわけないのに。
とにかくそういう事情によりこの伯父は、父の姿をしたライナスを見かけたときに、何としても引き留めたかったのだろうと推察された。
愛妾になれという王の誘いを、母はけんもほろろに断った。母は父と想い合っていたし、節操のない王を嫌ってもいた。母の両親のほうも娘を王に差し出してまで権力におもねる気はなく、娘が断るのを黙認していた。
当初、母は「どうせ移り気な人だから、何度も断り続けていればじきに飽きるだろう」と楽観的だったらしい。しかし予想に反して王はしつこかった。
父と母が結婚した後も、ローデン家に「ジュリアを愛妾によこせ」と何度も要求してきた。その都度両親が断ると、そのうち見返りを提示してくるようになった。そしてついに、当時のローデン家当主であった父の父、つまり私にとっては父方の祖父が、王の要求をのんでしまったのだ。
父はその決定に静かに怒り狂った。
父は祖父に決定を覆すよう何度も迫ったが、祖父は考えを変えなかった。愛妾たちに好き勝手させるせいで王の治世がひどいことになっているのを、ここまで執着される母が愛妾となれば、母経由で多少なりとも正すことができるのではないかと考えていたからだ。
そしてついに強制的に母が王宮に連れ去られた日の夜、父は「もうこんな国は捨ててやる」と言い残して姿をくらました。まさか跡取りが失踪するとまでは思っていなかった祖父はあわてたが、いくら探しても、ようとして足取りはつかめなかった。
一方の母は、父が取り戻しに現れることを恐れた王が厳重な警備をつけ、事実上の軟禁状態にあった。父が姿を消して数週間が経ち、やっと王は父に対する警戒を解いた。ところが安心した王が母の寝室を訪れようとした夜、王が部屋に入り、寝台の上にいる母のもとへ歩いていくまでのわずかな時間に、母は忽然と姿を消してしまったのだった。
王が寝室に入ったときには、確かに母の返事があった。
にもかかわらず、寝台を覆ったとばりを開けてみれば、そこには誰もいなかったのだ。王は血眼になって母を探した。が、結局どこにも見つけることはできなかったと言う。
実はこの父と母をかくまったのが、ご領主さまだった。父とは数年来の友人だったそうだ。
ご領主さまはまず、父を領内にかくまった。
そして母が姿を消したのは、聞いてしまえば何のことはない、祝福された指輪に願って父のもとに飛んだからだった。
こうしてローデン家は跡取りを、国王は最も執着した愛妾を失った。
祖父は父から母を奪ったことを後悔し、その後もずっと父を探し続けた。恥を忍んで国外に問い合わせたりもしていたらしい。「国を捨てる」という父の言葉からは、国外へ出たことが予想されたからだ。けれども実際にはご領主さまにかくまわれていた父は、もちろん見つからなかった。
祖父は、失意のうちにその数年後に亡くなった。
その後を継いで当主となったのが、父の長兄である現ローデン公爵だ。
この伯父は、残念ながら回復魔法の才には恵まれなかった。初級魔法がやっと使える程度の適性らしい。だから父が見つかりさえすれば、当主の座を譲りたいと常々口にしているそうだ。
しかもこの伯父は、子宝にも恵まれなかった。せめて回復魔法の適性が高い子どもが生まれていれば、次代に希望を託すこともできただろうに、そもそも子どもが産まれなかった。口さがない者たちは「嫁を国王に売り渡すようなことをしたことへの天罰だろう」などと言っているらしい。天罰なんて、あるわけないのに。
とにかくそういう事情によりこの伯父は、父の姿をしたライナスを見かけたときに、何としても引き留めたかったのだろうと推察された。
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