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本編
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ライナスが家に来たときには弟の相手をさせて、たいてい私は窓際で本を読んでいた。
ライナスは弟の遊び相手というより、まるで下僕のようではあった。弟を背中に背負って走り回らされたり、いいようにこき使われていた。息が切れるほど弟にこき使われていても、ライナスは機嫌よく弟の相手をしてくれる。
あまり弟のわがままが過ぎるときには、さすがに私も叱ろうとするのだが、ライナスはにこにこして「いいよ」と言う。もしかしたら彼は、自分がお兄さまにそんなふうに遊んでもらったことがあるのかもしれない。憧れのお兄さまになりきったつもりで、弟に対して同じように振る舞っていたのだろうか。
二人をほったらかしで自分の好きなことをしている私は、ほんの少しの罪悪感とともにときどき窓から外を覗く。そうすると二人はいつも、歓声を上げて私に向かって大きく手を振った。手を振り返してやれば、それだけで二人とも満足する。
両親は、ライナスがしばしば我が家に出入りしていることについては、特に何も口出ししなかった。
ご領主さまの子だからといって特別な歓迎をすることがない代わり、入り浸っても迷惑がったりはしなかった。ただ普通に、自分の家の子と同じように扱った。昼前から家に来ていれば、いつもと変わらない昼食を出したし、おやつを作ったときには同じものを食べさせた。
やがてライナスは、私が連れ帰らなくても自分からうちに来たいと言い出すようになった。
日曜学校が終わると私のところへやって来ては、頬を染めてもじもじしながら「今日、遊びに行ってもいい?」と聞いてくる。乙女か。
私たちの村には、日曜学校というものがある。
他の村ではあまり見ないものらしいけれども、ご領主さまの肝いりで運営されている。日曜日になると神殿に子どもたちを集め、神官さまが読み書きや計算を教えてくださる。それだけでもありがたいのだけど、さらにありがたいことに日曜学校に参加すると昼食が振る舞われるのだ。貧しい家の子などは、勉強よりもこちらが目当てで通っていると言っても過言ではない気がする。
ライナスは日曜学校になど通わなくても自宅できちんと教育を受けられるはずなのに、なぜか休まず毎回通っていた。いじめっ子たちの標的になるとわかっていても、決して休まない。泣き虫のくせに、こんなところにだけ変に根性がある。
ただし、学校が終わると毎回私の家に来たがるところがいただけない。
そんなふうに女の子の家に遊びに行こうとするから、よけいにからかわれるんじゃないのか。
そう指摘してやると、少しムッとした顔で「別にいい」と言った後、急に不安そうな顔をして尋ねてくる。
「行ったら迷惑になる……?」
「別にいいわよ」
からかわれたり、はやし立てられたりしたときに、私だってまったく何も感じないわけではないけれども、それに屈して自分の行動を曲げるほうがもっといやなのだ。
ただ、ライナスがうちに来てすることと言ったら、弟と遊ぶことだけだ。だったら私に聞くより直接弟に声をかけたほうが、からかわれるネタにされにくいのじゃないかと思うのに、何度からかわれても割と性懲りなく「行ってもいい?」と私に尋ねる。こういうところは、妙に頑固だ。
そのうち日曜学校の後だけでなく、しょっちゅう我が家に入り浸るようになった。
ご領主さまからすると、我が家がライナスを預かってくれているという解釈なのか、ちょくちょく彼は手土産を持たされていた。焼き菓子だの、燻製肉だの、瓶詰めの魚だの、いただいてありがたい食品が中心だ。さすが気配りのできる奥方さま。
それとはまた別に、いつの間にかライナスは私を懐柔する方法を身につけていた。
つまり、新しい本を持って来るのだ。ライナスが家に居たって全然相手をしてやらないくせに、彼が持って来て貸してくれる本はとても楽しみにしていた。我ながら現金だと思う。
庶民にはあまり学ぶ機会のない魔法も、ライナスが持ってくる本のお陰で学べた。
私には魔法の適性が多少はあったようで、回復魔法や解毒、浄化といった支援系の魔法を中心に、初級から中級までの魔法をいくつか覚えた。
気がついたら、ライナスの姿が我が家にあるのがすっかり日常となっていた。あの忘れたくても決して忘れることのできない忌まわしい事件が起きたのは、そんな日常の中でのことだった。
私が十四歳、ライナスが十五歳のときのことだった。
ライナスは弟の遊び相手というより、まるで下僕のようではあった。弟を背中に背負って走り回らされたり、いいようにこき使われていた。息が切れるほど弟にこき使われていても、ライナスは機嫌よく弟の相手をしてくれる。
あまり弟のわがままが過ぎるときには、さすがに私も叱ろうとするのだが、ライナスはにこにこして「いいよ」と言う。もしかしたら彼は、自分がお兄さまにそんなふうに遊んでもらったことがあるのかもしれない。憧れのお兄さまになりきったつもりで、弟に対して同じように振る舞っていたのだろうか。
二人をほったらかしで自分の好きなことをしている私は、ほんの少しの罪悪感とともにときどき窓から外を覗く。そうすると二人はいつも、歓声を上げて私に向かって大きく手を振った。手を振り返してやれば、それだけで二人とも満足する。
両親は、ライナスがしばしば我が家に出入りしていることについては、特に何も口出ししなかった。
ご領主さまの子だからといって特別な歓迎をすることがない代わり、入り浸っても迷惑がったりはしなかった。ただ普通に、自分の家の子と同じように扱った。昼前から家に来ていれば、いつもと変わらない昼食を出したし、おやつを作ったときには同じものを食べさせた。
やがてライナスは、私が連れ帰らなくても自分からうちに来たいと言い出すようになった。
日曜学校が終わると私のところへやって来ては、頬を染めてもじもじしながら「今日、遊びに行ってもいい?」と聞いてくる。乙女か。
私たちの村には、日曜学校というものがある。
他の村ではあまり見ないものらしいけれども、ご領主さまの肝いりで運営されている。日曜日になると神殿に子どもたちを集め、神官さまが読み書きや計算を教えてくださる。それだけでもありがたいのだけど、さらにありがたいことに日曜学校に参加すると昼食が振る舞われるのだ。貧しい家の子などは、勉強よりもこちらが目当てで通っていると言っても過言ではない気がする。
ライナスは日曜学校になど通わなくても自宅できちんと教育を受けられるはずなのに、なぜか休まず毎回通っていた。いじめっ子たちの標的になるとわかっていても、決して休まない。泣き虫のくせに、こんなところにだけ変に根性がある。
ただし、学校が終わると毎回私の家に来たがるところがいただけない。
そんなふうに女の子の家に遊びに行こうとするから、よけいにからかわれるんじゃないのか。
そう指摘してやると、少しムッとした顔で「別にいい」と言った後、急に不安そうな顔をして尋ねてくる。
「行ったら迷惑になる……?」
「別にいいわよ」
からかわれたり、はやし立てられたりしたときに、私だってまったく何も感じないわけではないけれども、それに屈して自分の行動を曲げるほうがもっといやなのだ。
ただ、ライナスがうちに来てすることと言ったら、弟と遊ぶことだけだ。だったら私に聞くより直接弟に声をかけたほうが、からかわれるネタにされにくいのじゃないかと思うのに、何度からかわれても割と性懲りなく「行ってもいい?」と私に尋ねる。こういうところは、妙に頑固だ。
そのうち日曜学校の後だけでなく、しょっちゅう我が家に入り浸るようになった。
ご領主さまからすると、我が家がライナスを預かってくれているという解釈なのか、ちょくちょく彼は手土産を持たされていた。焼き菓子だの、燻製肉だの、瓶詰めの魚だの、いただいてありがたい食品が中心だ。さすが気配りのできる奥方さま。
それとはまた別に、いつの間にかライナスは私を懐柔する方法を身につけていた。
つまり、新しい本を持って来るのだ。ライナスが家に居たって全然相手をしてやらないくせに、彼が持って来て貸してくれる本はとても楽しみにしていた。我ながら現金だと思う。
庶民にはあまり学ぶ機会のない魔法も、ライナスが持ってくる本のお陰で学べた。
私には魔法の適性が多少はあったようで、回復魔法や解毒、浄化といった支援系の魔法を中心に、初級から中級までの魔法をいくつか覚えた。
気がついたら、ライナスの姿が我が家にあるのがすっかり日常となっていた。あの忘れたくても決して忘れることのできない忌まわしい事件が起きたのは、そんな日常の中でのことだった。
私が十四歳、ライナスが十五歳のときのことだった。
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