上 下
4 / 98
本編

4

しおりを挟む
 ライナスが家に来たときには弟の相手をさせて、たいてい私は窓際で本を読んでいた。
 ライナスは弟の遊び相手というより、まるで下僕のようではあった。弟を背中に背負って走り回らされたり、いいようにこき使われていた。息が切れるほど弟にこき使われていても、ライナスは機嫌よく弟の相手をしてくれる。

 あまり弟のわがままが過ぎるときには、さすがに私も叱ろうとするのだが、ライナスはにこにこして「いいよ」と言う。もしかしたら彼は、自分がお兄さまにそんなふうに遊んでもらったことがあるのかもしれない。憧れのお兄さまになりきったつもりで、弟に対して同じように振る舞っていたのだろうか。

 二人をほったらかしで自分の好きなことをしている私は、ほんの少しの罪悪感とともにときどき窓から外を覗く。そうすると二人はいつも、歓声を上げて私に向かって大きく手を振った。手を振り返してやれば、それだけで二人とも満足する。

 両親は、ライナスがしばしば我が家に出入りしていることについては、特に何も口出ししなかった。
 ご領主さまの子だからといって特別な歓迎をすることがない代わり、入り浸っても迷惑がったりはしなかった。ただ普通に、自分の家の子と同じように扱った。昼前から家に来ていれば、いつもと変わらない昼食を出したし、おやつを作ったときには同じものを食べさせた。

 やがてライナスは、私が連れ帰らなくても自分からうちに来たいと言い出すようになった。
 日曜学校が終わると私のところへやって来ては、頬を染めてもじもじしながら「今日、遊びに行ってもいい?」と聞いてくる。乙女か。

 私たちの村には、日曜学校というものがある。
 他の村ではあまり見ないものらしいけれども、ご領主さまの肝いりで運営されている。日曜日になると神殿に子どもたちを集め、神官さまが読み書きや計算を教えてくださる。それだけでもありがたいのだけど、さらにありがたいことに日曜学校に参加すると昼食が振る舞われるのだ。貧しい家の子などは、勉強よりもこちらが目当てで通っていると言っても過言ではない気がする。

 ライナスは日曜学校になど通わなくても自宅できちんと教育を受けられるはずなのに、なぜか休まず毎回通っていた。いじめっ子たちの標的になるとわかっていても、決して休まない。泣き虫のくせに、こんなところにだけ変に根性がある。
 ただし、学校が終わると毎回私の家に来たがるところがいただけない。

 そんなふうに女の子の家に遊びに行こうとするから、よけいにからかわれるんじゃないのか。
 そう指摘してやると、少しムッとした顔で「別にいい」と言った後、急に不安そうな顔をして尋ねてくる。

「行ったら迷惑になる……?」
「別にいいわよ」

 からかわれたり、はやし立てられたりしたときに、私だってまったく何も感じないわけではないけれども、それに屈して自分の行動を曲げるほうがもっといやなのだ。

 ただ、ライナスがうちに来てすることと言ったら、弟と遊ぶことだけだ。だったら私に聞くより直接弟に声をかけたほうが、からかわれるネタにされにくいのじゃないかと思うのに、何度からかわれても割と性懲りなく「行ってもいい?」と私に尋ねる。こういうところは、妙に頑固だ。

 そのうち日曜学校の後だけでなく、しょっちゅう我が家に入り浸るようになった。
 ご領主さまからすると、我が家がライナスを預かってくれているという解釈なのか、ちょくちょく彼は手土産を持たされていた。焼き菓子だの、燻製肉だの、瓶詰めの魚だの、いただいてありがたい食品が中心だ。さすが気配りのできる奥方さま。

 それとはまた別に、いつの間にかライナスは私を懐柔する方法を身につけていた。
 つまり、新しい本を持って来るのだ。ライナスが家に居たって全然相手をしてやらないくせに、彼が持って来て貸してくれる本はとても楽しみにしていた。我ながら現金だと思う。

 庶民にはあまり学ぶ機会のない魔法も、ライナスが持ってくる本のお陰で学べた。
 私には魔法の適性が多少はあったようで、回復魔法や解毒、浄化といった支援系の魔法を中心に、初級から中級までの魔法をいくつか覚えた。

 気がついたら、ライナスの姿が我が家にあるのがすっかり日常となっていた。あの忘れたくても決して忘れることのできない忌まわしい事件が起きたのは、そんな日常の中でのことだった。
 私が十四歳、ライナスが十五歳のときのことだった。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

夫のかつての婚約者が現れて、離縁を求めて来ました──。

Nao*
恋愛
結婚し一年が経った頃……私、エリザベスの元を一人の女性が訪ねて来る。 彼女は夫ダミアンの元婚約者で、ミラージュと名乗った。 そして彼女は戸惑う私に対し、夫と別れるよう要求する。 この事を夫に話せば、彼女とはもう終わって居る……俺の妻はこの先もお前だけだと言ってくれるが、私の心は大きく乱れたままだった。 その後、この件で自身の身を案じた私は護衛を付ける事にするが……これによって夫と彼女、それぞれの思いを知る事となり──? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

処理中です...