死の予言のかわし方

海野宵人

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後日談(オスタリア王国編)

祝いの宴 (2)

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 乾杯には、発泡性のりんご酒が供された。
 マグダレーナの実家である隣のクライン領には、りんご酒の醸造が盛んな地域があるのだ。そのためこの一帯での祝いの酒としては、発泡性ワインよりもりんご酒のほうが普及している。

 結婚祝いの席ではあるが、二人のなれそめについてはあまり話題にならなかった。
 何しろ新郎が、亡くなったはずのシーニュの第一王子にうり二つなのだ。見るからに訳ありである。ノイマン家の事情さえ知らない振りを貫いているランベルトには、うかつに質問などできるわけがなかった。
 過去に触れない代わりに、将来のことを尋ねる。

「新居はもう決まってるの?」
「いや、まだですね。今の下宿は二人には手狭だから、探さないと。正直、こんなにすぐ結婚できると思ってなかったから、家の準備なんて何もしてなかった」

 ルートヴィッヒがしあわせそうに微笑んでアデールを見つめるそばで、ランベルトがあえて触れずにいた部分をマリーがさらりと暴露した。

「駆け落ちですものね」
「え、駆け落ち?」

 驚いたランベルトがオウム返しに尋ねると、アデールは困ったように微笑んだ。

「ええ。母の公認ではありますけど」
「なにそれ。駆け落ちなの? 公認なの? どっちなの?」
「だから、お母さま公認の駆け落ちなのですって」

 混乱して問い返すランベルトに、マリーがわかりやすく解説してやった。
 それを聞いて、ランベルトとマグダレーナは顔を見合わせてから吹き出す。

「それ、駆け落ちって言うの?」
「父は認めてくれなかったので……」
「なるほど」

 とりあえず、訳ありな人たちによる、ものすごく訳ありな成婚らしいことだけは、痛いほど伝わった。将来の話題でさえやぶ蛇になりそうな気配に、ランベルトは笑いながらも思わず遠くを見る目つきになる。何というか、この二人の話題にはどこに爆弾が仕掛けてあるかわかったものではない。もうだめだ。
 気を取り直して、この二人とは直接関わりのない、めでたい話題をひねり出す。

「そうそう、そう言えばヨゼフ、叙爵の話が出てるらしいよ」
「誰の?」
「きみの」
「へえ」

 いかにも興味がなさそうなヨゼフの薄い反応に苦笑しつつ、叙爵の理由を説明する。

「海上における国防の功績が認められてのことなんだって」
「ふうん」
「すごいじゃない」

 お義理程度の興味さえ示さないヨゼフに代わり、賞賛の言葉を発したのはルートヴィッヒだ。ランベルトは我がことのように得意そうな顔をする。

「うん。すごいでしょ!」

 ヨゼフの事業は、この二年間で急成長を遂げていた。
 季節や天候にかかわらず予定どおりに荷を運ぶことと、決して海賊に襲われることのない点が評判となり、荷主からの指名が相次いだのだ。さらに保険の査定で事故の少なさを評価され、ヨゼフの船では保険の掛け金が大幅に引き下げられたことが追い風となった。
 燃料代の分だけ帆船よりも運賃がかさむところを、保険金が安くなった分で相殺されたのだ。

 合計費用が同じなら、安全で早いほうが人気が出るに決まっている。
 あまりの引き合いの多さに、半年ほど前に船を増やした。大型商船は一隻から三隻に、護衛用の小型船は二隻から四隻にと、大幅な増強となった。

 護衛用の武装船での副業も順調だ。
 自前の商船の護衛だけではなく、護衛船の空き時間を有効活用すべく、他の商船の護衛依頼も引き受けることにしたのだ。

 護衛船は、商船の航海中ずっと付き添うわけではない。
 海賊に襲われる危険のある海域でのみ、商船に併走して護衛する。海賊というものは、活動する場所がある程度限定されているからだ。海賊が襲ってくるのは、だいたいが出発港または到着港の湾周辺と決まっている。

 外海にて最大速度で航行中の船は、基本的には海賊船の標的とはなり得ない。海賊船だって、近づいて攻撃しない限り襲いようがないわけで、自分と同じかそれ以上の速度で航行している船には手が出せない。
 だから、湾に入って航行速度を落としたところを狙うのだ。

 そんなわけで、護衛船は基本的に始発の港と、終着の港の湾付近でのみ活動する。
 護衛対象が無事に外海に出てしまえば、任務完了だ。

 自分たちの商船が外海を航海中、護衛船は手が空くことになる。
 そこで、その隙間時間に他船の護衛を引き受けることにしたのだが、これがまた、引く手あまたの大人気となった。自分で護衛船を仕立てるのに比べて格安で、護衛の能力は折り紙付きとなれば、人気が出ないわけがない。

 そしてヨゼフの率いる護衛船は、憲兵隊からの支持も高かった。
 海賊の捕縛は基本的には海軍と憲兵の管轄だが、残念ながらオスタリア海軍の保有する船はそうそう最新式ばかりではない。かなりの部分がまだ帆船であり、海賊船が逃げの姿勢に入ったときに小回りが利かず、取り逃がしてしまうことがしばしばあった。
 そんな場面にたまたま居合わせると、ヨゼフの護衛船は迷わず即座に援護に入る。そして海賊船を無力化した上で、憲兵に引き渡していた。

 海軍や憲兵にはいたく感謝されているが、援護する側にも理由がある。
 懸賞金目当てなのだ。

 海賊には、賞金が懸かっていることが少なくない。それも海軍が追っているような海賊であれば、賞金首の確率が跳ね上がる。海軍が捕縛する前に仕留めれば、賞金は自分たちのものだ。だから海軍に追われている海賊などというものは、ヨゼフの護衛船たちにとっては上等な獲物でしかないのだった。

 しかも賞金が懸かっているような海賊となれば、だいたいは船倉に金目のものを溜め込んでいるものだ。憲兵に引き渡す前にちょいと略奪すれば、賞金と合わせて二度おいしい。
 ひどい話に聞こえるかもしれないが、海賊船に対する略奪については、規制する法律が存在しない。どうせ積み荷も略奪品なのだから、略奪されても文句を言える筋合いではない、という理屈である。

 賞金や略奪品は、給金に上乗せして歩合で一時金として船員たちに支給している。このため危険と隣り合わせの任務であっても、護衛船に乗り組む船員たちの士気は非常に高かった。

 そんな事情を、ランベルトはそれはもう自慢げにとうとうと語った。
 この話題なら触れてはならない危険な部分などない、とわかっているから、安心して話せたのもあったかもしれない。
 マリーはヨゼフの事業が順調であることは知っていたが、海賊相手にそんな活躍をしているとは知らなかったので、興味深く聞いた。おそらくルートヴィッヒやアデールも一緒だろう。

 食事が終わると、ピアノの置かれた別室に移動して、ルートヴィッヒとアデールによる小さな音楽会が開かれた。

 ルートヴィッヒのヴァイオリンがすばらしいことはマリーもよく知っていたが、初めて聞くアデールのピアノは、言葉も出ないほどすばらしかった。ルートヴィッヒが夢中になるのもわかる気がする。
 この二人は、一緒に演奏するのはきっとずいぶんと久しぶりなのだろう。
 しあわせそうに視線を交わしながら次から次へと演奏を披露するのを、聴衆は微笑ましく見守りつつ、奏でられる音楽を楽しんだのだった。
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