死の予言のかわし方

海野宵人

文字の大きさ
上 下
71 / 88
本編(シーニュ王国編)

脱出 (9)

しおりを挟む
 あまりのことに憮然として、アンヌマリーは不機嫌そうに眉間に深くしわを寄せたまま、乱暴にノアの手を引いて自室に戻る。

 緊急事態だか何だか知らないが、女性を部屋に連れ込むなんて、ありえない。しかも「脱がす」とは何だ。何を脱がすと言うのか。破廉恥にもほどがあるだろう。
 胸のうちにムカムカしたものを感じながら、そんなことを彼女がぐるぐる考え続けていると、小さなノアがスカートを引っ張った。ノアは、寄る辺のない表情で質問をした。

「ねえさま、あのひと、だあれ?」
「知りません!」

 ピシャリとすげなく答えると、みるみるうちにノアの両目に涙が盛り上がり、ぽろぽろとこぼれ落ちた。幼いノアは口もとをわななかせて、必死に訴える。

「なんで? なんでおこってるの? ぼく、わるいことしてない。なんにもしてないのに」

 ノアの涙を見た瞬間に、アンヌマリーはハッと我に返った。
 こんな小さな弟に八つ当たりをしてしまった。

「ノアには怒ってなんかいないわ。ごめんなさい。お願いよ、泣かないで」

 弟を抱きしめて謝っても、ノアはなかなか泣き止まない。
 次第にアンヌマリーは、弟に当たってしまった自分が情けなくて、ノアと一緒に泣きたい気持ちになってきた。ヨゼフに対するムカムカが消えたわけではないけれども、それよりもしょんぼりと悲しい気持ちのほうがまさっていた。

 そんなじめじめした雰囲気の中、ヨゼフが部屋の扉を叩いて「お待たせ」と声をかけてきた。ノアはするりとアンヌマリーの腕の中から抜け出て、扉へ駆けて行って開く。

「にいさま!」
「おう、どうした? なんで泣いてんだ」
「ねえさまがおこった」

 ヨゼフはノアを抱き上げて、泣いている理由を尋ねたが、その返答に首をかしげた。

「マリーは、何か怒ってるの?」
「ノアには怒ってません」

 ムカムカの元凶であるヨゼフは、アンヌマリーの心情を知ってか知らずか、単刀直入に尋ねる。
 それに対して答える彼女の声には、自重しようと思っても隠しきれない、すねた響きがあった。だがヨゼフはそこには触れることなく、再びノアに話しかける。

「ほら、怒ってないって言ってるぞ。泣く理由ないだろ」
「だって……。だって、かなしかった」

 ヨゼフに軽く背中をさすられながらも、ノアが鼻をすすり上げる音はとまらない。ただしすでに涙は半分止まりかけているし、声にはどこか甘えた調子があった。
 ヨゼフは少々意地の悪い笑みを浮かべて、さらにノアに話しかける。

「そうか、なら仕方ないな。出航したら甲板に連れてってやるつもりだったけど、泣き虫はカモメに突っつかれるからなあ。また今度な」
「まって。かんぱん、いく。もうないてない」
「本当かあ?」
「うん、もうないてない」

 必死に服の袖で涙をぬぐうノアに、ヨゼフは笑いをかみ殺した。

「じゃあ、後で行くか。でもその前に食事だろ?」
「そうだった。ごはん!」
「マリーも、紹介したい人がいるから俺の部屋へ来てくれる?」

 現金にも、もうノアは完全復活していた。
 しかしアンヌマリーの表情は、硬いままだ。だってヨゼフの言う「紹介したい人」とは、どう考えてもあの金髪美女ではないか。彼女は強ばった声で「はい」と返事をした。ヨゼフは机の上に置かれた食事の入ったかごを取り、ノアを抱き上げたまま隣の部屋の両親にも声をかける。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ライバルで婚約者

波湖 真
恋愛
完結しました 私馬鹿な男とは結婚しないの。 大国の王位継承者であるエミリアは今日も婚約者探しに大忙しだ。 国内には王配になり得る人材がおらず、他国に求めたら腹黒王子がやってきた。 2人の婚約はなるのかならないのか、、、。 追記 もう少し続けようと思います。 取り敢えず暫くは毎日21時に更新します。 なんだか途中にシリアスタッチになってしまいました、、、。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

悪役令嬢ってこれでよかったかしら?

砂山一座
恋愛
第二王子の婚約者、テレジアは、悪役令嬢役を任されたようだ。 場に合わせるのが得意な令嬢は、婚約者の王子に、場の流れに、ヒロインの要求に、流されまくっていく。 全11部 完結しました。 サクッと読める悪役令嬢(役)。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

処理中です...