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本編(シーニュ王国編)
脱出 (9)
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あまりのことに憮然として、アンヌマリーは不機嫌そうに眉間に深くしわを寄せたまま、乱暴にノアの手を引いて自室に戻る。
緊急事態だか何だか知らないが、女性を部屋に連れ込むなんて、ありえない。しかも「脱がす」とは何だ。何を脱がすと言うのか。破廉恥にもほどがあるだろう。
胸のうちにムカムカしたものを感じながら、そんなことを彼女がぐるぐる考え続けていると、小さなノアがスカートを引っ張った。ノアは、寄る辺のない表情で質問をした。
「ねえさま、あのひと、だあれ?」
「知りません!」
ピシャリとすげなく答えると、みるみるうちにノアの両目に涙が盛り上がり、ぽろぽろとこぼれ落ちた。幼いノアは口もとをわななかせて、必死に訴える。
「なんで? なんでおこってるの? ぼく、わるいことしてない。なんにもしてないのに」
ノアの涙を見た瞬間に、アンヌマリーはハッと我に返った。
こんな小さな弟に八つ当たりをしてしまった。
「ノアには怒ってなんかいないわ。ごめんなさい。お願いよ、泣かないで」
弟を抱きしめて謝っても、ノアはなかなか泣き止まない。
次第にアンヌマリーは、弟に当たってしまった自分が情けなくて、ノアと一緒に泣きたい気持ちになってきた。ヨゼフに対するムカムカが消えたわけではないけれども、それよりもしょんぼりと悲しい気持ちのほうがまさっていた。
そんなじめじめした雰囲気の中、ヨゼフが部屋の扉を叩いて「お待たせ」と声をかけてきた。ノアはするりとアンヌマリーの腕の中から抜け出て、扉へ駆けて行って開く。
「にいさま!」
「おう、どうした? なんで泣いてんだ」
「ねえさまがおこった」
ヨゼフはノアを抱き上げて、泣いている理由を尋ねたが、その返答に首をかしげた。
「マリーは、何か怒ってるの?」
「ノアには怒ってません」
ムカムカの元凶であるヨゼフは、アンヌマリーの心情を知ってか知らずか、単刀直入に尋ねる。
それに対して答える彼女の声には、自重しようと思っても隠しきれない、すねた響きがあった。だがヨゼフはそこには触れることなく、再びノアに話しかける。
「ほら、怒ってないって言ってるぞ。泣く理由ないだろ」
「だって……。だって、かなしかった」
ヨゼフに軽く背中をさすられながらも、ノアが鼻をすすり上げる音はとまらない。ただしすでに涙は半分止まりかけているし、声にはどこか甘えた調子があった。
ヨゼフは少々意地の悪い笑みを浮かべて、さらにノアに話しかける。
「そうか、なら仕方ないな。出航したら甲板に連れてってやるつもりだったけど、泣き虫はカモメに突っつかれるからなあ。また今度な」
「まって。かんぱん、いく。もうないてない」
「本当かあ?」
「うん、もうないてない」
必死に服の袖で涙をぬぐうノアに、ヨゼフは笑いをかみ殺した。
「じゃあ、後で行くか。でもその前に食事だろ?」
「そうだった。ごはん!」
「マリーも、紹介したい人がいるから俺の部屋へ来てくれる?」
現金にも、もうノアは完全復活していた。
しかしアンヌマリーの表情は、硬いままだ。だってヨゼフの言う「紹介したい人」とは、どう考えてもあの金髪美女ではないか。彼女は強ばった声で「はい」と返事をした。ヨゼフは机の上に置かれた食事の入ったかごを取り、ノアを抱き上げたまま隣の部屋の両親にも声をかける。
緊急事態だか何だか知らないが、女性を部屋に連れ込むなんて、ありえない。しかも「脱がす」とは何だ。何を脱がすと言うのか。破廉恥にもほどがあるだろう。
胸のうちにムカムカしたものを感じながら、そんなことを彼女がぐるぐる考え続けていると、小さなノアがスカートを引っ張った。ノアは、寄る辺のない表情で質問をした。
「ねえさま、あのひと、だあれ?」
「知りません!」
ピシャリとすげなく答えると、みるみるうちにノアの両目に涙が盛り上がり、ぽろぽろとこぼれ落ちた。幼いノアは口もとをわななかせて、必死に訴える。
「なんで? なんでおこってるの? ぼく、わるいことしてない。なんにもしてないのに」
ノアの涙を見た瞬間に、アンヌマリーはハッと我に返った。
こんな小さな弟に八つ当たりをしてしまった。
「ノアには怒ってなんかいないわ。ごめんなさい。お願いよ、泣かないで」
弟を抱きしめて謝っても、ノアはなかなか泣き止まない。
次第にアンヌマリーは、弟に当たってしまった自分が情けなくて、ノアと一緒に泣きたい気持ちになってきた。ヨゼフに対するムカムカが消えたわけではないけれども、それよりもしょんぼりと悲しい気持ちのほうがまさっていた。
そんなじめじめした雰囲気の中、ヨゼフが部屋の扉を叩いて「お待たせ」と声をかけてきた。ノアはするりとアンヌマリーの腕の中から抜け出て、扉へ駆けて行って開く。
「にいさま!」
「おう、どうした? なんで泣いてんだ」
「ねえさまがおこった」
ヨゼフはノアを抱き上げて、泣いている理由を尋ねたが、その返答に首をかしげた。
「マリーは、何か怒ってるの?」
「ノアには怒ってません」
ムカムカの元凶であるヨゼフは、アンヌマリーの心情を知ってか知らずか、単刀直入に尋ねる。
それに対して答える彼女の声には、自重しようと思っても隠しきれない、すねた響きがあった。だがヨゼフはそこには触れることなく、再びノアに話しかける。
「ほら、怒ってないって言ってるぞ。泣く理由ないだろ」
「だって……。だって、かなしかった」
ヨゼフに軽く背中をさすられながらも、ノアが鼻をすすり上げる音はとまらない。ただしすでに涙は半分止まりかけているし、声にはどこか甘えた調子があった。
ヨゼフは少々意地の悪い笑みを浮かべて、さらにノアに話しかける。
「そうか、なら仕方ないな。出航したら甲板に連れてってやるつもりだったけど、泣き虫はカモメに突っつかれるからなあ。また今度な」
「まって。かんぱん、いく。もうないてない」
「本当かあ?」
「うん、もうないてない」
必死に服の袖で涙をぬぐうノアに、ヨゼフは笑いをかみ殺した。
「じゃあ、後で行くか。でもその前に食事だろ?」
「そうだった。ごはん!」
「マリーも、紹介したい人がいるから俺の部屋へ来てくれる?」
現金にも、もうノアは完全復活していた。
しかしアンヌマリーの表情は、硬いままだ。だってヨゼフの言う「紹介したい人」とは、どう考えてもあの金髪美女ではないか。彼女は強ばった声で「はい」と返事をした。ヨゼフは机の上に置かれた食事の入ったかごを取り、ノアを抱き上げたまま隣の部屋の両親にも声をかける。
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