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本編(シーニュ王国編)
船乗りの少年 (4)
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アンヌマリーとヨゼフは、ロベールにうながされてそれぞれソファーに腰を下ろす。アンヌマリーは父と対面にあるソファーの、マグダレーナの隣に座った。父の隣には、すでに母がいた。
アンヌマリーがついしげしげとヨゼフを見つめていると、その様子に気づいた父と母は互いに顔を見合わせて片眉を上げ、意味ありげに笑みを交わす。ロベールは肩をすくめてからアンヌマリーたちに向き直り、口を開いた。
「彼は、私たちの国外脱出を手助けしてくれることになっている。今日からこの屋敷に滞在してもらうよ」
ここまではアンヌマリーにとっても予想どおりなので、素直に「はい」と返事をしながらうなずいた。ところが父の次の言葉に、彼女は度肝を抜かれることになる。ロベールはその後に、何でもない口調でこう続けたのだ。
「正式な手続きはすべてが終わった後になるが、彼を養子に迎えるつもりなんだ」
これには母オリアンヌを除いた誰もがあっけにとられた顔をした。当のヨゼフさえ例外ではない。ぽかんとした顔のヨゼフを振り返って、ロベールは吹き出した。
「何だねヨゼフ、その顔は。さっき同意してくれたばかりじゃないか」
「いや、そんな話は聞いた記憶が……」
「したとも。『我が家の一員となってくれるかい』と尋ねたら、うなずいてくれただろう?」
ロベールの言うことに心当たりがあったのか、ヨゼフはハッとした表情をしてから息を吐いた。
「使用人として、という意味かと」
「違うよ、もちろん家族としてという意味さ。養子はいやかね?」
アンヌマリーはヨゼフに同情した。
あの言い回しでは、シーニュ語が母国語でない者が勘違いしても不思議はない。いや、母国語だったとしてもやっぱり勘違いしそうだ。しかもまた、勘違いさせた後の父のやり口があざとい。
自分よりずっと目上の人間から、しゅんと気落ちしたような顔で「いやかね?」と尋ねられて「いやです」と無情に拒否できる十代の少年がいったいどれだけいるだろう。それを十分に承知した上であの態度なのだから、あざといとしか言いようがない。
しかしここでもまた、ヨゼフは普通の少年とは対応が違った。彼は困ったような笑みを浮かべながらも、はっきりこう答えたのだ。
「いやというわけじゃないけど、使用人のほうが助かります」
「え? なぜだい?」
思いがけない返答に、ロベールはつい素をさらけ出して驚いた顔を見せた。貴族の養子だなんて、普通なら喜んで飛びつくような申し出のはずだ。
ロベールの問いに対して、ヨゼフはゆっくりと考えながら言葉をつむぐ。
「うーん、養子だと給金が出ないですよね。だから使用人のほうがありがたいです」
「うちは養子に迎えた子に、不自由な暮らしは決してさせない。だから金の心配ならしなくていいんだよ」
ロベールが言い聞かせるように語りかけると、ヨゼフは顔を上げてまっすぐロベールを見つめてきっぱりと答えた。
「ありがとうございます。でも俺は、金がもらえるほうがありがたいです」
どうしてそんなにお金にこだわるのだろう、とアンヌマリーはやや鼻白んだ。
養子とは名ばかりで、ただ働きをさせられることでも警戒しているのだろうか。父がそんなことをするわけがないのに。絵本の王子さまに似たすてきな人だと思ったのに、彼女はヨゼフにがっかりした。
けれどもその後のロベールとヨゼフのやり取りを聞いて、彼女は自分のそんな考えを恥じることになる。わかっていないのは、彼女のほうだった。
アンヌマリーがついしげしげとヨゼフを見つめていると、その様子に気づいた父と母は互いに顔を見合わせて片眉を上げ、意味ありげに笑みを交わす。ロベールは肩をすくめてからアンヌマリーたちに向き直り、口を開いた。
「彼は、私たちの国外脱出を手助けしてくれることになっている。今日からこの屋敷に滞在してもらうよ」
ここまではアンヌマリーにとっても予想どおりなので、素直に「はい」と返事をしながらうなずいた。ところが父の次の言葉に、彼女は度肝を抜かれることになる。ロベールはその後に、何でもない口調でこう続けたのだ。
「正式な手続きはすべてが終わった後になるが、彼を養子に迎えるつもりなんだ」
これには母オリアンヌを除いた誰もがあっけにとられた顔をした。当のヨゼフさえ例外ではない。ぽかんとした顔のヨゼフを振り返って、ロベールは吹き出した。
「何だねヨゼフ、その顔は。さっき同意してくれたばかりじゃないか」
「いや、そんな話は聞いた記憶が……」
「したとも。『我が家の一員となってくれるかい』と尋ねたら、うなずいてくれただろう?」
ロベールの言うことに心当たりがあったのか、ヨゼフはハッとした表情をしてから息を吐いた。
「使用人として、という意味かと」
「違うよ、もちろん家族としてという意味さ。養子はいやかね?」
アンヌマリーはヨゼフに同情した。
あの言い回しでは、シーニュ語が母国語でない者が勘違いしても不思議はない。いや、母国語だったとしてもやっぱり勘違いしそうだ。しかもまた、勘違いさせた後の父のやり口があざとい。
自分よりずっと目上の人間から、しゅんと気落ちしたような顔で「いやかね?」と尋ねられて「いやです」と無情に拒否できる十代の少年がいったいどれだけいるだろう。それを十分に承知した上であの態度なのだから、あざといとしか言いようがない。
しかしここでもまた、ヨゼフは普通の少年とは対応が違った。彼は困ったような笑みを浮かべながらも、はっきりこう答えたのだ。
「いやというわけじゃないけど、使用人のほうが助かります」
「え? なぜだい?」
思いがけない返答に、ロベールはつい素をさらけ出して驚いた顔を見せた。貴族の養子だなんて、普通なら喜んで飛びつくような申し出のはずだ。
ロベールの問いに対して、ヨゼフはゆっくりと考えながら言葉をつむぐ。
「うーん、養子だと給金が出ないですよね。だから使用人のほうがありがたいです」
「うちは養子に迎えた子に、不自由な暮らしは決してさせない。だから金の心配ならしなくていいんだよ」
ロベールが言い聞かせるように語りかけると、ヨゼフは顔を上げてまっすぐロベールを見つめてきっぱりと答えた。
「ありがとうございます。でも俺は、金がもらえるほうがありがたいです」
どうしてそんなにお金にこだわるのだろう、とアンヌマリーはやや鼻白んだ。
養子とは名ばかりで、ただ働きをさせられることでも警戒しているのだろうか。父がそんなことをするわけがないのに。絵本の王子さまに似たすてきな人だと思ったのに、彼女はヨゼフにがっかりした。
けれどもその後のロベールとヨゼフのやり取りを聞いて、彼女は自分のそんな考えを恥じることになる。わかっていないのは、彼女のほうだった。
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