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番外編:花の子ら

収穫祭

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 ウィンクレーへの出張の後、ニコルはときどきヘザーの家に遊びに行くようになった。逆に、ニコルが兄たちのところへ泊まりに行くときに誘うこともある。

 ニコルの兄たち二人は、共同で農場を経営している。農場があるのは、北部の丘陵地帯。「小ドラゴンの卵」と呼ばれる果実の栽培のほか、牛や羊を放牧している。

 放牧地には夏の終わりから初秋にかけて、ヘザーの花が咲き乱れる。だからニコルは、見渡す限りの丘陵地帯を紫色に染め上げるヘザーの花の美しさをよく知っていた。どこまでも続く紫のじゅうたんは、まさに圧巻としか言いようがない。

 それをぜひとも、ヘザーの名を持つ友人に見せたかったのだ。

 初めて野に一面、満開のヘザーを見た友人は、言葉もなく立ち尽くしていた。

「すごい……」
「うん。すごいでしょ」

 友人の声が少しくぐもっていたのには、気づかない振りをした。なお、ヘザーと一緒に泊まりに来ていたダリオンは、子犬のようにその辺の小道を走り回っていた。情緒なんてものは、かけらもない。

 ただし満開のヘザーには何の感銘も受けなかったらしきダリオンにも、農場滞在による影響はしっかりあった。このときを境に、一人称が「僕」から「俺」に変わったのだ。どうやらニコルの兄たちの話し方を真似ているらしかった。

(似合わないからやめればいいのに)

 そうは思うものの、まさか本人には言えない。だってきっと、ダリオン本人はそれがかっこいいと思っているに違いないのだ。よけいなことを言ったって、いたずらにプライドを傷つける結果にしかならないだろう。

 そんなふうに親しく交流を続け、収穫祭の始まるこの日も、ニコルはヘザーの家に遊びに来ていた。

 二日間にわたって開かれるこの祭りは、初日の夜に最も盛り上がる。小ドラゴンの卵の外皮を使ったランタンを飾り、月が沈む時間まで夜祭りが続くのだ。この夜祭りに、ヘザーと一緒にダリオンを連れて遊びに行く約束をしていた。

 ところが当日になって、ヘザーに急用が入る。

「ニコ、ごめん! 他に代役を頼める人がいないって言われて……」
「うん、仕方ない。私はいいから、行ってきて」

 ヘザーの両親の公演で、ダンサーのひとりが直前にけがをしてしまった。どうしても代役が必要で、ヘザーに話が回ってきたのだとか。ヘザーはダンサーにこそならなかったが、子どもの頃から両親に教わって、ひととおり何でも踊れるのだそうだ。

 しかし、ここでへそを曲げたのがダリオンだ。

「今年は連れてってくれるって言ったじゃないか」
「ごめん。行けるはずだったのよ。ほんとごめん。来年は必ず連れてってあげるから」
「去年もそう言ったよ」

 ヘザーが平謝りしても、ダリオンは収まらない。だからといって、まだ四歳の子どもをひとりで夜祭りに行かせるわけにもいかなかった。

 見かねたニコルは、ここで口を挟む。

「じゃあ、私と二人で行く?」

 正直、ほとんど冗談のつもりだった。「ううん、いいや」と言われるのをわかった上で、ただからかっただけ。まさかダリオンが乗ってくるだなんて、思ってもいなかった。

 ところが彼は、ニコルの提案にパッと顔を輝かせる。

「いいの?」
「いいわよ」

 予想外のこの反応に、ニコルは目をまたたかせた。

(むしろ、あなたこそ本当に私なんかと一緒でいいの?)

 心の中の疑問は、ダリオンのうれしそうな顔を見たら言葉にはならなかった。ダリオンは上機嫌でヘザーに手を振る。

「ヘザー、もういいよ」
「ぶっ。現金な子ねえ」

 ヘザーは吹き出しながらも、せわしなく支度をして家を出て行った。出かけに「ニコ、本当にありがとう。助かった」とニコルに耳打ちをして。

 この頃はもう、だいぶ日も短くなっている。ヘザーが出かけて行ってあまり時間をおかず、日暮れ前に家を出た。きっとたくさん買い食いするだろうとの予測のもと、夕食はとっていない。

 首都の中央広場が、夜祭りの会場だ。近づくにつれて、人通りとともに露店が増えていく。その中に、懐かしいものを見つけた。ホタルの輪と呼ばれる、子ども向けの髪飾りだ。名前のとおり、輪が光る。環状に取り付けられたビーズが、まるでホタルのように明滅するのだ。

 ダリオンにも買おうかと、ニコルは振り向いて尋ねた。

「ホタルの輪、買う?」
「ううん」

 ところが彼は「もうそんな年じゃない」と首を横に振った。

(誰が見たって、そんな年でしょうよ)

 ニコルは笑ってしまいそうになる。が、もちろん口には出さなかった。正直なところ、変な見栄を張らずにホタルの輪を着けてくれるほうが、連れとしてはありがたい。暗くなったら子どもの姿は見失いやすいから。

 案の定、暗くなってじきに、はぐれそうになった。見るものすべてが新鮮なダリオンは、気になるものがあると、すぐに足をとめてしまうのだ。それに気づかずニコルが先に進めば、人の波にのまれて簡単に見失ってしまう。

(だから本当は、ホタルの輪を着けててほしかったんだけど)

 そこでニコルは、次善の策をとることにした。

「はぐれたら困るから、手をつないでてもらってもいい?」
「うん、いいよ」

 渋られるかと思いきや、これには素直に手を出してきた。

(子どものプライドって、ツボがわからない……)

 素直に応じてくれて助かった。でもニコルには、ホタルの輪は嫌で、手をつなぐのはかまわない心理がさっぱり理解できない。

(ホタルの輪よりも、手をつなぐほうが子どもっぽくない? 謎だわ)

 まあ、理解できずとも、迷子にならなければそれでいい。それ以上は深く考えることなく、ずっと手をつないだまま夜祭りを回った。

 ひょんなことから謎が解けたのは、それから何年も経ってからのことだ。
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