上 下
28 / 36
番外編:花の子ら

風の子 (1)

しおりを挟む
 呆然として固まってしまったヘザーとニコルに、群衆から次々に声がかけられた。

「軍のかたですか!」
「大変なんです、助けてください」
「お願いです、子どもが……」
「うちの子を助けてくれた子が、危ないんです。お願いします」

 何が何やらさっぱりわからず、とにかく収拾がつかない。いち早くヘザーが我に返り、人々に声をかけた。

「誰かロッキードレイクのところへ案内してください」
「俺が行きます。こっちです」

 申し出たのは、コボルト族の青年だ。この地域はコボルトの人口が多いらしく、集まっている人々はほとんどがコボルトだった。

 コボルトはゴブリンに比べるといくらか体格がよい代わり、足が遅い。決して足の速くないニコルでも、小走りで十分に追いつける速さだ。彼がゴブリンじゃなくてよかった。ゴブリンなら、ニコルの足では付いていけないところだった。

 コボルトの青年は、走りながらこれまでの状況を説明した。

「町の住民は、全員避難して無事です」
「それはよかったわ」
「ただし、避難の途中で事故がありまして」
「何があったの?」

 青年によれば、農作業を中断して避難中だったコボルトの農婦と子どもが、途中で転んでしまった。あわやロッキードレイクの餌食となるかと思われたのだが、そこへ中型種の子どもが飛び出してきたそうだ。

 その子どもはロッキードレイクに魔法で攻撃して、相手の注意を自分に引きつけた。その隙に、農婦と子どもは無事に逃げおおせることができたのだった。しかし代わりに、その子どもが魔獣から付け狙われることになってしまった。

「その子は今も、町の外で逃げ回り続けてます」

 住民たちにとっては、すばらしい英雄行為である。だが中型種であろうと、まだ子ども。魔獣を倒せるわけがないのも、見ればわかる。かといって、自分たちにどうにかできるような相手でもなかった。手も足も出せず、遠くからハラハラと見守るばかりだ。

 そうして軍から討伐のために人が派遣されてくるのを、今か今かと転移陣の前で待ちわびていたというわけだった。

 町から外へと続く街道を走っていくと、やがて町外れに再び人垣が見えてきた。どうやら、この先にロッキードレイクがいるらしい。

「道を空けてくれ! 討伐の人が来てくれた!」

 コボルトの青年が叫ぶと、ざわざわと安堵の声とともに人垣が割れる。その先には時々ドーンという地響きとともに、土ぼこりが上がるのが見えた。その土ぼこりの前方に、ほっそりした子どもの姿がある。

 さらさらとした黒髪は、ボーイッシュなショートボブ。遠目にもわかるほど、整った顔立ちをしていた。

 その姿を目にしたとたん、ヘザーは頬に手を当てて叫ぶ。

「ちょ……。ダリアじゃないの! あの子、こんなとこで何やってんの⁉」
「え?」

 驚きに目を見張ったニコルは、しかしすぐに冷静さを取り戻した。ヘザーに合図してから、ロッキードレイク近くまで駆け寄る。そしてダリアに向かって叫んだ。

「小さいほうから行きます! そのまま引いててもらえる?」
「うん!」

 ダリアの額には、うっすらと汗が光っていた。だがまだ息を切らすほどではなく、余力がありそうだ。

「私が攻撃開始したら、なるべく離れた場所で引いてちょうだい!」
「わかった!」

 ロッキードレイクのスキル攻撃範囲にいると、危ない。そう思ってダリアに指示を出したのだが、すぐに意図を察したようだ。そつなく町とは反対方向に走って行く。

 本来なら、引き役はヘザーに頼むべきところであろう。でももう、ここまでダリアが長時間引き続けた後では、簡単に敵の注意をそらすことができるとは思えなかった。子どもの助力を当てにするなど、軍人の風上にも置けない行為だが、背に腹は代えられない。

 ニコルはつかず離れずの距離を保ちながら、攻撃のタイミングを待つ。

 やがて小さいほうのロッキードレイクが、足をとめてブルブルと体を震わせ始めた。これはスキル発動の予備動作だ。ニコルはこれを待っていた。即座にロッキードレイクのあごの下に入り込む。通常であれば、前足の鋭いかぎ爪が届く位置まで近づくなど、自殺行為でしかない。

 だが、この予備動作中だけは例外なのだ。そしてロッキードレイクの弱点は、あごの下から胸にかけての皮膚が柔らかくなっている場所だ。

 ニコルは腕と足に限界まで魔力をまとわせ、蹴りと拳を一気に叩き込んだ。あごの下の柔らかい皮膚が破れ、切れた血管から血が噴き出す。ロッキードレイクは予備動作をとめ、痛みと怒りで咆哮ほうこうを上げた。ダリアが目を丸くしてこちらを見ているのが、視界の端に映った。

 ニコルは自分の戦い方が「きれい」ではないことを知っている。武器を持たず、自分の身ひとつを武器にしたこの戦い方を目の当たりにすると、人は恐怖や嫌悪を感じるものらしい。

(あの子にそんな目で見られたら、嫌だなあ……)

 せめて、もうちょっと違う出会いかたをしたかった。

 こんなところでばったり出会ったりさえしなければ、ヘザーの同僚のお姉さんとして紹介してもらえたはずなのに。ツキッと胸が痛み、ダリアから視線をそらす。しかもパワー型の本領を発揮するのは、まだこれからなのだ。

 オーク族と言っても、ニコルの外見上の体格はヘザーと大差ない。兄たちのようにムキムキというわけではないのだ。けれどもオークのパワーは、筋肉量よりも種族スキルに負う部分が大きい。ニコルは兄たちのような筋肉量がない代わり、魔力量が多かった。その結果、ぱっと見にはすらりとしているにもかかわらず、兄たちとほとんど変わらないパワーがあるのだった。

 ロッキードレイクが懲りずにスキル予備動作に入ったところを、再び狙う。しかし今度はただ攻撃するだけではなかった。ロッキードレイクの首に腕をかけ、背負い投げをする。

「せい、やっ!」

 ニコルのかけ声とともに、ロッキードレイクは土けむりを上げ、背中を下にしてひっくり返った。ロッキードレイクは、大型のクマ二頭分ほどの大きさがある。その巨体をひとりで投げてみせた力業に、見守る人だかりからどよめきが起きた。

 こうしてひっくり返してしまえば、空中に弱点がさらされ、魔法攻撃も当たるようになる。すかさずヘザーが全力で魔法攻撃を繰り出し、とどめを刺した。

 同じようにして二体目も倒す。

 これにて無事に任務完了──のはずだった。なのに何ともついていないことに、予定外の災厄に見舞われる。しかもそれは、ロッキードレイク以上の難敵だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

処理中です...