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ざまぁされちゃった王子の回想録

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 母の生国からきた大使は、恰幅よく人懐こい笑顔の壮年の男だった。
 食事の席で、ひととおり紹介とあいさつが済むと、彼は母国語で話しかけてきた。

『殿下は、我が国の言葉はおわかりになりますかな?』
『もちろん』

 私が同じ言葉で返事をすると、大使はうれしそうに破顔した。それから世間話のように、上機嫌でいくつも質問をしてきた。私はそれに、彼の国の言葉で答える。質問内容は、教師たちが試験のときに尋ねるような内容が多かった。歴史や地理や経済の、ちょっとしたクイズみたいな。

 正答すると大げさなほど大使が褒めてくれるので、世間知らずで愚かな子どもだった私は、場所もわきまえずに調子に乗った。

 ひとしきり問答が終わると、大使は満面の笑顔を父に向けた。

「すばらしく聡明なお子ですな」
「この子は勉強が得意のようでしてね」

 父もまんざらでないように、笑顔で返す。大使は弟のほうへ身を乗り出すようにして、笑顔のまま母国語で問いかけた。

『そちらの殿下も、王太子殿下と一緒に勉強なさっておいでかな?』

 この質問に、弟は眉をひそめてかすかに首をかしげた。それを見て私は「おや?」と思う。「違う」とひとこと答えればよいだけなのに、どうしたのだろうか。不思議に思って見ているうちに、弟には大使の話す言葉がわからないのかもしれないと、やっと思い至った。

 居心地の悪い短い沈黙の後、私は無作法と知りつつ、助け船を出すつもりで横から口をはさんだ。

『あの子は一緒には勉強していません。住んでいる場所が違うので』
『おや? 弟ぎみは宮殿ではなく、別の場所にお住まいということですか?』
『いえ、彼はここに住んでいます。離宮で暮らしているのは、僕です』

 意外そうに眉を上げる大使に、私のような愚かな子どもも、さすがに自分の失言に気づく。あわてて父や継母たちの顔色をうかがったが、継母は言葉を理解している様子がなく、父は理解はしているようだが口を出すつもりがないらしい。

 仕方なく、使用人たちからの受け売りを口にした。

『母のために父が建てた離宮に住んでいるんです。僕は母の顔を知らないけれども、母の思い出を大事にしたいから』

 実際のところ私が離宮で育ったのは、ただ単にそこで育てられたから、というだけのことにすぎない。だが使用人たちは、事あるごとに「お母上と国王陛下の、思い出の詰まった離宮でございますからね」と言っていた。だから、それをそのまま伝えてみたわけだ。
 大使は「なるほど」とうなずいた。
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